偽愛の死神
「師匠ー、まだですかー?」
「もうちょっと待て!この服とこの服で迷っているのだ!」
「こっちの服は落ち着いていて偉大そうだが冷徹に見えるかもしれないし」
「こっちの服は華やかで美しいが死神としての厳しさが足りないような...」
師匠は自分の前に交互に服を当てて悩んでいる。
今日は僕の授名式だ。
多くの死神に召集がかかり、最低限の死神を残して、ほとんどの死神が集まる。
位の高い死神は出席が強く要請され、特に、三大偉神の一人である師匠は出席必須である。
僕を死神にしたのも師匠であるということで、一緒にハデス宮殿に行くことになっている。
「師匠ー、もういいでしょー」
「弟子の重要な式典に適当な服で出られないだろ!」
「いつもの正装じゃだめなんですか?」
「それでもいいのだがぁ、特別感がないと言うかぁ」
「正装の師匠も素敵ですよ」
「んー、そこまで言うなら正装にするかぁ」
よかった...
相変わらずの華やかなハデス宮殿にて、大勢の死神が集っている。
授名、死神の始祖が創造したとされている見透かしの水晶に手をかざすと、自分を表す言葉が死神の大鎌の刃に刻まれる。
一度授かった言葉が変わることは無い。
師匠の鎌には「慈愛」、ハデス様の鎌には「誠実」の文字が刻まれている。
授名の儀式を行うには、その時二つ名を持っている者全員の承認が要る。
現在二つ名を持つのは、神王であるハデス様と、三大偉神だけだ。
「誠実」「慈愛」「博識」「冷徹」の次に、僕の二つ名が連なる。
非常に光栄なことだ。
緊張するー!!!
ていうか式ばっかりしてるなぁ。
そう考えると集まっている人達から鋭い目線が来ているように感じる...
自重しよう...
「神王フェルヘン・カリタス、前へ」
司会役のハデス様が、いつも通りの安心する声で僕の名前を呼んだ。
死神なのに、手に汗が滲んでくる。
いつもの式典とは違う。
僕の、今後の動きにも影響する、僕の本質を表す言葉を貰うのだから。
重く動かない足を無理やり前に出し、僕は壇上の中心に立った。
目の前には、手を開いてようやく乗せることが出来る位の水晶が、赤色の豪華なクッションの上に乗っていた。
「では、儀式を始めなさい」
「はい」
震える右手を持ち上げて、水晶に手をかざす。
少し魔力を流すと、途端に透明だった水晶が白や黒に変わり、渦巻き、僕が出してもいないのに宙に僕のデスサイズが現れ、刃に、光で文字を刻み出した。
漆黒の刃に薄く輝く暗い赤色が刻まれていく。
「偽愛」
...え?ここからまた変わるのかな?
僕の思いとは裏腹に、文字を刻む光は消え、デスサイズが手元に戻ってきた。
偽愛、それが僕の本質。
偽りの愛、僕の善だと思っていた行動は、偽善だったのか。
脳内が真っ黒になっていく。
目の前も見えなくなり、この世に一人取り残されたようだった。
家で待つみんなにどう説明したらいいんだろう。
僕がみんなに向けていた愛は偽物でしたって?
僕だって本物だと思ってたのに...
しばらくして、現実感が僕を再び迎えに来た。
目の前に広がる死神は互いに顔を見合わせ、前代未聞の二つ名に動揺している。
それもそうだ。
慈愛の死神の弟子が、偽愛の死神だったなんて、どこの冗談だろう。
涙が滲み、ろくに前も見えない状態で師匠の方を見ると、そんな僕を哀れんでいるのか、師匠も悲壮感漂う顔で涙を堪えていた。
小声で様々な憶測が飛び交う中で、僕は舞台から降りた。
控え室で、俯きながら式典の終わりを待っていると、部屋に師匠が入ってきた。
「元気を出せ、あんなのただの文字だ」
「お前は愛のある子だ」
「見透かしの水晶はその人の本質を表す言葉を告げる、神聖な物です」
「見透かしの水晶が間違えるわけが無い」
「つまり、僕の本質は、偽愛だってことです」
「違う、お前はそんな子じゃない」
「いいから、今日は帰れ」
「ゆっくり休んで、また私のところに来るといい」
「どんな顔して帰ればいいんですか」
「どんな顔もなにもない、いつも通りに帰ればいい」
僕は、そんな師匠の優しい言葉に答えることはしなかった。
「偽愛」と刻まれた鎌で空間を切り裂き、家へ帰ると、家の少し離れたところで、僕の涙腺は滝のように崩壊した。
その涙には、自分を信じる心が乗り、共にこぼれた。
時に沿って涙すら涸れ、僕は家の扉を開けた。
「おかえり!ヘルン」
ハネストが明るく迎えてくれる。
この笑顔を愛する気持ちも、偽物なのだろうか。
「ただいま」
「少し顔がやつれてるよ、大丈夫?」
「疲れただけだよ、寝れば治る」
「それならいいんだけど」
まともに笑うことも出来ずに、僕は二階の寝室に向かった。
「私達のこと、ずっと騙してたのね」
「もう、あなたなんてお兄ちゃんなんかじゃない!」
「信じたのに、最低だな、お前」
「そんなやつだったとはな、育てるんじゃなかった」
僕をみんなが囲んでいる。
上から見下ろされ、口々に僕に対する呆れの言葉が発せされる。
そして、みんなその場から立ち去り、僕は何も無い真っ暗な世界の中で、孤独になった。
「ヘルン!大丈夫!」
その声とともに真っ暗な世界が揺れ始め、僕は目を開いた。
「夢か...」
「ヘルン大丈夫!?泣きながら起きないから!」
「何も無いよ」
「何も無い人は泣きながら寝ないよ!」
「昨日からおかしいし、授名式で何かあったの?」
心配をかけている。
僕の二つ名は偽愛の死神だったって言うか?
言えるわけが無い。
「とにかく、大丈夫だから」
「今日は師匠に会いに行かなきゃ行けないから、もう出るね」
「ちょっと!」
僕を引き留めようとするハネストを振り払い、僕は家を出た。
こんなことをするなんて、やっぱり、僕の愛は偽りなのかもしれない。
師匠の家までは、あえて転移せず飛びながら行った。
師匠の家までの道中、様々な感情が僕の中を流れて行った。
師匠の家に着くと、師匠は笑顔とはまた違う、優しさの籠った顔で迎えてくれた。
こんな僕をそんな顔で迎えてくれるなんて、師匠の本質は慈愛で間違いないんだろうな。
「よく来たな、少しは落ち着いたか?」
「はい」
「多分、今のお前には、何を言っても仕様がないのだろう」
「だから一つ、良い話を聞かせてやる」
「良い話?」
「あぁ」
「偉大な死神と言えば、お前は誰を思い浮かべる?」
「アストラ様などでしょうか」
「まあ、そうだろな」
「だがな、もう一人、歴史上でも偉大な功績を残した死神が居たんだ」
「それは、アストラのような知名度も、魔神を倒したわけでも無い」
「だが、その頃、民からの信頼を全身に受け、アストラによるものよりも、その頃の全世界を平和に誘い入れたと言われている」
「それが、死神エイレーネ」
「そうなんですね」
その人と僕になんの関係があるのだろう。
「そこで、エイレーネの鎌に刻まれた文字はなんだと思う?」
「平和、とかですか?」
「いや、厄災だ」
「え?」
「しかし、エイレーネは、平和の死神として言い伝えられている」
「なぜだと思う?」
「それは、世界を平和にする事に力を注いだからじゃないですか?」
「もちろんそうだ、だが、ちゃんとそれを証明するものがあったからだ」
「どういうことですか?」
「エイレーネはな、その精神と実績によって、二つ名が変わったんだ」
「え?」
「言い伝えによると、エイレーネがいつも通りに民のために働いた時、鎌の文字が光りだし、厄災から平和に変わったらしい」
「つまり、二つ名は変わることがあるって事だ」
真っ暗な世界に一筋の希望が光った。
「お前も頑張れば、必ず世界はお前を認める」
「甘くないとは思うが、精進するといい」
師匠に会いに来て良かった。
この話を聞けなければ、僕はきっと腐っていただろう。
顔に笑顔が帰ってきた。
「師匠、これは嘘じゃありません」
「大好きです」
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
投稿時間が普段より約2時間遅れてしまい、申し訳ありません!
次話は、2025年11月16日に投稿します!
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