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乙女ゲー転生主人公のある一例

作者: Leni



 今の記憶を持ったまま生まれ変わったら何になりたい?


 そんな妄想をしたことがある人は、結構な数がいるのではないだろうか。特に、成人して「将来の自分」が決定してしまった人には多いかもしれない。

 このもしもの妄想で主な部分となるのは、大人の記憶を持った子供時代をどう過ごすかだろうか。


 自己管理されたトレーニングをこなし豊富な知識と合わせ、天才スポーツ選手になるか。

 大人の精神性を持ったまま訓練スクールに通い、子役芸能人を目指すか。

 難関お受験を知性でクリアして、順風満帆なエリート学生コースを進むか。

 芸術に覚えがあるなら、音楽家や画家の道を神童としてスタートしても良いかもしれない。


「実際に生まれ変わってしまった」私の場合――。


 私は学問を学ぶ道を選んだ。







 今の私に前世の記憶があると気づいたのはいつだっただろうか。


 生まれてすぐのことではない。物につかまりながら二本の足で立ち上がれるくらいには成長していたはずだ。

 物心ついた頃、とはよく聞く言い回しだけれども、それよりはいくらか早いと思う。


 ともかく、私はそれなりに幼い頃に前世というものを思い出してしまったわけだ。

 前世に目覚めた私はとても悩んだ。

 この圧倒的なアドバンテージを今生でどう活かすか。

 そう、アドバンテージである。幼い頃に前世の記憶に目覚めた私は圧倒的勝ち組なのである。しかし、私には生まれ変わってやり直したい前世の夢というものがなく……結局私は天才児になることにした。


 子供の脳は大人のそれよりはるかに柔軟で優れている。なんてことを前世で耳にしたことがあった。

 本当のところは知らないが、本当だと断定して私は自分に英才教育を施した。

 そして私は天才児になった。神童と呼ばれた。

 いやー、びっくりだ。


 しかし困ったことに、私にはそれ以上の将来のビジョンがなかった。


 生まれ変わったら何になりたい?

 答えは天才児。


 天才児になったら何になりたい?

 答えは……なし。

 未来に悩む若者(外見年齢)である。


 将来に悩んだらどうすればいいか。簡単だ。学校に行けばいいのだ。

 ただしちんたら義務教育を受けているわけにもいかない。十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人とはよく言ったものだ。周囲に合わせていれば私は生まれ変わりというアドバンテージを失い、あっという間にただの人になってしまうだろう。

 というわけで私は日本を飛び出し、飛び級の認められている海外の学校へ入った。







 人間やることを見つけたら時が経つのは早いものである。

 私は大学院を出ていわゆる学者さんになっていた。人工知能、いわゆるAIを研究する学者さんである。実用段階にこぎつけたそれは世界中の様々な場所のサービスに使われている。

 東南アジア方面で発達したロボット工学にもそのAIは取り入られ、私のことを「ロボットの母」と呼ぶ人もいる。

 言い忘れていたが今生の私は女である。実年齢は母どころかまだ成人すらしていないのだけれど。


 そんな最近の私は、日本に帰国して実家近くの大学で客員教授をしている。

 思い切って海外飛び級留学なんぞをした幼い頃の私だけれども、両親はついてこれなかった。そりゃあそうだ。外国語を話せるのは私だけだし、日本での仕事だってある。

 結果、留学で親元から飛び出す形になったわけだが、私の家族には兄弟姉妹というのがいない。父と母、そして私の核家族。実家の割と近くに祖父母が住んでいるものの、私が留学している間両親は基本的に二人っきりだったわけだ。

 寂しい思いをさせてしまったと今更ながらに感じて、今の私は両親のいる実家暮らしをしている。世界中が前世以上にネットで繋がっているこの地球。別に日本でもAI研究は続けられる。


 さて。ここまでが私の来歴だ。長々と失礼した。

 ここからは私にやってきた第三の学生生活について語ろう。







「はるちゃん、四月から学園に通って欲しいの」


 ある日の昼食、母からそんな話を切り出された。


「……学園?」


「そう、お父様……おじいちゃんの経営している学園がこの近くにあるでしょう?」


「ああうん、名門男子校だったかな」


 私の祖父の家は何やらそこそこの家柄らしく、様々な事業を展開していたりする。私も人型ロボットの日本展開では祖父の世話になった。

 その祖父が経営している男子校がこの家から車で二十分ほどの場所にあったはずだ。


「何? 授業して欲しいって仕事のオファーでも来た?」


 今の私は人工知能の権威だ。身内のなんちゃらで名門校らしい祖父の学園で講義でもして貰いたいのだろうか。


「違うわよー。そこに生徒として入学して通って欲しいのよ。はるちゃん十五歳でしょう?」


「ん? うんん?」


 何を言っているんだ。

 義務教育全スルーでとっくに大学を出ている私に、今更学園に通えだって?

 何を学べというんだ。

 それにロボットの母と言われている通り、今生の私は女だ。それが男子校に入学?

 ちょっと何を言っているのかわからない。


「お父様の学校ねー。再来年から共学になるの。だから試験的に何人か女の子を入学させてうまくいくか試したいってお父様が」


「共学になるのと女子生徒が何人かいるのとでは、全然状況が違うんじゃないですかね……」


「でもはるちゃんを是非入れて欲しいってお父様が言うの」


「それ教員としてじゃないかな……」


「生徒としてよー。ほら、はるちゃん難しいお勉強してばかりで、学生らしい青春って送ってないじゃない」


「大学はもうでたよ」


「日本の学園生としてよー」


 その後何を言っても母は行けの一点張りで話にならなかった。

 仕方がないので仕事から帰った父に、母様ってばわけのわからないこというんだよねーと愚痴ったら。


「是非行きなさい」


 即、母に同調しだした。このバカップルはもう……。

 結局両親は私の抗議を受け付けなかった。

 祖父に電話してみて事情を聞くと、長々ぐだぐだと二時間以上にわたり説明をされる。要約すると共学化のテストという大事なものにちょうど年頃の娘を出さないのはなんちゃら宗家として示しがつかないとかなんとか。

 わけがわからなかった。

 共学化のお試しをしたいのはまあわからないでもないが、そこにすでに大学を出て手に職を付けている人間を使う理由がない。


 付き合っていられない。無視しよう。

 そう決めた私だったが、両親や祖父母、そして何やらそこそこ権力のあるらしい親族一同は私の知らぬ間に方々へと手を伸ばしていた。

 まず客員教授をやめさせられた。地元の大学はうちの一族がこれまた経営に関わっていたらしい。

 他に仕事を探そうにも、何故か次々と断られる。人工知能の権威じゃなかったのか私は……。

 日本が駄目なら海外へ、と突発で空港に行ったら黒服サングラスの集団に取り押さえられて、祖父の家まで送り届けられた。


 どうなっているんだと困惑するまま気がつくと季節は春、四月に。

 一ミリも納得できないまま新デザインだという制服を着せられ、学園へと送り届けられる私。


 完全に状況に流された私は、そのまま入学式に出席した。

 そして私はようやく気づくのである。


 やべえ――ここ乙女ゲーの世界だ。







 「ぷり☆がく~Princess School~」はクソゲーと名高い乙女ゲームである。

 有名なクソゲーだか、発売したメーカーに力があったのかなんと深夜帯のTVアニメ化がされた。

 有名なクソゲーのアニメ化なので、前評判は当然悪い。

 しかしいざ放送されてみると、アニメの人気は抜群。最終的にアニメは三期まで続いた。


 ゲームはクソゲー、アニメは大人気。

 それが「ぷり☆がく~Princess School~」である。


 さて、その「ぷり☆がく」だが、私は前世にTVアニメで見たことがある。

 ストーリーは、「共学化予定の男子校に試験的に入学した女子生徒の主人公。まわりはみんな男子という状況に四苦八苦しながら、イケメン男子生徒と仲良くなっていく」というものである。

 非常に私が置かれている状況と似通っている。もちろんそれだけで「ここ乙女ゲーの世界だ」と認識したわけではない。


 今生の世界の日本には、色素がどうなっているのか、もの凄いカラフルな髪の色をしている人間がたまにだが存在する。

 赤、青、黄、緑、白、ピンク、オレンジなど日本人じゃないどころか人間じゃないと言いたくなる髪色の人間が、ごくごくたまにいるのだ。

 ごくごくたまにである。それが、入学式のあった一日だけで五人以上見かけたのだ。そしてその脳天カラフル人間の名前を確認してみると、「ぷり☆がく」に出てきた人間の名前と一致するのだ。

 今生の私は記憶力抜群である。幼少時に思い出した前世の記憶は余すことなく覚えている。「ぷり☆がく」アニメは三期まで続いた人気作品で、私も全話視聴済みだったので、髪の色とキャラ名の記憶くらいは完璧だ。


 明らかにイケメンなメインレギュラー。ゲームでいうところの攻略対象を三名確認。

 さらにダメ押しのように、アニメ版ぷり☆がくの主人公も、アニメと同じ髪色、髪型で存在していた。特徴的な制服デザインも同じだ。


 その主人公、なんと私と同じクラスで、私の後ろの席だった。


「よろしくー」


 と声を掛けると。


「よろしくお願いします」


 と、アニメとよく似た声で返ってきた。顔もアニメのデザインを三次元に落とし込んだらこんな美少女になりそうだと思う。


 さて、「ぷり☆がく」はアニメ化した乙女ゲームである。

 よって、「ここ乙女ゲームの世界だ」と言ったものの、この世界がゲームとアニメどちらの世界が元になっているかはまだわからない。

 ただ、ゲームかアニメ、どちらの世界なのかというのは私にとって割と重要なことだったりする。


 ゲーム版ぷり☆がくの主人公の名前は「早乙女春名」というらしい。

 一方、アニメ版ぷり☆がくは、「佐々山夏樹」という全く別の人物が主人公となっている。


 主人公が違うのはおかしい? いやいや、ゲームのアニメ化を舐めてはいけない。

 主人公の設定が根本的に違うのはまだ初歩の初歩。

 攻略対象が複数いるのに主人公は一人で恋愛させるのはアニメでは難しい、という問題を解決させるため主人公を二人の人物に分割してしまうことだってある。

 そしてこのぷり☆がく主人公交代劇はアニメスタッフにとって英断だった。


 ぷり☆がくがクソゲーと呼ばれた最大の理由は、「早乙女春名」がとにかくうざくて気に触るクソ主人公だったからだ。

 「主人公がクソ過ぎてシナリオを進めるのがとにかく苦痛」とプレイヤー達に総叩きされ、「ぷり☆がく~Princess School~」は年間クソゲーグランプリ乙女ゲー部門で二位に輝く始末だった。

 ちなみに主人公の親友ポジションである「佐々山夏樹」はとにかく可愛い・格好いい・女惚れすると評判だった。

 ゲーム版をプレイしたことがない私だが、クソゲーグランプリの選出コメントでの説明や、アニメ化時のネットの評判を目にしたことがある。


 さて、そんなクソゲーのアニメ化となると、「もうどんだけ原作いじっても文句は出ないんじゃないか?」とスタッフに判断されたのか、主人公交代から始まる様々な改変が行われることとなった。


 前世の私は深夜アニメ好き――特に話題のアニメをネットの掲示板で実況するのが好きだったので、前評判がすごかった「ぷり☆がく~Princess School~」のアニメ一期は掲示板で実況しながら全話見ていた。二期も三期も同じように視聴した。

 そのおかげで、私はこの世界が――というか学園がぷり☆がくの世界だと気づくことができたのだ。


 入学初日に目にした妙に存在感のあるカラフルな美男子――ヒーロー達。

 同じクラスの隣の席になった「佐々山夏樹」という名前の美少女――アニメ版主人公。

 そして、生まれてこの方、何度も聞いたことのある「早乙女春名」という名前の少女――ゲーム版主人公。


 ゲーム版主人公「早乙女春名」とは、現世の私の本名である。ずいぶんと可愛らしい名前になったものだ。







「早乙女さん、部活動は何にするか決めましたか?」


「あー、私はアルバイトがあるから部活動はしない予定だね」


「バイトしているのですか。どのような?」


「ロボット関連かな。家からネットでお手伝いする感じ」


「まあ、変わったバイトですね」


「そうだね。佐々山さんは部活入るの?」


「私は放課後ヴァイオリンのお稽古があるので部活動はできませんね」


「へえ、お嬢様っぽい。ああ実際お嬢様だっけ」


 佐々山夏樹とは、同じクラスで席が前後で隣同士ということですぐに仲良くなった。

 アニメの主人公佐々山夏樹のことは、三期分のアニメでよく知っている。しかし、実在の人物佐々山さんのことはまだよく知らない。

 例えば、ヴァイオリンを習っているお嬢様、なんてことアニメを見ているだけじゃ知ることはできなかっただろう。「ぷり☆がく」の舞台はほぼ学園内で、主人公の家庭なんて描写していなかった。

 アニメの人物と言うことで最初は構えていたけれど、こうやって知り合ってみるとちょっと髪の毛の色が奇抜な可愛い女の子でしかない。まあ私も本来ならゲームの主人公兼アニメの脇役なんだろうけれど。


 佐々山さんは今のところ学園で一番会話をする仲だ。アニメのメインキャラ――ゲームの攻略対象達と顔を合わせることもあるが、私達女子生徒にとっては無数にいる男子生徒の一人でしかない。何せここは男子校である。

 放課後に学校に用事がないので帰り道も佐々山さんと一緒だ。同じ通学バスなのだ。女子が圧倒的に少ないこともあって、すっかり友達になってしまった。

 ……そう言えば同年代の友達って、生まれ変わって始めてかもしれない。これが母の言っていた青春というやつなのか。

 あれれ、乙女ゲームかと思ったら佐々山さんを攻略する百合ゲーだったのかな?


 そんな私と佐々山さんだが、入学式から一週間ほど経ったある日、携帯を片手にこんなことを聞いてきた。


「早乙女さんって学者さんなの?」


 携帯の画面に映っているのは某WEB百科事典。要出典とかよく付くアレだ。

 百科事典のページは「早乙女春名」。ロボットの母とか呼ばれている某人工知能研究者のページだ。


「まあうん、そうだね」


 まさかの正体バレ。友情ブレイクしてしまうのか。大卒の癖に学園になんて通って! なんて言われてしまうのか。

 ――しかし、次に佐々山さんが口にしたのは思いもよらない言葉だった。


「早乙女さん、生まれ変わりって信じる?」







 結論を言おう。佐々山さんは私と同じ生まれ変わりを経験した人――転生者だった。

 幼い頃に前世の記憶に目覚めて、そしてこの学園に来てこの状況が「ぷり☆がく」だと気づいた。そして、ゲーム版はプレイしたことがあるらしいが、アニメ版は見たことがないという私とは逆の状況らしい。

 ゲーム版の親友キャラである「佐々山夏樹」がアニメ版の主人公になっていたのは、話題としてだけ知っているとのこと。

 そして彼女にとって一つ不明なのが――この世界はゲーム版とアニメ版のどちらなのかわからないというのだ。


「時間が進んで学校行事とかが消化されればわかると思うけれどね」


 そうコメントする佐々山さん。


「そうなのかい?」


「学校行事で攻略対象が私とあなたどちらにアプローチするかで、主人公がわかるでしょう?」


「そんなものかな」


「ふうん? アニメだと違うのかしら」


「アプローチ、というのがいまいちわからないね。行事の場で一緒にいるとかならわかるけれど」


「ああ、そっか。ゲームとアニメじゃ根本的にシナリオが違うのね。よく話し合う必要がありそう」


 腕を組んでふむー、と息をつく佐々山さん。

 ああ、この佐々山さんは確かにアニメの主人公の佐々山とは別物だな。仕草とかがアニメで受ける印象と全然違う。


「佐々山さんは主人公がいいのかい? ヒーローに狙ってる男の子がいるとか」


 そう私が言うと、佐々山さんはむっと額に皺を寄せて言い返してきた。


「逆よ。脇役が良いの。有象無象の男が寄ってくる主人公なんてまっぴらごめん。私、オーストリアにフィアンセがいるの」


「オーストリア?」


「そ。私これでもプロのヴァイオリニストなのよ。オーストリアの楽団所属のね」


「そりゃすごい……」


「ロボットの母ほどではないんじゃない?」


 そんな海外の音楽家さんが何故日本の男子校なんかに通っているかというと……私とほぼ同じような状況でこの学園にぶち込まれたらしかった。頑張って入った所属団体を抜けさせられた佐々山さんのほうが悲惨だろうが。

 ただまあプロとして頑張ってる娘を学校のテストケースとして入学させるのはいくらなんでもおかしかろうということで、何らかの不思議な強制力がかかっていることは推測できた。生まれ変わりという超常現象を体験しているので、私達は少し不思議系に甘い。


 今すぐにでもオーストリアに戻りたいという佐々山さん。私も学園なんてさっさと辞めて研究に戻りたかった。

 乙女ゲームの主人公? イケメンとキャッキャウフフ? そんなのお呼びじゃない。

 そんなことがしたいなら、そもそも子供時代に学問の道になんて進まずに、男にモテるよう女を磨いていただろう。

 利害が一致し、脱ぷり☆がく同盟がここに誕生した。


「まずは情報交換からね。私はゲームしか知らないの。アニメってゲームみたいに自分のペースで見れないから苦手で」


「クソゲーと名高いぷり☆がくをよくやったものだね……」


「やった、どころかやりつくしたわ。年間クソゲーグランプリ乙女ゲー部門の『ぷり☆がく選評』を書いたの、私だもの」


「おお……クソゲーハンター様でしたか……」


 そういうわけで、私はこの学園で得難い一人の同士と出会うことができたのだった。







 この世界の主人公は一体誰か!

 はい、私でした。

 佐々山さんと同盟を組んだ翌日以降。攻略対象――ヒーロー達はよく私と佐々山さんの前に現れた。

 そして、佐々山さんには目もくれず私に話しかける。そんな日が続き、こりゃあ私が怪しいんじゃないかと思ったある日、不思議なことが起こった。

 食堂で大騒ぎしてるヒーロー達に巻き込まれたと思ったら、何故か私とヒーローの二人は男子生徒達に担ぎ上げられ、屋上に運ばれるという大事件だ。

 佐々山さん曰く、ゲーム版の背景指定バグを現実に再現したもの、らしい。そんな状況でも平然としてるヒーロー及び男子生徒一同、マジ怖いんですけど……。


 他にも私とヒーロー達の会話の流れで、ゲームの会話に一致する部分が多いと佐々山さんは指摘する。


「主人公がひどい行動を起こして、男達がそれを無条件で受け入れたり賛美したりするって流れがないから、絶対とは言えないけれどね」


 主人公とは私のことである。ゲーム主人公の真似をするつもりは私には毛頭無い。

 彼女から語られる主人公の言動はあまりにも酷すぎた。さすが年間クソゲー準グランプリである。


 そしてもう一つわかったのは、前世の記憶を持っているのは今のところ私と佐々山の二人だけということだ。

 攻略対象達にそれとなく訪ねたり、来歴を調べたりして、転生者っぽい言動をしている人がいないか調べ、結果該当者はいないと私と佐々山さんは結論付けた。

 主人公とその親友、もしくはゲームとアニメの主人公というのが、この世界に生まれ変わる条件だったのだろうか。


「恋のライバルみたいな悪役お嬢様がいて、その人も転生者だったら面白いな。アニメにはそんなキャラいなかったけど」


 そんなことを佐々山さんに冗談めかして言う私。

 アニメとゲームは後半に進むほどシナリオが別物になるようだし、攻略対象以外の登場キャラがいてもおかしくない。まあ実際にはそんなキャラはいないことは、二人でゲームとアニメの違いを話し合って確認済みだが。


「ないわね。というか少女漫画の読み過ぎよ。恋のライバルだなんて乙女ゲームの文法じゃないわ」


「乙女ゲームの文法? なんだいそれ」


「一人の男を他の女と取り合うのが少女漫画。複数の男から一人を選んでいちゃいちゃするのが乙女ゲー。乱暴な分類だけれどね」


「そうなのかい。じゃあ、複数の男と満遍なくいちゃいちゃするのが乙女ゲームのアニメ版だね」


「ふふ、そうね。アニメだと誰か一人を選んで恋人になるわけにはいかないものね」


「美少女ゲームのアニメだと、誰か一人を選んでしまった作品もあるよ。後は、誰か一人と恋人になって数話ごとに展開をリセットしてまた別のキャラと恋人になるオムニバス形式があったね」


「へえ、早乙女さんってアニメ詳しいわよね」


「前世の趣味だったからね。今生では別の趣味ができたからめっきりご無沙汰だけど」


今生の趣味とはAIの研究のことだ。仕事と趣味が同じって素晴らしい。だからさっさとこの学園からおさらばしたい。



「一人を選ぶのが乙女ゲーか。この学園の舞台が乙女ゲーなら、誰も選ばずにゲームを終わればこの状況から抜け出せるのかな」


 この乙女ゲー世界にリセットボタンはない。自主退学をしようとしても、珍妙な理由をつけて却下されるのだ。

 資金は豊潤なので海外に出奔してみたこともあるが、学園SPなる謎の人物に取り押さえられて日本へ戻される始末。本当どうかしている。

 私はコンピュータとネット環境さえあれば自宅でも研究を進められるが、音楽家である佐々山さんはそうはいかない。何とかしてあげたいのだけれど……。


「残念ながら、ぷり☆がくにバッドエンドはないわ。共通ルートが終わったら必ず攻略対象の誰かのルートに分岐するの」


「oops……」


 新事実。誰とも仲良くならなかったよエンドが存在しない。


「ルートによるけど、そうね……最短で十二月がエンディングかしら」


 エンディングを迎えること以外、私達がこの状況から脱出する方法は未だ思いついていない。

 一年我慢しろ、は生まれ変わって人生のスタートダッシュをかけた私達二人には辛いものであった。


「そもそも私、恋人とかノーセンキューなんだけど……」


 そうぼやく私に、佐々山さんが言う。


「イケメンといちゃいちゃが嫌なの?」


「嫌だよ。知ってるだろう、この私が乙女ゲー主人公とかありえないって。もう佐々山さん主人公変わってくれまいか」


「嫌よ。カルテットを組めない人を彼氏にするつもりなんてないの」


 乙女のために用意されたはずの世界は、生まれ変わった現乙女二人に不評だった。


「主人公の座から逃げられないとしても、せめてアニメ版主人公だったら良かったんだけど……」







 日本から脱出できない夏休みも明けた新学期、攻略ヒーロー達からのアプローチが妙に激しくなった。

 今までは基本一対一だったヒーロー達とのやりとりがいつの間にか複数に増えており、うっとおしくて仕方なくなってきた矢先のこと。佐々山さんに唐突にこんなことを告げられた。


「これは……逆ハーレムルートね」


「なん……だと……」


「ぷり☆がくファンディスクで全エピソード閲覧後にいけるようになる最終エピソードね。あなた、実はタイムループで学園生活何度もやり直して、既にヒーロー全員攻略済み、だとか言わないわよね?」


「ないないないない」


 私が男を攻略? ありえるはずがない。佐々山さんだって知ってるはずだ。

 いや、待て。そもそもファンディスクとか初耳なんですが。


「ファンディスクというかすごい短い続編というか……。基本的に9月スタートだから考慮してなかったの。内容もIF的なものが多いし」


 確かに、ドラマCDやコミカライズ、ノベライズなども考慮に入れるとどうしようもなくなるので、アニメ版とゲーム版だけで対策を練っていた甘い部分はあった。


「ぷり☆がくってクソゲーだよね? ファン皆無だよね? なんでファンディスクなんて出てるんだ」


「アニメ人気にあやかって発売よ。ただし主人公はゲーム版の早乙女さんのまま」


「それって売れるの!?」


「当然売れなかったしクソゲーだったわ。アニメの評判を聞いてクソゲー地雷を踏んだゲーマーだけじゃなく、アニメ版から入ったボーイズラブ好きも混ざって阿鼻叫喚だったわね」


 想像したくない世界である。


「……逆ハーレムルートって本気なのかい? 君は前、乙女ゲームには逆ハーレムルートはまずないと言っていたじゃないか」


 そう、私はこの状況への「対策」を立てるため、乙女ゲームについて学んだのだ。

 前世の私は乙女ゲームというものをあまり知らなかったため、佐々山さんに聞くのがメインだったが。


 クソ乙女ゲーマイスター佐々山曰く、

・現在の乙女ゲームは、男性向け美少女ゲームを女性向けに改変した趣の強いジャンルである。

・乙女ゲームと少女漫画は異なる流行を持ち、キャラの配役やシナリオの流れ等も少女漫画とは大きく異なる。

・一般向け乙女ゲームには、逆ハーレムエンドや二股エンドはほぼ存在しない。ハーレムエンドが存在するのは成人向け美少女ゲームの一部ジャンルである。


 ちなみに「対策」とは、この学園監獄状態から脱出するためのものではなく、「いかに安全で取り返しの付くエンディングを迎えられるか」というものである。方針を決めたのは夏休み前のことである。


「ああ、そのことね……。乙女ゲームに興味を持ってくれたのかと思ったから、ごく平均的な乙女ゲームについて語っただけよ。ぷり☆がくは別。だってファンディスクだもの。ファンサービスとして逆ハーレムくらいあるわ」


「……逆ハーレムルートじゃなくて、みんなで仲良しルートの間違いじゃないかい?」


 そう、くっつきそうでくっつかない、友達以上恋人未満の関係で終わるラブコメ漫画のような展開なのでは?

 アニメ版のぷりがくがそうだった。三期までやっておきながら、ヒーロー全員と仲が良いだけで誰とも恋仲ではない、みんな仲良し展開だ。


「いいえ。ビッチな主人公が攻略対象全員と恋仲になる逆ハーレムルートよ」


「ジーザス!」


 なんてこったい。そりゃあ逆ハーレムは乙女の永遠の憧れの一つかもしれないよ。

 でも、現実でやったら「クソビッチと脳が腐った種馬集団」にしかならないじゃないか!

 もし男達が種馬ではなく、無条件で逆ハーレムを受け入れるような思考停止をしてなかったら、それはそれで最悪の修羅場の完成だ。


「あ、でもそもそも私ビッチじゃないし。男達を全員順番に振っていけば、逆ハーレムの前提が崩壊するんじゃないかい?」


「今更そんなことが通用すると思っているの? 早乙女さんがどう行動しようが、怒濤の勢いで全イベントが発生して、エンディングで逆ハーレム完成はほぼ確実よ」


 そうだった。大学を既に卒業済みの主人公だろうが、海外で音楽家として活躍していようが、無理矢理学園に入学させるような世界なのだ。


「……で、佐々山さん。対策は何かあるんですよね?」


「エンディングまで泣くんじゃない」


「どうしようもないね!?」


 この日以降、私は学園のどこに居ても美形の男達に囲まれる生活を余儀なくされた。

 そして、ヒーロー達の視線は日に日に熱が入っていく。私は何もしていないのに。……佐々山さん曰く、逆ハーレムルートに選択肢は存在しない、らしい。

 十月を過ぎると、彼らは私と恋仲であるかのように振る舞いはじめる。怖い。告白らしき言葉には全力でお断りの返事を返したのに。

 佐々山さん曰く「二人で乗り越えて仲を深めるイベント。ただしクソゲー流」も勝手に発生して私を置き去りにして解決していく。

 そしてとうとう、彼らの行動範囲は学園の外へと広がり、私生活を侵食してくる。佐々山さん曰く、ゲームが現実になっているんだからイベント外の行動だって起こすよわね当然、とのこと。


 ……もう嫌だ。

 せっかく生まれ変わってやり直した私の人生をめちゃくちゃにしないでくれ!

 私は乙女ゲームの展開なんかに興味はないんだ!

 生まれ変わってイケメンを捕まえたいなんて妄想、したことないんだ!


 そもそも私は――前世で男だったんだ!



転生したアドバンテージを活かして勝ち組を目指し、幼少時代を成長に使うのって男性向け作品って感じですよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] > そもそも私は――前世で男だったんだ! ここすき
[一言] 実に面白かったです。 でも何て言うか尻切れトンボ。 続きが気になる、連載化してほしい作品です。
[一言] AIの母、早乙女春名による人類修正計画の前日譚である(大嘘)
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