Episode1-4
思考が交錯するシーンを入れたんですが、はい、無謀でした。
「俺」がアーサーで、「私」が《暴食》の精霊です。
分かりにくくて申し訳ありません。
「余所見してんじゃ無いわよッ!!」
「!!」
俺は甲高い恫喝によって意識を呼び戻す。
ヤツとの一対一の決闘が始まってから、優に数十分は経過しただろうか。お互い無尽蔵に近い量の《魔力》を保有するせいか、凌ぎを削りながらも、自然と共に魔力切れで倒れたりする事はない。
相手は《精霊》だ。それも、出会う事すら簡単ではない、超高位の。
それと同時に、相手は俺にとって今後必要不可欠な存在に成り得る。
「く……!!」
何十発という弾丸の応酬に、《ブレイヴ》の能力を切らさずに対応する。
《ブレイヴ》は《魔力》を根源である《霊子》にまで拡大して視認可能な業だ。しかし、その能力と引換に兎に角燃費が悪い。俺程の《魔力量》でも一時間はフルに使用出来ない。ただの人であれば一分ともたない、それ程の危険性を孕んだ秘技なのだ。
俺の周囲300m圏内であれば、人・物問わずに《霊子》の集合体として視認出来る。
弾丸を弾き、その弾かれた弾丸が他の弾丸を弾く、謂わばビリヤード方式で弾丸を撃ち落とす。
チュイン、ガキィン!! キィン、キィン!!
機械音が連続し、空薬莢からはぷすぷすときな臭い煙が発せられる。
お互い殆ど《魔力》をフルに使ってのシンプルな戦闘を繰り返していた。
ただ、一つ明確な差がある。
それは、俺には出来ないことを、相手はほぼ全て可能である、という事だ。
《属性》を持たない俺は、場合に応じた手法というものが欠落している。例えば、鋼鉄を撃ち抜く際には、当然火炎属性を纏った弾丸を放つのが普通のやり方だ。しかし、俺にはそれが出来ない為、手数にものを言わせて、何十発と撃ち込んで穴を開ける他ない。
それ以外にも俺には出来ない事が多すぎる。
致命的な欠落である事は重々承知だ。俺は、絶対《聖銃剣師》に向いていない。
だが、そこで諦めるわけにはいかないのだ。
もし、全力全開で挑んで負けたならいざ知らず。
あの時は本気出していなかったから、なんて腑抜けた理由で人生を棒に振るなんて以ての外だ。
「ハッ!!」
「甘いわよッ!」
弾丸を摺り抜けるように移動しながら、《精霊》は剣に手を伸ばした。
俺もその一瞬を見逃さず、一発牽制弾を放ち、余裕を持って剣を取り出す。
ギィィン!!
鈍く重い、鋼鉄を打ち付け合う音が響く。
細腕の少女は、しかし俺の剣を押し返すようにグイグイとポジションを奪いに急く。
「(ま……ず……!?)」
「ハァッ!!」
キィン、と右寄りに剣を薙いだ。
俺は唐突に剣先を離されて、バランスを取れずに薙いだ方向に蹌踉めく。
その一瞬を見逃さずに、相手はすかさず刺突を見舞う。
ガッッ!!!
「な……!?」
驚愕に目を見開いたのは、少女の方だった。
それもそのはずだ。これは本当に奥の手、今まで誰一人として見せたことのない業。
「アンタ……それ…」
少女の鋭い刺突を受け止めたのは、円形の小さな浮遊する盾だった。
と言っても取っ手も無ければ縁もない、まるで銀盤を強引に切り取った様である。
「《鉄血の円楯》……ほんっと、しんどいな、これ」
それは、《血液に含まれる鉄分で精製された楯》だったのだ。
《魔力》は生命力と密接な関係を持っている。明言するならば、《魔力》は血の中に含まれている。勿論、血の中に混ざり合っている、というワケでなく、全身を伝達する際に最も効率良く稼働出来る血液に付随しているだけであって、血液そのものが《魔力》ではない。
しかし、《魔力》と血液がノットイコールで完全に結ばれるわけでもない。
これはかなりグレーで、曖昧な定義だ。《魔力》は濃密な鉄分と《エーテル》と呼ばれる不元素によって形成されている。古来より、《鉄とエーテル》の結晶は高価で霊媒として質の高いアイテムで、人体から精製出来る、という事実から一時はマッドサイエンティストのような人間がうじゃうじゃと湧き出て、小さな子供や女性を襲う事件が多発したと言われている。
何を言いたいか、と言えば。
《魔力》を構成するのは鉄分と不元素である《エーテル》だ、という事。
そして、濃密な鉄分は、空気に触れる事により酸化し、物質化する。
その物質化した鉄塊には、微弱な《魔力》の残り香が残っているから、操作が可能。
つまり、俺が血を流せば流すほど、殺しにくくなる、という事だ。
「く…!?」
切り払うようにして楯を横薙ぎに吹き飛ばす、が。
追尾いする形で新たな楯が形成され、攻撃を与える隙を完全にカバーする。
その上、この業は相手の血液でも可能だ。
だからこそ、血と肉を懸けて争う戦いにおいて、俺は傷を負うだけ勝ち進める。
キィン、キィン、ガキィン!!
打ち付け、切り上げ、振り下ろす。
どんな攻撃をしようとも、楯は壊れた先から精製されていく。
勿論無限に作れるわけじゃない。どんな業にだって限界はある。
だが、限界を迎える前に補給してしまえば、なんて事はない。
パァン!!
俺は楯への攻撃に夢中になり、疎かになった手薄な左腕を撃ち抜いた。
「うぅ……!!」
「甘いのは……どっちだッ!?」
怯んだ一瞬を見逃さず、俺は即座に肉薄した。
剣を振り下ろす、が、相手も《精霊》、俺の事など見ずに、攻撃を薙ぎ払う。
両者共にバックステップで距離を取り、機会を伺う。
「(考えろ……考えるんだ……!! ヤツを戦闘不能に追い込む一撃を……ッ!!)」
◆ ◆ ◆
━━━例えば、撃ち抜いた左腕を集中的に狙ったとする。と、俺は前置きする。
相手は意識的にカバーするだろうし、隙は生まれる。
だが、逆に、カバーが入るという事は防御態勢を整えられるという事だ。
ここで防戦を取られて、最も被害を被るのは、誰であろう、この俺だ。
つまり、ここは意識的にカバーから目を外す右腕を狙う……━━━
━━━相手は必ず右手を狙ってくるはずね。と、私は考えた。
左腕の損傷は、こと戦闘において死活問題。
当然左半身を集中的に狙ってくる……ことはしない。
それは幾重にも策を重ねてここまで戦闘を長引かせたアイツが一番取らない作戦だ。
となれば、相手の意識は右半身、両手の使用を禁じてくるはず。
つまり、私は左腕及び左半身への意識を全くしないで、右腕にだけ注意を払えば…━━━
━━━と、見せかけて左腕を再度集中攻撃するべきだ、と俺は思う。
相手にとって最も痛手なのは間違いなく負傷した左腕だ。
しかし、相手は《精霊》、左腕の一本など然したるハンデと変わりない。
となれば、右腕を狙うのは逆に苦難の業。
相手がそうそう自ら残された攻撃の手段を放棄するワケがない。
カバーは絶対右に入る……そうでなければならない。
先程と逆、結果、初めて与えた一撃と同じく、左腕を…━━━
━━━なんてのは愚策よ、やはり狙われるのは左ね、と私は思う。
右と左、可動領域が狭まったのは間違いなく左だ。
となれば、残された右腕を攻撃するよりは、どう足掻いても手薄になった左腕を狙うのがセオリー。
アイツが狙ってくる狙ってこない、の問題ではない、という事に気付いたのだ。
要は、大衆の目線から見て、今の私を撃ち抜く場合、最も損傷を与えやすい場所は何処か、という事。
一も二もなく、答えは左腕だ。何故なら、相手の弾丸を、剣戟を、防げないから。
そうなれば、畢竟、私が意識的にフォローすべきは左腕、という事に…━━━
◆ ◆ ◆
数十秒にも及ぶ睨み合いが続けられる。
お互いに、俺達は攻撃後のシュミレーションをしていた。
左腕を狙ったとして、その後相手がどう動くか。逆に相手は、俺が左腕を狙ったとして、どう守ってくるのか。突き詰めて言えば、俺の攻撃手段が相手に丸分かりな状態で、アドリブだけで何処まで対処出来るのか。詳細な戦闘のシュミレーションを組み立てているのだ。
弾丸、剣戟、拳打、蹴撃。
攻撃の手段など、俺にも相手にもまだまだ幅がある。
その中で取捨選択をして、どれを拾い、どれを捨てるのか。
パターンによって技をどう組み合わせるのか、どう当ててくるのか。
「………」
「………」
傍から見れば、ただの睨み合いなのだろう。
しかし、その実俺達は崇高にして繊細な脳内シュミレーションを繰り返している。
呼吸、筋肉の収縮、利き手利き足、攻撃パターン、モーションの癖。
ありとあらゆる判断材料を加味しつつ、吟味する時間など無く、噛み砕いて処理していく。
ジリジリ、と肌が焼けそうな、苦しい時間が永く続いた。
━━━そして、終戦の火蓋が切られた。
パァン、パァン!!
奇しくも、初手は同じだった。
弾道をトレースしたように、二つの弾丸は真っ向からぶつかり合い、互いにひしゃげた。
それを合図に、俺は肉薄する。
「ハッ、ハァッ!!」
十字を切るように剣を振るい、攻撃モーションの合間を縫って弾丸を放つ。
相手は右手一本で剣戟を薙ぎ払い、且つ俺が放った弾丸を真っ二つに切り裂いた。
流れをぶった切られて、今度は相手のターンになった。
右肘を背後にぐっと押し込み、力を溜めた神速に近い刺突を放つ。
《ブレイヴ》を使って尚、先程と見栄えしない程の速度の刺突。
ギィィィィ、キィンッ!!
鍔迫り合いのように、剣が剣を滑っていき、眼球に届く一歩手前で弾き飛ばす。
「く……ッ!」
「はぁ……はぁ……!!」
今までのが全て、シュミレーションの序章に過ぎない。
両者共に、この技にはこの技で返してくる、という攻撃パターンを記憶しただけだ。
そして、ここからが━━
「「うおおおおおおぉぉぁぁああああ!!!」」
突進する少女に、俺は体勢を低くして切り払う一撃を見舞う。
だが、ひょいっと、身軽な少女は軽々と攻撃を避け、空中で回転しながら背後に着地した。
そして、息もつかせぬ勢いで突進。
「う……がぁぁぁ!!」
剣の柄でギリギリ受け止める。
しかし反動は殺せない、俺は地面を滑るようにして数m飛ばされる。
「(…くっそ……! シュミレーション通りいかない…相手は読んでたのか……? 左を狙うリスクを俺が負う、という可能性に、賭けていたのか…?)」
そうでなければ、反撃のタイミングを作り易い右腕の攻撃を多用するワケがない。
胃が焼けるような緊張感に苛まれながら、俺はそれでも銃口を相手に向ける。
「(……ハハッ…。ほんっと笑っちまうよな。俺に合わせた戦闘スタイルで戦って、軽々と俺をいなしてくれるんだぜ…。本来の力を出せば、俺なんてイチコロだ。加えて、ここは結界の中、その上この土地は元より《封鎖的魔力磁場》が発生してる……んだよこれ、ハンデもらってこれかよ……!)」
マジで、洒落にならねえな。
発砲すると同時に、相手は突進、右腕で飛来する亜音速のそれを切り裂きながら肉薄する。
迫る《精霊》を相手に、俺は脱力するでもなく、かといって力むわけでもなく…。
「お手上げ、だわ」
地面に剣を突き立てた。
相手は攻撃だと思って怯んだのだろう。
━━その一瞬が、命取りだと言うのに。
パァン!!
俺は行動と相反して、弾丸を放った。
火花で彩られたマズルフラッシュが瞬き、次の瞬間には、少女の右腕に穴が空いていた。
「くぅ……!? アンタ……!!」
「俺の、勝ちだ」
剣をガッ、と地面から抜き取って、喉元に突きつける。
「俺の《精霊》になれ」
━━この時俺は、自分の勝利に絶対の確証を持っていた。
いや、誰が見てもそうだろう。
何せ相手は両手を封じられ、その上倒れた状態の喉元に剣を突きつけられている。
絶体絶命の状況、現状を打破しようにも、手段を選べない。
完全なる勝利、そう直感した時、既にそれは始まっていた。
「……反則よ。諦めたフリして狙うなんて」
「ぐだぐだ抜かすな。勝ちは勝ちだ」
「…そうね。だから、私も、ルール破らせてもらうわよ」
「なに…?」
ニタァ、と残虐そのものの笑みを浮かべた少女は告げる。
「━━我が名はアイリス、万物を喰らい、亡き者とする暴食の姫…。我が名の下に、我が力を持って、その身を新たに顕現させよ……!! 《Gluttony the Snipe(暴食の霊峰)》!!」
空間が歪んだ。比喩表現ではない、そのままの意味だ。
歪んでぽっかりと黒い穴の空いた空間から、巨大な銃身が姿を顕す。
それは、軽々と国一つ吹き飛ばしそうな程強大で、荘厳な煌きを放っている。
「……アンタが犯した罪は、虚偽。審判をするのは私……判決を下すわ…」
ガチャン、と弾丸が装填された。
恐怖が、狂気が、災厄が、目の前で、巻き起こる。
「撃ち抜かれなさい……」
レーザー砲のような一撃が大地を震撼させる。
放たれた場所には深い深いクレーターが形成され、周囲の大地も変形してしまった。
その一撃を放った本人は、心の底から脱力した様子で、呟いた。
「…さようなら、愚かな挑戦者……」
追記:今更ですが、アーサーその他諸々のプロフィールを。
アーサー・ペンドラゴン:年齢十七歳 身長175 体重58 金髪のミディアムヘア
セント・ウェイルズ:年齢十七歳 身長178 体重56 白髪のセミロング(男)
エルナ・アンリフォード:年齢十七歳 身長162 体重? 銀髪のショートボブ
キリア・ヴァルシュタイン:年齢十七歳 身長158 体重? 桃色のロングヘア
……簡素では御座いますが、以上を詳細情報とさせて頂きます。
アーサーは前髪がやや長く、キリアは時折ツインテにしたりします。
次回もちょっと注釈入るので、目にして頂けたらと思います。