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まやかしつがい  作者: HAL


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後編




 ミシェルの絶望は一人の貴族令嬢との出会いから始まった。




 その貴族の少女の名はララルーシュ・ベルン。

 金色の少し緩いウエーブのかかった長い髪に豪華な睫毛。緑の瞳で目もくりっと大きく、日焼け跡のない白い肌と苺のような赤い唇に小さな口。紛うことなき美少女である彼女の意中の相手が、ミシェルの『運命の番』なのだと説明された。


 ミシェルは奴隷で、幼い頃から隠されて育ったので何の知識も無かったし、興味も無い。ただ、あそこにいたミシェル以外の少女達は用済み(・・・)となり処分されたから、お嬢様(ララルーシュ)の為に使われるミシェルは幸運なのだと何度も言われた。

 売買目的で囲われていた訳では無い少女達の行く末など、分かりきっている。処分、という言葉通り殺されているのだろう。下手に外へ出す事で漏れる情報を警戒しての事だ。


 沢山の命が犠牲となる。

 お嬢様、たった一人のために。


 そうしてミシェルはララルーシュのいる本邸へと移された。

 お嬢様の部屋の隠し扉の向こうにある窓のない部屋。そこがミシェルのすみか(・・・)で、お嬢様が不在の時に彼女の服やベッドにフェロモン(匂い)をつけたり、刺繍をしたり。基本的には以前と変わらない生活だったが、最初は優しかったお嬢様が靡かない相手にイライラとし、当たり散らすようになると状況は一変する。



「何故なの…!このフェロモンには反応しているはずなのに……!まだ薄いというの!?」



 暴力による涙の採取が始まった。

 唾液であれば楽に採取出来るのだが、貴族であるお嬢様は唾液を『汚らしい』と拒否した為、ミシェルはメイド達に鞭打たれる事になった。メイド達は仕事なので仕方なしにミシェルを打ち、涙を採取したが、お嬢様のいない時には傷薬を塗り痛み止めをくれたし、男性に鞭打たれるよりは遥かにマシなのだとも慰められた。

 ミシェルは痩せてはいるが美しかったので、万が一にも男がミシェルに邪な思いを抱いてここから逃がしたり、勝手に番契約を結んだりされては困るので、ミシェルに関わるのは全て女性だった。

 しかし、貞操の危機が無かったとして、それがミシェルの為なのかというとそうではない。いっそ他の人間のモノになった方が生死はともかく、この地獄から抜け出せるのだから。

 あまりにも進展しない相手との仲に痺れを切らした彼女の親から叱責されたのか、次第にミシェルへの当たりが強くなっていく。その頃にはもう、お嬢様はまともな頭では無かったのかも知れない。

 そうして、決定的とも言える日が来た。



「そうだわ。私とお前の身体を入れ替えれば、あの人は私が『運命』だと気付くのではないかしら」



 まるで夢見る少女のように、残酷な発想が告げられる。何の疑問ももたらされずミシェルの身体の一部は刻まれた。


 最初は小指。

 勿論、あくまでも入れ替わるのはお嬢様のみ。ミシェルは利き腕ではない方の小指を失った。魔法の力でお嬢様は痛みなく、ミシェルの指を自分に植え付ける。ミシェルは失った指の幻肢痛で3日ほど寝込んだが、その間に状況が一転していた。最悪の方向へ。


 意中の相手は今までの対応が嘘のように、お嬢様にはっきりと恋愛感情を向けてきた為、ミシェルの身体はどんどん削がれていき、つい先日には左目の角膜も奪われ、目が見えなくなった。


 お嬢様は相手と婚約を結び、近く、結婚式が行われる。

 正式に番契約を交わせばミシェルは用済みだ。生きていられないだろう。


 自分は一体何の為に生まれたのか。


 搾取され続け、最後は用済みで殺される。

 ミシェルがここに来る前に一緒だった子たちはあの時処分されたと聞いたが、自分はただ無駄に生きながらえただけではないか。苦しみが長く続いたに過ぎない。

 

 何が『運命の番』だ。


 そんな存在の為に、自分達が何故苦しまねばならなかったのか。


 ミシェルは思った。

 もし、来世があるならば絶対に『運命の番』に惑わされる事のない人生を送るのだ、と。



 ―――そうして結婚式が数日に迫った頃。

 物音に目覚めたミシェルは、屋敷の中の騒がしさに気付き、起き上がる。ミシェルのいる隠し部屋にまで人の怒号や悲鳴がうっすらと聞こえ、確かめる為にそこから出ると、お嬢様の制止するヒステリックな怒鳴りと共に部屋に鎧を纏った兵士達がなだれ込んできた。



「メイドか?」



 ミシェルは万が一見られても怪しまれぬよう、メイド風に装いを整えられている。

兵士もただの使用人の女と思ったのか、ミシェルを放置し、隠し部屋への入り口を見つけると「発見しました!」と叫ぶ。

 バタバタと激しい足音をさせ近付いてくる気配に、ミシェルは心の底から歓喜した。


 今まで感じた事のない高揚感。

 この世に神がいるとするなら、まさしく神によってもたらされたかのような福音。


 間違いない、番だ。

 ミシェルの『運命の番』がいる。


 こんな人生にした元凶である相手がすぐそこまで来ている事に、忘れていた喜びの感情が湧き上がり、頬が緩む。



(なるほど。これが『運命』か)



 ミシェルはふわりと笑う。

 その人間離れした美しさは、そこにいた兵士達の動揺を誘った。その一瞬で、ミシェルは果物籠からナイフを取り出し、息を切らして飛び込んで来た男性の元へと駆ける。


 ミシェルには自殺予防がされていた。

 自死の出来ない魔法契約を施されていた彼女は、どんなに辛くても現状を受け入れるしか無く、どんなに願ってもこの屋敷()の中から抜け出せない。

 それがどれ程の絶望であったか。


 しかし、ようやくもたらされる死を前に、最期に少しだけ嫌がらせをしようとミシェルは思った。だって、この人間のせいで自分はこう(・・)なったのだから。

 兵士の間をすり抜け、ミシェルはナイフを男に向ける。咄嗟に防御しようと向けた手に、柄を握らせ、刃先を自身の胸へと当て体当たりするように飛び込んだ。


 ズブ、と肉にめり込んでいく感覚。

 男を守ろうとした兵士達が、刃物を向けたミシェルの背を剣で突く。

 待て、と男性の切羽詰まったような制止の声を聞いたような気がしたが、その時には胸と背中に感じる痛みと熱で意識が混濁していてよく分からなかった。



「あ…あああぁぁああっっっ―――!!」



 男に抱きとめられ、ミシェルは顔を上げる。最後の力を振り絞り、微笑んだ。口の端からこぽ、と錆臭い血が溢れる。



「殺……て……れて、……り、が……と」



 上手く笑えただろうか。

 感謝の言葉と笑顔。

 やがてミシェルの視界が暗く狭まり、閉ざされていく。



「―――!――!!―――」



(ごめんなさい、もう、よく聞こえないの……)



 ―――それがミシェルの前の人生の最後の記憶だった。

 








 ゆっくりと意識が浮上する。


 朝日が眩しい。

 カーテンの隙間から漏れる陽射しに、随分と長く眠ってしまった事に気付く。


 前の生の時の長い夢を見た。

 『運命の番』の話に沢山触れたからだろうか。

 その後死んだ自分にはわからないが、今世は貴族の家に生まれたのであんな風に痛めつけられることもなかったし、そもそも奴隷制度は禁止されている。


 第二、第三のミシェルはもういない。


 あの人は幸せになれただろうか。

 まやかしの番に騙され、ずっと違う相手に愛を囁いていただろうかつての運命。

 滑稽だと、ひと言で言ってしまうのは流石に残酷すぎるけれど、お嬢様に縫わされたハンカチを思い出して調べた貴族名鑑で、その名の横に伴侶と子が綴られてるのを見て直ぐに本を閉じた。お門違いにも、裏切られたと感じた自分に苦笑する。


 あの時、笑って感謝を、運命から解放してくれた礼を伝えられて良かった。

 だから自分も今世では運命の番ではない誰かと幸せになろうと、それであいこ(・・・)にしようと、前向きに思えたから。



「……幸せに……なりたい、な」

「うん」

「!!起きて、た…んです、か?」

 


 流石に後ろから抱っこ状態のままでは無く、長椅子に横になっていたが手はしっかりと握られていた様だ。温かいとは思っていたが、全く気付かなかった事にミシェルは恐縮する。やはりブンブン振り回しても離れない手に早々に諦めた。


 座っているらしいカイトは、寝転がったままのミシェルを上から覗き込むようにしてくる。



「えーと…、その…おはようござい、ます」

「おはよう」



 目を赤くしてまぶたを腫らした彼と視線が重なる。美形が台無しだ。だが、落ち着きを取り戻したのか、昨日のような切迫感は無い。



「昨夜は本当にごめん。けど、決してその場限りの気持ちじゃないから。匂い云々じゃなく、学園での君の噂を聞いて気になっていて……急にこんな風に言われても信じられないと思うけど」



 とある噂で有名な侯爵家嫡男。


 今世の運命の相手が死んでもなければ他に番を作ってもいない事を感覚でわかっていたミシェルは、とにかく薬でフェロモンを抑え、相手に探されないようにして学園でも人との関わりを極力少なくした。

 ある時学園で自分と同じように抑制剤を使用し、全く匂いをださない・受け付けない男子生徒の噂を聞く。


 学年も異なり、ミシェルが噂話に明るくない事もあって詳細は不明だが、彼は過去にフェロモンアタックを何度も受けたせいで人間不信に陥り、特に女性に対しての警戒心が強く、高位の貴族だというのにいまだ婚約者がいなかった。

 そのせいで更に女性達に狙われているが、政略結婚しかしない、子供を作ったら別居か離縁すると最初から宣言しており、高位の貴族子女からは結婚相手として避けられている。それでもその見目と立場に、一部の邪な者たちは諦めていなかったようだが。


 互いに信条が近いものの、ミシェルの理想は愛のある夫婦。最初から不仲予定の彼に話を持ち掛ける予定はなかった。

 それがまさか運命を探している方のファルダン侯爵家嫡男と同一人物だったなんて。

 ミシェルの無関心具合がわかる一幕だった。



「……てっきり女性に裏切られてこっ酷く振られた人なんだと思ってました」



 歯に衣着せぬ物言いにカイトは苦笑する。



「うーん、ある意味そうかもなぁ…。理想像を粉微塵に吹き飛ばされて、裏切られた気分でいたからね……まぁ勝手に偶像を作っていた僕が悪いんだけど」

「―――恋する女は怖いですからね。ファルダン様はロマンチスト過ぎるんです」



 お嬢様がそうだった。

 最初はミシェルにも優しかったのに、段々と壊れていってしまった彼女。元々だったのか、恋が彼女を変えたのかミシェルには分からないまま。



「うん。だから、噂の『鉄壁令嬢』の君に興味を持ったんだ」

「え"っ……」

「そんな苦虫噛んだみたいな顔しなくても…」

 


 ちょっとショックを受けたような顔のカイトに、ミシェルはどうしたものかとあたふたし、フォローを求めて部屋の誰かを探す。


 

「坊ちゃまの仰られてる事は本当ですよ。『ミス・バルダンについて調べて欲しい』と、ご両親に内密で私めに懇願されまして、今回の夜会も貴女様にお会いする為に―――」

「あ、こら!余計な事を!!」



 いつの間にか不寝番と交代した執事らしき人物が温かいタオルを持って立っていた。

 遠慮なくタオルを受け取り顔を拭いてさっぱりさせる。淑女は今日はお休みだ。そもそも今さらである。



「バルダン嬢……いや、ミシェル」



 執事にタオルを返せば、横に座っていたカイトに手を取られ、両手で握り込まれる。



「運命じゃない、僕自身の心で君を愛したい。二人で信頼関係を築いていきたい。僕と共にずっと、死んだ後もずっと、心を重ねてくれませんか?」



 死んだ後も、とは多少執着が怖い気がするが、一途であるのは間違いない。節操なしより100倍良い。

 昨夜は文字通り獣のように荒ぶっていたカイトも、一夜明けるとまるで別人のように穏やかな好青年だ。多少ロマンチストの気があるが。



「喜んでお受けします、ファルダン様。……ですが、万が一も無いよう番契約を終えるまではお互いに抑制剤を使う事が条件です」

「勿論だよ!君の感情の変化の匂いを感じ取れないのはとても残念だけれど、婚姻まで君のご機嫌取りを頑張るよ」

「婚姻まで、ですか?」

「いやっ!婚姻後も勿論!君に飽きられないようにする!」

「……ふっ、ふふ…必死すぎ…!」

「ん"ん"っ…そりゃあ、初めて…だし」

「……そうですね、私も初めてです!」



(初めてが貴方で良かった)



 互いに笑って、こんな風に始まる夫婦も良いのではないか。そう言って二人はこの日婚約した。決めたら思い切りの良いところはよく似た二人である。


 二人の関係はすぐに知れ渡り、学園生徒達に激震が走った。何しろ、『氷壁令息』と『鉄壁令嬢』という二つ名を互いに持つカップルである。様々な憶測や噂話が世間を賑わせたが、そんな雑音を気にする事なく、周囲の期待を裏切るように、二人はずっと睦まじく過ごし、生涯を終えた。









 ―――表向きには。






 それは結婚式の日の夜の事。

 所謂『初夜』というものを迎えた二人が番契約を果たす時。

 ようやくミシェルは過去から解放され、未来へと向かう、この希望に満ち溢れた心。本来であれば項を咬まれた瞬間、運命との絆が切れて解放感に包まれるはずだった。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「……っ、駄目だ!頼む…っ!死なないでくれ!逝かないで…っっ!なぜ、何で…!!」



 青い、綺麗な瞳から溢れ落ちる涙が頬を濡らす。片目でしか見えないが、とても綺麗な男性だった。お嬢様が夢中になるのも分かる。


 でも。

 自分はこの人と結ばれる事は無い。

 恐らく普通に生きていたら会えなかっただろう相手。なので、結ばれないのもまた、運命だとそう思っている。



(あぁ…ようやく終わる……やっとこの人生から解放される)



「 ………君が、僕の『運命』だ」



 男の牙が項に触れる。

 痛覚はもう麻痺していたので分からなかったが全身が、喜びで魂が震えた。



(あなたが、私の『運命』―――)




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




「は?」


「え?」




 ミシェルの項にカイトの歯がめり込んだ、その瞬間。

 ―――全身を多幸感が包み、目の前の男が世界で一番愛しく、大切な存在にかわる。


 過去の記憶が白く、閃光のように弾ける。

 愛しい人が重なる。

 この人は、誰。


 いや。

 これは普通の番契約ではない。

 これは、まさか―――



「えええぇええっとあの、……旦那様、もしかして、もしかしますよ?違うかも知れません、違ったら笑い飛ばして下さいね?えーと、………貴方、私の運命の番とか…言わないです…よね?あは、は」



 半分あたりでカイトが叫んでいた。



「いや!いやいやいやこれ!絶対運命の番だろこんなん!なんでだよ!薬使ってるから全くわからなかったんだが!!」

「あ、やっぱり」



 頭を抱えるカイト。

 さっきまでの甘いムードは山の向こうに飛んでいった。初夜だと言うのに、さっきまで熱を交わしていたのに。

 取り敢えずもそもそと夜着を着直す二人。気まずさに言葉が出ない。

 

 ミシェルだって想像もしていなかった。

 よりにもよって一番避けていた運命の番と結婚し、番契約までしてしまった。


 もう後戻りもできない。

 何で今。よりによって今。

 いや、今なのは自分達が確認しなかったせいなので自業自得である。



「……俺は前の人生で運命の番を不幸にしてしまったから、今世では運命の番を俺から解放して幸せになってもらおうと思って……なのに」

「あら、旦那様もですか。私は運命の番に裏切られたというか、可哀想な事をしてしまったので、次は振り回されないよう運命ではない人と番おうと思ったのですが…うまくいかないものですね」

「全くだな…」

「本当に…」

「………」

「………」

「いやいやいや!待て!ちょっと待ってくれ!そんな偶然あるわけないだろ!君、ひょっとするけど…前世は…」

「運命の相手と兵士にバッサリ、です」

「あ―――っっ!!やっぱりぃ!」



 そう言うとカイトは打ちひしがれて枕に突っ伏した。

 問えば、度重なるフェロモンアタックを受け体調を崩し寝込んだ時、夢を見る形で思い出したそうだ。

 前世でミシェルが死んだ後、いや、死ぬ直前に彼はミシェルの項を噛み、番契約を交わした。消えかかる命であったが、どうにか間に合い、多幸感に包まれながら、彼女は安らかに命を落とした。勿論、死にかけの彼女にそんな記憶はない。そうして一応契約が成されたのと、彼女の素性が判明した事もあり、婚姻したものとして系図に載せたのだ。


 ミシェルのその特徴的な髪色と瞳で身元はすぐに判明した。隣国の公爵家の失踪した末娘に特徴が酷似していたからだ。

 公爵家の敵対派閥の一派により、ミシェルは殺害を依頼された闇組織に拐かされたが、彼女の外見を見て金になると判断した一部の者に隣国へと売られてしまった。そこをベルン家が買い取り、ララルーシュの為の生贄を育てる孤児院へと入れられた―――というのが真相のようだ。



「私、公爵令嬢だったんですね」

「ああ。君のお姉さんがこの国に嫁いでる。まだご存命だよ。今度、ばぁちゃんに会いに行こうか」

「……旦那様のお祖母様でお会いしたことが無いのって、王太后様じゃないですか……簡単に会える人じゃあないですよ?」

「そこはほら、母の何か…力押しで?」

「もう!お義母様を都合よく使って…!」



 項を噛まれた時から、前世の記憶が鮮明に思い出せるようになった。

 今までぼんやりとしていた記憶も、今なら分かる。確かに家族に愛されていた、幸せだった子供時代の記憶。あまりの辛さに現実逃避し、蓋をして思い出さないようにしていたのだろう。


 系図にあった彼の妻の名は、前世のミシェルの名前だった。彼の方はその後別の人間と結婚する事は無く、死んだ番の為に奴隷制度を廃止しようと奔走した。流石に(ミシェル)をなくしているので短命ではあったが、妹の子を養子として家督を譲り、番の墓の隣に埋葬を頼んで亡くなったそうだ。



「てっきり…あの後旦那様は他の方と幸せになったのだとばかり」

「今世では番を見つける自信が無かったんだ。また傷付けてしまうより、最初から望まなければと。まさか、そうした事でまた君に巡り会うとは思わなかったよ」

「……神様はどうしても私達を番わせたいみたいですね」

「ふっ…違いない!ははは!」




 ―――それから二人は元王女様の母の伝を借り、無事に王太后―――ミシェルの姉との再会を果たす。


 不思議な事に、番契約を果たした後のミシェルは、身体も生前の記憶に引っ張られたのか、栗毛は銀色に、瞳は金色へと徐々に色を変えた。面差しも生前のミシェルにどことなく似通っていて、王太后は彼女を目にした瞬間、駆け寄って崩れ落ちた。



「あぁ…!レイチェル…!!貴女なのね……!」

「……お姉様……?」



 シワシワの顔と手。

 前世のミシェルと同じ銀の髪に金の瞳。

 年月を重ね変わってはいたが、あの頃の面影もなんとなく残っている。優しかった姉。いつも後を付いてまわり、困らせた遠い思い出。



「―――奴隷制度はレイチェルの番となった公爵が廃止してくれたわ。関わった貴族(いえ)なんて塵になるくらい粉微塵にしてね。でも、あのお嬢様は……幼いとはいえ情状酌量出来ない程、罪を重ねすぎたの。父は怒りを抑える事が出来なかった」



 ベルン家はもう存在していない。

 詳しい事をカイトも思い出したはずなのに何も言わない、という事は余程の事なのだろう。踏み込んで聞く気にはならなかった。真実を知ったとて、失われた命はもう、戻らないのだし。



「まさか孫の貴方が、あの公爵の生まれ変わりだなんて…世間は狭いものねぇ…まぁ言われてみれば執念深い所がそっくりだわ」

「執……って、お祖母様……」



 カイトを見る王太后の眼差しに、懐古の情が浮かぶ。



「……攫われなくても、私の婚姻によって貴方達は出会い、恋に落ちていたでしょうね。こうして二人がまた出会っているのを見れば、『運命の番』が『魂の片翼』だと言う人がいるのが分かる気がするわ」



 そう言って恋バナをするかのように可愛らしく微笑む王太后()に、ミシェルはレイチェルだった頃のような、屈託のない笑顔を向けた。









※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【注意!!】

ここからは少し残酷度がアップするので、苦手な方は読まないよう自衛して下さい。

タイトル回収。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ミシェルには語られなかったララルーシュ・ベルンの生涯。

 それは王宮の罪人記録の中でも、厳重に管理され、一部の者しか閲覧出来ないような括りの中にある。


 隣国の公爵家の娘であり、この国の王妃の妹を害した罪は重く、更に身寄りの無い子供や、拐かされ、売られた子供達の命を私欲の為に弄んだ事で、減刑など一切認められずにベルン家は断絶した。

 ララルーシュ以外の家族は極刑で、親族は皆、財産没収の上、平民落ち。命が助かっただけ幸せだと思えるほど、ベルン家に関わった者は酷い死に方をした。あの家で働いていた者全てが。それ程、父公爵の怒りは凄まじかった。


 だが、ララルーシュだけはすぐに処刑されず、生かされた。

 死による救済は甘すぎると判断したレイチェルの父は、ララルーシュの精神()を嬲り殺す方法を取る。

 ベルン家で働いていた者達が惨たらしく惨殺される様を見せ、親兄弟は生きたまま火に焼かれる姿を、顔を押さえつけられて目を背ける事も出来ないまま見せつけられた。


 それでも、彼女一人のために失われた子供達の数に比べれば圧倒的に少ない。

 皆、ララルーシュに呪いの言葉を残して死んでいったが、ララルーシュは変わらなかった。流石に親兄弟が死んだ時には痛ましそうな表情を見せたが、使用人がどうなろうと彼女にとってどうでも良い事で、命の重みを感じてはいないその様子に、レイチェルの父親はララルーシュに更なる罰を与える。


 ララルーシュの本来の番を探し出し、彼女に『運命の番』への恋慕を目覚めさせてから、彼女の目の前で何人もの娼婦と交わらせた。興奮剤で我を忘れ、獣のように激しく情事に耽る己の『運命』を見て、気が狂ったように叫び、罵声をあげるララルーシュ。


 次には男への暴力による拷問。

 やめて、やめて、と泣き喚くララルーシュ。

 男は呻き、苦しむも、ララルーシュへの恨み言は一切漏らさない。男は初めから共に死に、罪を償うつもりで此処にいたのだ。


 ララルーシュが自分の『運命の番』である事を秘匿していた男。

 準男爵家という、平民に近い末端貴族に生まれた彼は、取引で父とベルン家を訪れた際に見かけたララルーシュが自分の運命の番だと一目で気付き、その場でそう言ってしまった。

 無邪気な子供のそのひと言で、彼の生家はベルン伯爵の手により文字通り潰される。

 手を回され、商売が出来なくなった力の無い準男爵家が落ちぶれるのは一瞬で。

 家を守る為、悪魔のようなベルン伯爵との契約が交わされ、彼は幼くして抑制剤を一生服用し続けるよう脅された。命を取られなかったのも、無理矢理別の番を作らせられなかったのも、不測の事態への保険。

 自分の家族を守る為とはいえ、そのせいであり得ない数の子供達の命が失われたという事実は彼の良心を鋭く刺し、えぐる。

 自分が間違えなければ違った未来があったかも知れない。一人で死なせるのは可哀想だからと、己の運命の相手を思っての献身だった。

 しかし。



「彼を助けたいか?」

「え…?やめてくれるの?!じゃ、助けてあげて!早くして!」



 レイチェルの父は言う。



「いいぞ。お前がこれを代わるならな」

「え…?」

「お前が私の娘にした仕打ちの数だけ鞭をくれてやる」



 ララルーシュは息を飲む。唇を震わせ、青褪めた顔でレイチェルの父を見て、そして自分の運命に視線を向けた。



「…い、いやよ……絶対に嫌!そんな事されたら死んじゃうじゃない!痛いのは嫌よ!!出来ないわ!……あの…ね、ねぇ、私の事、愛してるでしょ?ね?『運命の番』ですもの!なら、分かってくれるわよね?」

「…………」



 歪んだ笑顔に醜悪さが滲み出る。

 縋るような、媚を売るような甘えた声で助けを求めるララルーシュに、男は先程まで強く感じていたはずの運命の絆が、身体の中からサラサラと崩れていくような、そんな気がした。


 彼女の代わりに痛み、苦しんでも。

 死んでもいいとさえ思っていたのに。


 愛しい運命の為ならばと、そう思っていた筈だった。だが、自分可愛さにこちらを労るどころか、最後まで利己的な人間で。それが自分が守ろうとした番の正体だったなんて。



「……僕は、貴女の『運命の番』ではありません」

「え?な、なんで…?」

「貴女の『運命』は公爵家の方でしょう?貴女が自分でそう言ってたじゃないですか」

「!!」

「……番開放をお願いします」



 そう言うと男は項垂れ、ララルーシュから目を背けた。

 すぐに男は拘束を解かれ、兵士二人に支えられ牢から連れ出される。彼の顔には絶望が浮かんでいたが、レイチェルの父にとってどうでも良い事だった。そもそも男が簡単に運命を拒絶出来たのは、ララルーシュがレイチェルの身体を奪って自身に植え付けたせいなのだから。ツギハギの身体は本当の運命を薄れさせた原因でもあるが、一番の要因は彼女の性根の悪さといえるだろう。



「さて。これで代わる者は全て居なくなったな」

「い、いや…嫌よ、死ぬのは嫌ぁ!!」



 ララルーシュはみっともなく喚き散らしながら、床を這いずり、牢の隅へと逃げ惑う。



「ああ、さっきの男の事なら心配要らんよ。君の『運命』だと言うんで連れて来たが……間違いだったようだし、奴には元々恋人がいたから、その者と番契約を結ぶだろう」

 


 ララルーシュの絶叫が地下牢内に響く。

 それは番に捨てられた絶望からか、拷問への恐怖からかは分からないまま、彼女の運命の絆はあっさりと消滅した。


 そして、彼女は一人で死んだ。


 拷問の末ではなく、犯罪者の刑罰の中でも重い強制労働所の慰み者として。

 気性の荒い者達から受けた行為で傷付き、その身体を少しずつ作り物に交換されていった彼女の最後は、粗暴な受刑者による暴行と衰弱による死。




「……わた…しの……つが、い……ど、こ……」



 もはや見えてない瞳が映すのは番の幻。

 それが、数多の命を奪い、数多の偽物の番となった彼女の最後の言葉。

 その項にはおびただしい程の複数人の噛み痕があったという。









ベルン伯爵は、貴族であれば番を盾に弱みを握る為、平民であれば番を人質にとって犯罪行為等汚い仕事をさせる為に奴隷商人から子供を買っていました。

そうした裏での活動があってのし上がってきた人物です。

慈善事業は隠れ蓑。孤児院のバザーの品として並べられたものは、フェロモンが塗りつけられた物。母親と共に訪れた子息達は幼いのではっきりと番の匂いだと認知出来ないけど、好ましいものと反応を見せるので、そうした匂いを持つ者だけが初潮を迎えて強いフェロモンを発するようになった時に別の場所へと移されていました。

時間をかけた恐ろしい計画です。

ララルーシュの結婚相手もその中からそこそこの家格の相手を見つける予定でした。ただ、高位貴族は大抵子供のうちから婚約者をつけるのに、レイチェルの番の彼は幼い頃に嗅いだレイチェルの匂いを探してバザーに何度も訪れていたので、この中に運命の番がいるだろうと伯爵に予測されていました。

なので、彼がなかなかお嬢様に落ちなかったのは孤児の中に番がいると思っていたから、なのです。

伯爵は大物を釣ったとララルーシュを褒めていましたが、なかなかよい返事をもらえずに焦り、娘を追い詰めた結果、ララルーシュがやらかしてしまったのでした。

レイチェルパパの執念で、奴隷商が捕まってそこから芋蔓式にベルン伯爵の悪事が発覚、王太子経由で知らされた前世のカイトが「あれ?じゃあもしかして孤児院で感じた匂いの持ち主はやっぱり別にいるんじゃ?」となり、ララルーシュから匂いを感じるという事は番はどこかに隠されていると考えて、あの日突撃してきた訳です。結果、レイチェルを失った彼は後悔に苛まれ、自害するところをレイチェルパパにぶん殴られ、楽に死なせないぞと奴隷制度廃止の為にがっつり仕事をさせられました。自害防止の魔法契約までされ、生き地獄を味わいました。それがレイチェルを死なせた罰です。彼も被害者の一人だったんですけどね。レイチェルの無念を晴らす為に頑張りました。やっとパパに許されて、最期はレイチェルのお墓の隣に埋葬してもらえました。激しいパパですよ。

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