素直になれない
この物語はフィクションです。
実際にある話ではありません。
いつも、いつも朝帰りで
毎日一緒なんていつまでだっけ?
もっと私ともいてほしいなんて
思い始めたのはいつからだっけ?
軽い力で私を壁に押し付けて
『俺ら血繋がってないんだからいいじゃん?』
って意地悪く言うお兄ちゃんなんて
大、大、大っきらい!
朝起きて一階へ下りる。
「あ・・やっぱ今日も帰ってない・・」
脱ぎ散らかされたお兄ちゃんの部屋着を集め洗濯機へ放り込む。
机を見ると置き手紙があった。
「今日帰れそうだから、飯よろしく。勇真」
手でちぎったような紙切れに殴り書きで書かれている。
昨日も寝る前にこの紙を見た。
「帰ってきてないじゃん・・」
せっかくご飯用意して待ってたのに。
バカ。
私の両親は4歳の時に離婚し私は母親に引き取られた。
母親の再婚相手の義父の連れがその時はまだ5歳のお兄ちゃんだった。
なんとなく冷めていた私と雰囲気が似ていたお兄ちゃんは、年も近かったからか
すぐに打ち解け、よく遊んでいた。
再婚した親は私が高校1年生になったのと同時に海外へ行った。
だから今は私とお兄ちゃんの2人暮らし。
仕送りはちゃんとあるからどうにかやってけるけどね・・・
「・・お腹すいた・・」
トースターに食パンを入れコーヒーでも飲もうかと用意していたら玄関の鍵が回る音がした。
その音を聞いて私は玄関まで出迎えに行く。
「ただいまぁ・・」
久しぶりに聞いた感じのするお兄ちゃんの声。
「おかえり。」
2日ぶりに見るお兄ちゃんは制服のネクタイが少し曲がっていた。
「・・飯は?」
何も無かったかのように普段どうり話しかけてくるお兄ちゃん。
「知らないよ。」
私の冷たい返答に、少し苛立った声で
「用意しとけって言ったのに。」
「お兄ちゃん、帰ってこなかったじゃん。」
少しムッとした声で言うと
「・・あ、やっぱ用意してくれてた感じ?」
と、得意の意地悪な笑顔で言い捨てる。
「もう、学校行くから。」
チンといって出来上がったいい匂いのトーストを食べずに知らない匂いのお兄ちゃんから離れたくて私は玄関へ早歩きをした。
「つーか、このコーヒーとトースト俺のため?」
ダイニングから少し大きめの声で私に聞こえるように問いかけるお兄ちゃん。
そんなお兄ちゃんに私は聞こえないフリをして家を出た。
外へでると春の優しい香りが鼻をくすぐった。
桜の並木道を通りすぎ、正門の前まで行くと誰かがこっちに向かって手を振っている。
「優那!」
勝手に私の親友を名乗っているこの子。
田所萌加。《たどころもえか》
萌加は朝っぱらから私にまとわりつく。
「おはよ。てか、暑苦しい。」
いちいち距離の近い萌加は少しうっとうしい。
「ねぇ、優那。あれってお兄さんだよね?」
そういう萌加の目線をたどると、何食わぬ顔で友達と登校するお兄ちゃんの姿。
「・・そうだけど。」
「超、カッコイイよね!」
次々と萌加の口から放たれるお兄ちゃんを含む5人組を褒め称える言葉。
「どこが。」
そう言って、後ろ5人に見惚れる萌加を放って私は自分の教室へ向かった。
というか、
萌加は知らないのかな
あの5人が
一番好きなゲームの内容。
授業なんて耳に入らず、隣の席の男子がメガネをこまめにふいているのを観察なんかしたりして。
昼休みになると必ずといっていいほど私は一人屋上へと向かった。
重々しい音を立てて開く扉は開けた瞬間きれいな桜吹雪を私に見せてくれた。
「よぉ、遅かったじゃん。」
左手を上げて、私を待ってたかのように5人は一人分のスペースを開けて円になって座っている。
「しょうがないでしょ。萌香の誘い断るの大変なんだから。」
もうイライラする。
「弁当。」
飾らない一言で、私の手にある黄色の包みのお弁当を奪い取る。
「お礼くらい言ってよね。」
少し文句を言いながら私はピンクの包みのお弁当を開ける。
「つーか、勇真もめんどくさい兄貴だな。」
優等生のフリをした石井宇京が言う。
「優那もさ、こんな兄ちゃんの弁当なんか日の丸でいいじゃん。」
好青年のフリをした西島慶吾が言う。
「別にいいじゃん?兄妹なんだしさ。」
優しいフリをした長島陸が言う。
「つーか、もう食べようぜ。腹減った。」
王子様のフリをした前田俊が言う。
この人達みんな表向きだけいい顔してる。
「あぁー、うまかった。はいどーぞ。」
そう言って、空になった弁当を手渡す。
6人揃って屋上から出ようとしたらもう既に出待ちの女子生徒でいっぱいだった。
『先輩』と言って近づいてくる私の同級生の女の子達。
彼らの後輩以外に先輩もいたりする。
「ちょ・・、走ろっか。」
優等生のフリした人がそう言ったのと同時に人だかりを抜け出した。
「ねぇ、優那聞いてよ。」
何気なく私とお兄ちゃんが並んで歩いているときに甘えた声で言うお兄ちゃん。
「・・何。」
少し興味なさげに聞くと。
「俺、昨日は未遂だったんだよ。」
「・・・・・・・。」
そうね。
分かった。
こんなこと言う日のお兄ちゃんは
絶対
絶対の
絶対に
私に意地悪ばかりの日。
彼らのゲームに私はヒントを与える住民。
そんな役割を無難にこなすのは私ぐらいだろう。
だって、彼らのゲームはそんなに簡単なことじゃない。
独りの女を狙って誰が食うか。
そんな馬鹿なゲーム。
お兄ちゃんはゲーム好きだけど、まさか・・・
まさか、こんなゲームにハマると思わなかった。
ましてや、妹の私まで巻き込んで。
私が彼らの的になることはない。
だって、住民だもの。
「つーか、一緒に帰んのいつぶり?」
不意に自転車を運転するお兄ちゃんが問う。
荷台で肌寒い風を感じながらお兄ちゃんの背中に持たれる。
「ん・・。2週間ぶりぐらいかな?」
そう言うと、お兄ちゃんは聞こえてるのか聞こえてないのか曖昧に『・・ん。』と言った。
「お前、俺のこと嫌いなの?」
ふと、意味深な質問が背後から聞こえた。
「・・・・・・・・んー・・・」
少し迷った。
「そこは、嫌いじゃないって言えや。」
少しムスっとした感じの表情が思い浮かぶお兄ちゃんの声。
「じゃ・・嫌いじゃない。」
少しふざけたら
「まえッ・・後で覚えとけよ。」
機嫌が悪そうなお兄ちゃんがそう言って自転車をグラッと蛇行させた。
ガシャンという、自転車を停める音とお兄ちゃんの足音が私の後ろから聞こえ私はそれを背に、家の鍵を開ける。
入った途端漂う知らない誰かのフレグランスの香り。
「・・・お兄ちゃん・・・」
嫌味っぽくそう言うと
「ごめん、ごめん。」
と苦笑した。
「つーか・・」
そう言った途端、不意にグッと体が後ろに下がり、私の背中に壁のヒンヤリとした感触が伝う。
上の方にはお兄ちゃんの綺麗な顔。
「・・・・・何。」
もう、どうでもいいというような態度で、私は問う。
「あのさぁ・・ちょっと、調子乗ってね?」
喋り方がグンッと変わるこの人。
「別に・・久しぶりに会ったからそんな気がするんじゃないの?」
と、嘘。
本当は、私だって寂しかっただけ。
「お前、小さいね。」
口角がクイッと上がるお兄ちゃん。
「お兄ちゃんが背伸びたんだよ。」
そう言うと、頭の上から『ふーん』という声が聞こえた。
「俺さ・・・やっぱお前食いてぇ・・」
そう言った途端、急に顔の距離が近づいて少し足が崩れそうになった。
「・・どうせ、本当は俺がいなくて寂しかったんだろ?」
かなり意地悪く言うお兄ちゃん。
「べ・・別に、寂しくなんかないけ・・「言えよ。」
「・・寂しいって言えよ。」
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