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夜に謳う少女の場合

注)子供の亡くなる描写あります。


一話完結で書いていますが、

シリーズとして時間をかけてかいていきます。

ゆっくりめなので次の更新、わかりません。


某SNS内、小説サークルにて投稿

テーマ『夜』


「私、この公園通るの嫌い」

 若い女性が、並んで歩いていた男性の腕を握りしめて囁いた。

「夜になると子供の歌声が聞こえてくるのよ。誰もいないのに。

「ふぅん」

「本当よ。残業で遅くなった時に聞いたことがあるの。近所の人も聞いたって噂してたわ」



 まだ陽の高いというのに遊ぶ子供も散歩する老人も居ない住宅街の小さな公園。若いカップルはひそひそと話しながら足早に過ぎ去ってゆく。

 猫はそれを目で追いながら、ブランコの下にしゃがみこんでいる少女に話しかけた。

「あれ、オマエのことだろ? ずっと歌ってるもんなぁ オマエ」

 少女は猫に目もくれず、返事もせずに口ずさみ続ける。


 ら♪らら♪らーらら♪らららららららら……


「何て歌なんだ? それ」

 やはり返事はない。猫はふっと青空を仰いで、

「ま、いっか」と軽く笑った。

 空が高い。季節は秋だ。渡る風が少し湿った雨の匂いを運んでは過ぎる。


 ら♪らら♪らーらら♪らららららららら……

「オマエ、いつから歌ってるんだ? それ」




 それはまだ、そぼろ降る雨の止まぬ頃。

 誰かの願いが聞こえたようで、猫がこの公園に下り立った時、そこには誰も居なかった。

 間違えたかな? それとも自分の勘違いだったか? 猫は頭をぽりぽりと掻いて痩せた灰色の尻尾をくるりと回し、『ちぇっ』とひとつ吐き捨ててその時は場を過ぎ去ったのだけど。

 やはり気になって、四十九の夜と昼を過ぎて季節が移る頃にまた戻ってきたら、そこには少女がぽつりと佇んでいた。

「行くところがないのか?」

 問えば歌う。

「行くところがわからないのか?」

 問うても歌う。

 少女は猫の言葉を聞いているのか、いないのか。ただ小さな声でメロディーを口ずさみ続ける。

「まぁ、オマエみたいなヤツは別に珍しくもないけどな」

 公園で遊ぶ子らを見ながら猫がブランコを背にぶつぶつと呟いていると、子供の乗ったブランコか大きく揺れて猫の体を擦り抜けて高く舞い上がり、また戻ってきた。

 ブランコで遊んでいた子供が飛び降りて、少女の体を通り抜けてゆく。

 少女は子供らが家に帰り、夕暮れが訪れても公園にそのままとどまり佇んだまま、口ずさむことを止めない」

「疲れないのか?」

 聞いてみたが、バカな事を聞いたと猫は頭を書いて「ま、いいや」と独りごちた。

 いつからだか覚えていないが、自分にも『疲れた』と感じる事がすっかりなくなっていた事を思い出す。

 そして二人並んで過ぎ行く季節を眺めながら過ごすうちに、子供も大人もいつの間にかこの公園に寄ってこなくなった事に気が付いた。

 その矢先での、通りすがりのカップルが残していったあの噂である。

「あーあ、怖がっちまって誰もここに来なくなったんだなぁ。まぁオマエが気にすることでもないさ」

 ちらり見下ろすと、少女はやはり変わらずメロディーを口ずさむだけ。

「あぁ、気にしてなんかいないんだな。そりゃいいことだ。

 気に病むことがあんまり多いと、良くない所に引っ張ってって餌にしちまう輩が居るからな」

 人が来なくなってどれほどの昼と夜が過ぎたろう。

 その女性が一日に二回、現れるようになったのは夏も終わろうかという頃だった。

 陽の落ちようかという頃に彼女は現れ、ぼんやりとブランコに座る。そしてしばらくぶらぶらと漕いでいたかと思うと、小さなチョコレートをひとつ取り出して足元に置き、ブランコを降りた。

 去ってゆく女性の背中を猫が見送っていると、ふいに歌が止んだ。

 この場所に来て、初めてのことだ。

 ふと振り返ると、土の上に置かれたチョコレートを少女が手にしている。

「おい、オマエ、それ」

 猫が何かを言おうとしたが少女の耳には入らない。

 小さなたった一欠けらのチョコレートを舐めるように、溶かすように少しずつ食んでゆく。猫はその様子を目を細めて見ていた。

「なるほど、なぁ」

 ひととき途切れたメロディーは、チョコレートが消えると同時にまた流れ始めた。



 夜明けというにはまだ少しばかり早い時間。チョコレートの女性は再び現れた。

 ブランコの下を少しばかり眺めて、口端だけで笑んでブランコに乗る。

 しばらく揺れながら、けれど瞳は何も見ていない風で。

 女性が立ち去る背中を見送りながら猫は

「今度は菓子を置いていかないんだな」

 と言ったが、少女からの返事は当然無い。ただメロディーだけがその幼い唇から流れてくる。

「なるほど、なぁ」



 その日を皮切りに女性は毎日公園を訪れるようになった。

 同じ夕刻。同じ夜明け前。

 夕刻には必ずチョコレートを置いてゆく。

 夜明け前にはそれが無くなっているのを見て口端だけで笑んでゆく。

「まるで追いかけっこだな」

 猫が何気なく口にした言葉で、少女の口ずさみが突然止んだ。

「アレを食っている時の他で歌が止まったのは初めてだな」

 そこで猫はくすくすと笑った。

「オマエ達はまったく、追いかけっこだな」

 置かれるチョコレート。

 消えるチョコレート。

 そして人っ子ひとり居ないのに、昼夜をとわず誰かが口ずさむメロディー。

「でもな、追いかけっこってのは、入れ替わるもんだ。

 追うヤツは捕まえて、捕まったヤツは追う方になって。

 でもオマエとあの女は、どっちが追う方でどっちが逃げる方だかもわかんねぇ。

 なぁ、追いかけるのと逃げるのと、役目がちゃんと決まってないと、追っかけっこはいつまでたっても終わらないんじゃないか?」

 少女の瞳がこの時、初めて猫を見上げた。

 猫は少女の目の前で灰色の尻尾をくるくると回す。

 その尻尾に手を伸ばしながら戸惑う少女に

「子供がそんな風に謳うもんじゃないぞ。

 ひとりきりで謳うもんじゃないぞ。みんなで……」

 繰り返し、追いかけるように、追いかけっこのように、楽しく輪を作るように。

 くるくると回る尻尾は、小さな小さな円を描き、通り過ぎた夏の匂いがむんと溢れる深い森と皮のせせらぎを見せた。


 一度だけブランコの下を見つめて少女は、猫が作った円の中にその身を投じた。




 夜明け前。いつも通りに女性が来ると、夕方置いていったチョコレートがそのままに残っている。

 彼女はそれを見て頬を濡らしたが、その滴が溢れる場所はしっとりと笑んでいた。

 もうここにあの子は居ない。

 残されたチョコレートがその証のように見えた。

 公園の噂の歌が、楽しかった場所に固執して留まって、行くべき場所に行けないまま残されているように思えて。

 居るのなら、せめて甘いお菓子を食べさせたくて。

 けれどもう公園に歌は流れない


「花音ちゃん……」

 呟いた彼女の小さな声に、誰も乗っていないブランコが答えるように一度だけ揺れた。




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