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サバサバしたアラサー女子が、元後輩にだけ悶える理由  作者: 寝不足魔王


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第4話:私への声

 株式会社朝日フーズに入社して二ヶ月。私のデスク周りは、無駄な付箋一枚すら貼られていない完璧な機能美を保っていた。

「高橋さん、来期の大口プロジェクト、事務方のメインを任せたいんだけど。あなたの今の進捗なら、余裕を持って回せるわよね?」

 佐々木リーダーが、信頼の証である分厚いバインダーを差し出す。

「はい。システム上のワークフローは把握しています。リソースの配分さえ間違えなければ、定時内に収まるはずです。お引き受けします」

 私は迷いのない口調で即答した。

 前職のような「誰かが倒れるまで走り続ける」泥臭いやり方ではない。ここでは、適切な人員が適切なツールを使い、組織として勝利を掴む。その歯車として、私はかつてないほどの充実感を覚えていた。


「さすがね。高橋さんがいてくれると、事務チーム全体の士気が上がるわ。本当に、うちに来てくれてよかった」

 周囲からも「高橋さん」と呼ばれることが、今ではすっかり当たり前の日常になった。

 効率化された業務。ロジカルな思考。そして、残業のない平穏。

 私は、自分が手に入れたこの「正解」を、一分の隙もなく愛していた。


 金曜日の夜。歓迎会を兼ねた二度目の飲み会は、一次会から大いに盛り上がった。

「高橋さん、今日は本当に飲んでね! 仕事の話は抜きで楽しみましょう」

「そうですね。ほどほどに付き合わせていただきます」

 私はいつものスタンスを崩さず、けれどチームの輪を乱さない程度にグラスを重ねた。

 一次会が終わり、佐々木リーダーが少し上気した顔で提案する。

「ねえ、せっかくだから、あっちの路地裏にあるバーにもう一軒だけ行かない? 静かでおすすめなの」

 普段の私なら、ここで「明日の予定がありますので」と割り切って帰るところだ。

 だが、今のチームには、断るのが惜しいほどの心地よさがあった。

「一杯だけなら、お供します。帰り道も駅に近いようですし」

 私は自分の合理性に照らし合わせ、その誘いに乗ることにした。


 移動した先は、緑豊商事の拠点があるエリアからもそう遠くない、少し落ち着いた大人の街だった。

 街灯に照らされた石畳を歩きながら、私は不意に、自分のスマホが静かすぎることに気づいた。

 ……そういえば、佐藤からの連絡が途絶えている。

 あんなに頻繁に、深夜だろうが休日だろうがマニュアルの質問を寄越していた彼から、ここ三日間、一通の通知も届いていない。

「やっと、自分一人でやる覚悟ができたのかしら。……まあ、いい傾向ね」

 私は自分にそう言い聞かせ、胸の奥に芽生えた小さなざわつきを「アルコールのせい」と断定して、無理やり押し殺した。

 もう関係ない。彼は元同僚で、私は別の会社の人間だ。彼がどうなろうと、私の人生には一ミリの影響もない。


 二次会のバーで、琥珀色のカクテルを口にする。

 佐々木リーダーや同僚たちと、他愛もない美容の話や最近観た映画の話で笑い合う。

 そこにあるのは、清々しいほどに「仕事」を感じさせない、健やかな時間だった。

 

 二十二時半。

「じゃあ、今日はこの辺で。月曜日、また元気に会いましょう!」

 リーダーの合図で解散となり、私は同僚たちと別れて一人、駅の改札へと向かった。

 少し酔い覚ましに、一駅分だけ歩こうと思い立つ。夜風が火照った頬に心地よく、街の喧騒もどこか遠くの出来事のように感じられた。


 繁華街から少し外れた、雑居ビルが立ち並ぶ路地を通りかかる。

 そこは、緑豊商事の営業マンたちが、仕事帰りに立ち寄るような店が点在するエリアだった。

 ふと、コンビニの角を曲がったところで、一人の男と肩がぶつかりそうになった。


「あ、すみませ……」

 相手が軽く会釈をして、通り過ぎようとした瞬間。

 その足が、ピタリと止まった。

 街灯の下、相手の顔がはっきりと露わになる。


「……遥さん?」


 その響きに、私の思考が一瞬でフリーズした。

 数ヶ月ぶり。画面越しではない、鼓膜を直接揺らすその声。

 驚きに目を見開く私に対し、男は信じられないものを見たというような顔で立ち尽くしている。


「佐藤……?」

「やっぱり、遥さんだ……。お久しぶりです」


 佐藤悠真が、そこにいた。

 かつての職場のように、少しだけ頼りなげに、けれど再会を喜ぶように目を細めて。

 

 今の職場の誰も呼ばない、私の名前。

 「高橋さん」という鎧を着て過ごしてきた二ヶ月間が、その一言で音を立てて剥がれ落ちていく。

 

 ……は? 何今の。

 心臓が、自分でも引くくらいうるさく跳ねた。

 

 快適な新生活。完璧なキャリアアップ。

 それを一瞬で「ただの私」に引き戻す、魔法のような、あるいは呪いのような再会。

 

 私は、動揺を悟られぬよう、精一杯サバサバとした表情を保ちながら、彼に向き直った。


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