Episode1-3
評価して下さった方々、有難うございます。
本作を読んでいるけれど、評価した事ないよ、って方も是非(催促催促)
次回より対《暴食》編、始まります。お楽しみに。
かれこれ30kmの道程を走破し、無事商業都市《レイヴズ》へと到着した。
亭主の親父は颯爽と来た道を戻っていった。
到着した俺は、早速《暴食》についての情報収集を開始━━
━━する前に、もう来れないかも知れないこの街を散策する事とした。
ついでに、この街含めて、《ディファナ大陸》について若干説明しよう。
《ディファナ大陸》はこの惑星《アルトリウム》における一枚岩の大陸の一部だ。この大陸の所有権と支配権は《ラークシュティン》が握っており、商業都市・鉱山都市・魔法都市、その他諸々の都市全てを統括するのが《帝国》である。
元々一枚岩のプレートを、強引に五つの国が国境線で分割したものだから、《ディファナ大陸》とは何か、と問われれば、一枚岩の大陸、としか形容しようがない。
亜獣人の王国《ファーフガル》、精霊達の都《エレメネシス》、蛮龍族の砦《ディルヴァード》、天魔人の傾国《アッシエンテ》、そして我らが人間の帝国《ディファナ》。
この五つの大陸、その曖昧な基準を明確に記した国境線。
その近くでは日夜攻防戦が繰り広げられている。
現在は大分落ち着いたようで、ある種冷戦のような形で睨み合いが続いている。
無論、剣を交えて血で語るような争いは、少なからず勃発しているが。
全員我が強いせいか、分け合う、とか共有する、という意思や価値観が無い。
俺としては全種族の長が手を取り合って平和な国を一つ建国すれば、それで良いと思うのだが。
━━まぁ、若輩者の戯言と切り捨てられて即終了ってオチが丸見えだけどな。
上記した、亜獣人・精霊・蛮龍族・天魔人・人間、以外にも何種類かの種族は居る。
多くは似通った種族に吸収される形でその原型を残してはいない。
《ディファナ大陸》は比較的安全な地域でもある。
ただ━━━
「…テメェ、ゴラァ!! 獣人風情が往来を堂々と歩きやがって、何様のつもりだ、あァ!?」
小さな女の子の獣人が、びくびくと怯えた様子でその場に固まる。
ああいったケースは稀に見る。
先程の上位五種族は常に互いを牽制し合い、お互いを憎み、嫌っている。だが、生活上の都合で敵対する国に住まわなければならなくなる場合も多々ある。例えば、国境付近にある村が戦闘地域に含まれてしまった場合、帰属する国の中枢へ向かうより、国境を超えた方が近くて安心だ。
しかし、それは一時の気休めに過ぎない。
人間至上主義を掲げる俺達の国王は、そういった蛮行を許容する。
つまり、これは正当なる王の命の下、厳粛なる裁きが下される前兆なのだ。
男は拳を強く握った。顔面を殴り飛ばすつもりだろうか。
獣人の女の子は、猫のようなぴょこんとした耳をぶるぶると震わせて怯えている。
「邪魔なんだよォ! クソがァ━━」
「はいはい、ストップストップ」
パシィン、と鋭い拳打が俺の右手を弾く。
男はいきなり仲裁に入った俺に驚いたのか、二歩三歩後ろへ距離を取る。
「…アンタのやってる事は、規律上は正しいんだろうが、モラル的に見てどうだ?」
冷めた視線で見つめながら、怯える少女の頭を優しく撫でる。
例え相手が亜獣人であろうが何であろうが、女子供を無闇に殴るのは男として最低だ。
民衆も俺の行動に賛成を示したのか、男に対してブーイングをあげる。
「く、くそが……」
「腹いせか、八つ当たりか……詳しい事は知らないが、そうやって他者を殴って何になる? 正当な理由があるからといって、罪のない亜獣人を殴って、気分爽快ってか?」
件の山賊といい、何といい……何だか腹が立つ事が多いな。
俺はギロリと射殺すような迫力を持って睨みつける。
「反吐が出る」
「ひ、ひぃ……」
男は及び腰になったかと思えば、背中を向けて逃げ出していった。
俺は一頻り触り心地の良い茶髪の髪の毛を撫で回してから、静かに告げた。
「これからは気をつけるんだぞ。人目に付きすぎると色々あるからな」
女の子はコクン、と一度頷くと、トタトタと駆け出していく。
だが、すぐに振り返って、笑顔を浮かべてこう言った。
「あ……あり、がと…」
「なぁに、気にすんな」
《聖銃剣師》たる者、常に正義をその誇りと矜持に懸けて持ち合わせ無ければならない。
例え規律上認められた暴行行為であっても、歪曲した規律に反抗する権利を持つ。
《戦場では心を殺して外道となれ。生きる上では闘争心を殺して善人となれ》
これが《聖銃剣師》の暗黙のルール。
血みどろで一片の希望さえ無い戦場では、外道になりきる。
それが出来なければ、命に繋がる導火線に自ら火をつけるようなものだ。
━━とは言え、人助けっぽい事をした分、何かと気分は良くなった。
「(…衆目も集めちゃったしな。少し離れたトコでコーヒーブレイクとでも洒落込みますか…)」
朝から何も食ってない腹は不満げにぐぅ、と腹の音を鳴らす。
宥め賺すように腹部を撫でながら、大通りを闊歩していく。
時刻は朝の九時。
━━残された時間は、一日と十二時間。
◆ ◆ ◆
「モーニングセット一つ」
小洒落た喫茶店に入って、軽い朝食を摂ることにした。
出されたメニューはコーヒーとトースト、それに付けるジャム・バター類。それとスクランブルエッグ、豪華なことに瑞々しく水滴を弾くサラダまで付いたコース。
値段はそこまで高くないので、食欲に負けてセットで買ってしまった。
「(……ふむ、中々美味いな。少なくとも《HBGA》で出されるスクランブルエッグよりは数段美味い。サラダも……って、ちょっと待て)」
ぺろりと平らげて、食後のコーヒーを一口飲んだ所で、本題を思い出した。
気を抜いていたが、俺は現在《暴食》の《精霊》を探さなければいけないのだ。
気が抜ける、というよりは心が穏やかになった、という方が形容する言葉としては正しいだろうか。
「(……でもなぁ、街の人に聞いて回るワケにも行かないし…。しゃあない、あそこへ行こう)」
俺はカウンターにお代を置いて、人知れずその場を去った。
向かう場所は一つ。教会だ。
古今東西あらゆる宗派が存在する宗教だが、《ディファナ大陸》全般において最も教徒数が多いのは《ギルティア教》と呼ばれるものだ。名前の通り、《罪科に関する》ものが多い。
主に《破邪七大罪》をベースに規律を作り上げ、善行を広める為に募金活動や廃品蒐集なんかをやったりして、市民に尽くしている。無宗派な俺にはどの行為がどれだけ有難いのか知らないが、何せ今から狙いに行くのは《破邪七大罪》に数えられる一角だ。
そいつら以上に詳しく知り得るヤツなど到底居ないだろう。
教会周辺は民家も少なく、少し無法地帯になっている。
草木があらゆる所で咲き乱れ、教会本体は少し傾斜のついた坂の上にある。
到着するなり、俺は木製の扉を両手で押した。
ギィィ、と骨が軋むような嫌な音を上げて、観音開きの要領で扉が開く。
太陽がステンドグラスに当たり、何色もの美しく澄んだ輝きを持つ光に変わる。
その全てが降り注ぐ場所、教壇の前に、男は居た。
「…ふぅむ、珍しい客が来たものだな。お見受けするに、《聖銃剣師》と見たが?」
「大正解だ」
「ほう、神も慈悲もないと泣き喚く信仰心の薄い貴様らが、何用で?」
「なに、大したことじゃない。少し情報を提供して欲しいんだ。《暴食》についてな」
「…貴様も馬鹿な男だ。ヤツは来る者を拒まないが、出て行こうとする者は情け容赦なく食い散らかす。此処に今まで何人もの馬鹿な冒険者が集ってやって来た。まぁ、私が教えて以来街で見かけることは全く無くなったがな…」
修道服に身を包む男は静かに祈りを捧げるようにして呟く。
「嗚呼、我が主よ。私はまたも罪のない者をこの手によって死地へと追いやってしまいそうです」
聖書を右手にぶつぶつと呪文を唱え、最後に俺にも聞こえるようにこう言った。
「愚かなる挑戦者へ、武運の加護を。アーメン……」
「御大層な祈祷は済んだか?」
「フッ。神を信じぬ者に神の加護なし。神の加護は万物が平等に受け入れる至宝の能力。故に、それを拒む者は人に非ず。つまり、私が何か物申す事もない。立ち去れ」
「おいおい、一人ぶつくさ何か唱えて最後にそんだけ付け加えられたって、有り難みも何もねえだろ。それ以前に、お前らは善良なる市民に手を差し伸べるのがお仕事じゃあないのかい?」
「人を殺め、平気な顔をして子を産み落とし、その子供に自らの枷である罪を与えて死に行く。そんな下衆に差し伸べる手など、毛頭ない。理解しようがしまいが、早々に立ち去れ」
何やら顰蹙を買ってしまったようだ。
そもそも俺に子供は居ないし、今後そういった関係を持つ相手が居るとは思えない。
大体何処からどう見ても俺は大人じゃない。アダルティなお話の厄介になるつもりはないのだ。
「悪かったよ。俺は別に神様なんか信じちゃいないが、アンタらにとっちゃ大切な崇拝対象だもんな。まぁ、それに…何だ、なんかこう、力が漲ってくる感じもあるし、神様ってのは意外と居るのかも知れねえな、なんて少し思ったりもする」
「少しは話が分かるようだな。……まぁ良い。どうせ引き下がる気はないのだろう」
男は教壇に立ったまま、静かに手招きした。
俺はその御厚意に甘えて最前列の横に長い椅子へ腰掛けた。
近くで見ると、男は意外と若く、二十代前半くらいだった。
「貴様を試す気は無かったが……まぁ、合格点だ。私が神を心から崇拝する狂信者のように見えたのなら、私の演技力も馬鹿にしたものではないのだろうな」
「そこまでじゃないが、頑固な神父には見えたぞ」
「そうか。私の名前はクロイツ・ヴェルベット。この教会の神父を務めている」
「俺はアーサー。アーサー・ペンドラゴンだ。以後お見知りおきを」
「…フン。して、アーサーとやら、聞きたいのは《暴食》についてだな?」
聖書を少し乱雑に放り投げると、もう一冊の書物を取り出した。
そこには掠れた文字で《破邪七大罪:罪科の精霊》、と書かれていた。
「これは《破邪七大罪》に数えられる七体の《罪科の精霊》について書かれた本だ。著者はその身一つで七体全てを封印した英雄ヨハネス。彼は生前、最強の剣士と謳われていた…」
クロイツは両目を閉じて、静かに語りだす。
あの掠れた文字は、何度も何度も読み返していたが為に出来たのだろう。
「━━━ヤツが暴食の権化と化すのは、少し後の話だ」
◆ ◆ ◆
《暴食》を司る《精霊》は、元は一人の女の子だった。
彼女は元々人間の一族で、少し裕福な家系に生まれ落ちた。
幼少期からとにかく何でも食べた。野菜、肉、魚、穀物……時には砂や樹木さえも喰らった。勿論、両親が与り知らぬ所で、だが。
彼女にとっては食こそが探求せし欲望だった。
十五年が経過し、女の子は女性としての風格を漂わせ始めた。彼女は良く食べ、良く動き、良く寝た、無論体型もグラマラスなものになって行き、同世代の男子達の視線を釘付けにさせた。
しかし、彼女は色恋沙汰に興味は無かった。
食べて食べて食べて……そうやって生きていく中で、近年稀に見る大飢饉に襲われた。食物は高騰の一途を辿り、幾ら多少なり裕福な家でも、女の子の膨大な食費を今まで同様に浪費するワケにはいかない。勿論、彼女自身も食欲を抑制して、質素な食生活を送ることとなる。
━━だが、悲劇は起こる。
毎日空腹で頭が痛くなりそうな日々を送っていく中で、彼女は。
……両親を喰ってしまったのだ。
それ以来、彼女は人ならざる者として扱われ、元居た街を追放。二年後には、飢餓によってその若い生涯に幕を閉じた……はずだった。
しかし、彼女の旺盛な食欲は、彼女の死後も乖離された欲求として一人歩きを始めたのだ。
その内人喰い精霊の噂は忽ち広がった。実際は人に埋蔵される《魔力》を食らっているのだが、生命力に密接に関わる《魔力》を喰い尽くされるのは、死と同義と言っていいだろう。
欲望に囚われた幼き少女、それが《暴食》と恐れられる怪物の姿。
━━食欲に取り憑かれ、信頼も愛情も友情も、手にするはずだった全てを失った、少女の姿。
◆ ◆ ◆
「……以上が《暴食》についての逸話だ」
「……」
「お気に召さなかったようだな。取り敢えず、これを渡そう」
クロイツは胸ポケットから折り畳んだ小さな地図を渡した。
新品同様の羊皮紙に書かれている事から、次の挑戦者を待ち構えていたのだろう。
「…随分と用意が良いな」
「いずれ人は此処を訪れる。何故此処に来るのか、礼拝であれば月一度の決まりがある。では、一体何故此処に関係のない無宗派の人間が訪れるのか。その理由を突き詰めて考えれば、自然と手配や配慮に淀みが無くなっていくものだ」
クロイツの瞳は何も映さない。
危険だ、と忠告する事も無ければ、是が非でも行くべきだろう、と促す事もない。手段と道具は与えたのだから、他は自己責任で管理してくれ、と一方的に投げやりな態度を取っているだけだ。
彼の基本スタンスはこういったものなのだろう。
他者の生き死にも、剰え自分の身の上も然して気にした風ではない。
「……ここから徒歩二十分といった所だな。結界を張っている洞窟がある……が、無論そこをくぐり抜ける方法程度考えてきてあるのだろう?」
「当たり前だ」
そう言って俺はコートのポケットから黄金に輝く銃弾を取ってみせた。
「…《対魔力妨害専用特化弾頭》というヤツだな?」
「詳しいな、アンタ」
「…知り合いに似たような男が居てね、と言っても歳は相当掛け離れているが」
懐かしむような色が瞳に滲む。
今日出会った程度の希薄な関係だが、多分クロイツの瞳に何かしらの色が現れるのは珍しい事だろう。
だが、それも一瞬。瞬きをした時には、先程同様に薄暗い瞳が俺を射抜いていた。
「…早く行くが良い。時間が押してるんだろう?」
「あぁ、悪いな、それと、貴重な話をありがとう」
「礼には及ばん。これも皆、我が主の手向けだ」
最後の最後まで神父らしい言葉を貫き通したクロイツ。
俺は教会を後にし、目的地へ向かう。
複雑で入り組んだ道が長々と続いている様子だが、そこまで起伏の激しい土地ではない。
ゆっくり慎重に、且つ出来るだけ素早く……言葉の矛盾を掻い潜るように、俺は先へと進む。
普段人が歩いていないのだろうか、ぼうぼうと草木が生え渡っている。
その酷さたるや、先程の教会周辺など可愛く思えてくる程だ。
草木を分け入って進んでいく。時折急激に凹んだ地面に足を掬われながら。
そうして数分が経過した頃、とうとう目の前に巨大な神殿を想起させる洞窟が見えてきた。
「…これか」
ホルスターから拳銃を抜き取り、弾丸を詰め込む。
この弾丸、《対魔法妨害専用特化弾頭》は比較的《霊子》の薄い場所へ放たないと効果が出ない。基本結界は《魔力》を構成する《霊子》と《因子》を複雑に噛み合わせて精製される。《魔力》のように《霊子》と《因子》を二つくっつけて成分化するわけでなく、《霊子》と《因子》を場所によっては何度も重ねるようにして形成されているのだ。
故に、結界を多用する《隔壁術師》などは相手にすると嫌われる傾向にある。
無論、それはあくまで防衛側であり、前線で大立ち回りをするケースなど限られるが。
しかし。
「《ブレイヴ:オン》」
俺の目は、どんな結界であろうとも脆い弱点部分を見抜く。
一頻り結界を見て回って、最も効力が薄そうな場所へ目掛けて弾丸を放った。
パァン、と軽快な発砲音と共に、シュアァァと音もなく見えない隔壁は消えた。
「……さて、行こうか」
━━こうして、《暴食》との長い戦いが幕を開けたのだった。
訂正10/21:ルビが被っている部分を修正しました。