Episode1-2
「……二日も此処を離れるのかい?」
授業が終わり、各自生徒が併設された寮に戻る。
部屋は二人で一つのものを使い、当然男女は隔離されている。
そして、俺は思いついた考えを実行する為、同室の相方であるセントにそう言った。
「ああ。野暮用、ってかまぁ、一世一代の大博打にな」
「失敗したら、そのままここから居なくなる、って事だね?」
「って事になるな」
「キリアやエルナに言わなくて、本当に良いんだね?」
「まぁな。エルナは俺が居なくなっても何とかなるだろうし、キリアに関しちゃ言わずもがな知れてる。勿論、ただただ負ける為だけに向かうわけじゃないぜ?」
俺は出来るだけ恰好付けた言い回しで、ホルスターを見せつけた。
基本として一丁の拳銃しか使わない俺が、二個目を携帯している。セントもそれが何を意味するかは薄々察したのだろう、こめかみに手を当てて溜息をつくと、静かに告げた。
「……本気出すってトコかい?」
「今日からな」
「……アーサーが二丁使っても高が知れるでしょ…」
「おま…! なんつー事言いやがる! 単純に手数が二倍なんだぞ!?」
「一に二を掛けても二にしかならないよ、アーサー」
「……それはつまり俺の基礎値は掛け合わせてもその程度だって事か?」
「皆まで言わせないで欲しいな。僕はこれでも君のルームメイトで親友なんだ」
「言外に言ってんじゃねえかよ!」
はぁ、と一つ小さな溜息を吐き出して、俺は身軽な装備を整える。
《聖銃剣師》はその名の通り、拳銃と刀剣を用いる。だが、サブウェポンとして、投擲用のダガーや目眩まし用の発光手榴弾なんかも多用する場合がある。今更足掻いても無駄なのかも知れないが、余念はない、と全てに区切りを付けて動き出さないと、どうにも後悔する気がしてならない。
リュックに一通りの装備を揃える。
準備は万端。今夜に出発し、明日の明け方、もしくは昼頃に到着予定だ。
せっせと準備する俺を見ながら、セントは念を押すように呟く。
「……エルナやキリアだって、心配するはずだよ」
「…そうかもな。けど、これはアイツらには関係の無い話だ。俺個人の、極めて挟範囲で繰り広げられる尊厳を掛けた戦いだしな。もう、これ以外手はないだろ」
「そうかも知れないけど……」
「そこらの《精霊》じゃ釣り合わねえんだ。せめても《星帝》程度のヤツ連れてこないとな。かといってそんなのを《HBGA》側に注文するわけにもいかない」
セントはキリアやエルナ以上に俺の身の上をよく知っている。
膨大な《魔力量》、《霊子》さえ捉える魔眼、それ以外にも多く、だ。
だからこそ、今回俺の無断渡航を容認し、隠蔽工作にまで手を貸してくれた。
「……年貢の納め時ってヤツじゃねえの。今まで怠惰に胡座かかせてた俺が、とうとう見限られたわけだよ。ここで立て直さないと、俺は今後やっていける気がしない」
「………」
「…んじゃ、セント、後のことは任せた。しっかり隠し通してくれ」
「ああ、任せてくれ。僕に出来る事なら、何でもするよ」
「キリアやエルナには伝えるな。勘繰らせても良いが、俺が《ラークシュティン》に居ないって事実を絶対に隠せよ。アイツらはぎゃーぎゃーうるさいからな」
「……ああ。……頑張ってくれ、アーサー」
「言われなくても」
俺はそれからすぐに部屋を出た。
寮の門限は夜十時。それ以降は鍵を閉められ、外に出ることも外から入ることも不可能となる。畢竟、十時以内に俺が寮を出る必要性がある。勿論、その事を含めて今まで計画を進めてきたわけだが。
「(《暴食》の精霊……必ず手に入れてやるぞ…!!)」
寮を出て数十分。
薄暗い街の中、コート一枚を羽織って歩く。
既に閉店の体を示していた馬車屋に押し入る。
「……珍しい客だな、坊主一人か?」
「はい。ここから100km先の、《レイヴズ》まで向かいたいのですが」
「…この時間に《レイヴズ》まで向かうのか? 明朝でもいいだろう」
「いえ、明日の朝、もしくは昼に到着しないと……。時間が迫っているのです」
「ふぅむ……。まぁいいが、多少高くつくぞ?」
「ありがとうございます」
準備は完全に整った。
運搬はどうやら亭主自ら行ってくれるらしい。
少し高めの旅費を払い、俺は荷馬車に乗り込む。
「到着は明日の八時ってトコだ、文句ぁねえな?」
「はい、十分です」
「よっし、んじゃ行くぞ!」
パシィン、と鞭がしなって、馬の屈強な体躯に打ち付けられる。
静けさが満ちる夜の街に波紋を走らせるように、馬が嘶く。
月が天頂に昇る頃には、《ラークシュティン》の城下町を抜けた。
時刻は、夜の十二時を回っていた━━。
◆ ◆ ◆
「……坊主、ちとマズイことになったな」
「…?」
夜中の十二時を過ぎ、日付が移り変わる頃。
《ラークシュティン》は遥か後方、既に《レイヴズ》まで60kmと言ったところか。
軽快なリズムでテンポ良く進んで行く馬とは正反対に、亭主は難しい顔をした。
「…ここいらは、無法者が屯する危険地域なんだ。別に通りたくて通ってるわけじゃねえが…今日は月も出てるしな、標的はここです、と言わんばかりに馬が嘶きやがる。リスクは高え」
「…その時はその時です。急いで下さい」
「なんだぁ、坊主。お前さん、秘策か何かあるのか?」
「…相手がただの山賊程度であれば、ですが」
言うだけ言って、俺は荷馬車の中で外気に震えながらも眠ることにした。
《聖銃剣師》は其処ら辺の破落戸など容易く殺す程の実力を持つ。それは現状最底辺である俺とて例外ではない。勿論上限は決まってくるし、相手に《聖銃剣師》崩れが居た場合は即刻アウトなワケだが、倒せないという道理はない。対人に特化した戦闘職、それが《聖銃剣師》だ。
今も尚国家間での闘争は苛烈を極めている。
トップレベルの《聖銃剣師》は他国の名も知れない強者と幾多数多の争いを繰り広げているのだ。
その卵である俺達《研修生》でも、上位の人間になれば相応の力を持つ。
ただ、《十月の誓約》によって《戦争・決闘以外での殺害行為》は禁止されているが。
ガタゴトと荷馬車が地面を這うようにして道を進んでいく。
数km進んだ頃だろうか、道が開けて、月の明かりが良く差し込むようになってきた。
「(……来るならそろそろか)」
パチッ、と右目だけを開いて俺は周囲を見渡す。
「(《ブレイヴ:オン》…!)」
視界が切り替わり、風景の中に微細な粒子が舞い散る。
その中でもその粒子が固まり、人型を成しているものが複数見受けられた。
「(……六人? いや、遠巻きに居る場合は感知の対象に含まれないから、八人程度と見積もっておくべきだろうな。ま、当面の問題は六人だけか)」
人型のそれは、囲い込むようにして、音も立てずに荷馬車と並行する。
相当な脚力と瞬発力、加えてスタミナを兼ね備えている証拠だ。
更に数百m進むと、森から抜けて、少し広めの道へ出る。
丁度そのタイミングだった。
物陰から音も立てずに黒い外套に身を包んだ数名の山賊が飛びかかってくる。
異変に気づいた亭主は馬を急停止させる。
「…俺達が何者かくらい、分かってんだろ?」
「殺されたくなきゃ、荷物と金目のもん全部置いていきやがれ」
ダガーを突きつけて亭主を威嚇する山賊。
予想通りの展開とは言え、テンプレートな脅し文句に辟易する。
俺はさっと荷台から飛び降りた。
「ぼ、坊主…!」
「あぁ? んだこのガキ…」
ダガーを握り締めたまま不用意に近づいてくる山賊。
当然、亭主は止めに入らない。止めに入った所で一発刺されて終了だ。
睨めつけるように似通ったコートを羽織る俺をジロジロと眺め回す。
「ったくよぉ、シケてんなぁ、おい。客はこのガキ一匹かよ。チッ、久々の獲物だってのに…。まぁいい。丁度最近人を斬ってなくてな、腕が鈍ってんじゃねえかと思ってたトコだ」
キラリ、と月光を浴びて山賊の持つそれが煌く。
「大人しくしてろよ? 優しく殺して━━━」
「ナメんなよ、山賊風情が」
コートを翻し、目にも止まらぬ速度で俺は右足ホルスターから拳銃を抜き取る。
突きつけると同時に発砲。マズルフラッシュが瞬き、目の前の山賊が吹き飛ぶ。
「あ……があああああああああ!?」
「な……」
「安心しろ。死にはしない。ただ、内蔵を打ち抜いたからな。早めに治療してもらえ」
ただ、と俺は付け加える。
「お前らも同じようになるから、結果として全員くたばるだろうが…」
安い挑発だが、相手は山賊。あっさり乗ってきてくれた。
仲間を殺られた怒りか、それとも単純に俺という存在への恐怖か。
攻撃は振り下ろしたり切り上げたり、と単調なものばかり。
俺は軽い身のこなしで攻撃を避けつつ、遠巻きにこちらを狙う山賊へ銃弾を放った。
「い……!?」
「!?」
一瞬の出来事で認識が追い付かなかったのだろう。
襲いかかってきていた三人の山賊が一斉に後ろを振り向く。
「敵を前に余裕だな、おい」
俺は左の腰にぶら下げていた剣を抜き出し、その勢いのまま、横に薙いだ。
ザン、と不快な斬撃音が響き、目の前の三人の腹部を切り裂く。
「うごあああああああああ!!!」
「…んで、ラストはお前か?」
パァン、と比較的弾道を単調にした一撃を見舞う。
亭主を人質に取ろうと動いていた山賊だったが、右腕を打ち抜かれて荷馬車から転げ落ちた。
「あああああああ!! 俺の、右腕が……!!!」
「残念だったな。相手が悪い。こちとら対人用の練習積んでる真っ当な騎士なんでね」
カチャ、と銃口を額に突きつけて問う。
「……殺害は命令違反だが、バレなきゃなんて事はない。命を狙うってことは、その逆のリスクを常に抱えるってことだ。己の欲望の為に人を殺すようなヤツは、許さねえ」
ハンマーを引き、セーフティを外す。
トリガーに指を掛ける。じとっとした汗が、男の顔を濡らす。
その時。
「悪いが、その手を退けてもらえるか、少年」
さっと首だけで振り返ると、亭主の首筋に拳銃を突きつける妙齢の女性が居た。
キラリと輝く紅の瞳が、俺の視線とぶつかり合う。
瞳と同じ色をした髪が束になって風に靡き、数秒の睨み合いが継続される。
しかし、終わりは一方的にやって来た。
パァン!
女性が唐突にこちらへ向けて弾丸を放ったのだ。
「く……ッ! 《ブレイヴ:オン》!!」
弾丸の速度が目に見えて遅くなる。
俺はすっと右手を伸ばして弾丸を上方向に弾く弾道で放った。
チュインッ!!
弾丸が見事にぶつかり合い、耳障りな金属音を上げて明後日の方向へ飛んでいく。
その一瞬だった。
ザッ!!
飛び降りた直後、弾丸を何発か放つ。
俺は似たような手口で弾丸を弾く。
しかし、時間稼ぎに加担してしまったようで━━
女性は六人全員をその小さな体躯に抱え・担いで木の上に片足だけで立っていた。
「甘く見ていたよ、少年。次会う時は容赦しない。…まぁ、出来れば二度と会いたくはないが」
「…ハッ」
パァン!!
牽制の意味合いで弾丸を撃つと、ほぼ同時に女性は木から飛び降りて去っていった。
《ブレイヴ》で追跡も可能だが、今は徒労に過ぎない。
「……出発してくれ」
「…あ、あぁ……。坊主、お前さん…」
「無闇な詮索は寿命を減らすぞ」
「……分かったよ」
夜盗の襲撃は、相手の頭と引き分けという形を取った。
最弱な俺にしては上出来といった所だろう。
「(……ウォーミングアップにはなったか……って、こんな程度じゃねえんだろうけど…)」
これから相手にするのは封印指定の超弩級《精霊》である。
其処らの破落戸程度の山賊と引き分けという結果は、あまりにも不甲斐ない。
「(……朝、か)」
盗賊との戦闘は一瞬であった。
しかし、時刻は朝の四時を回り、太陽が空から少し顔を覗かせている。
「《レイヴズ》までは、後30kmってトコだ」
「分かりました」
馬の嘶きを合図に、地平線に視える巨大な都市に目を向けた。
商業都市《ブレイズ》、そこは俺が現時点で目指すべき旅の到着点。
「(……敵はもう、目の前だ)」
恐怖を噛み殺すように、俺はぐっと拳を握った。
次回は少し長くなるかもです。