魔神
重々しい扉を押すと、目の前には、広々とした寂しい空間が広がっていた。
よく見ると所々に華美な装飾が施され、魔神に相応しいと言えば相応しい空間ではあった。
少し寒気を催す、肌寒さと気味悪さに耐えながら広間を見渡していると、奥に一席の豪華な椅子が見えた。
そこには、その椅子の持ち主らしき人が座っていた。
...え?
その、この広間の主は、小柄な体格に二本の角を付けた、可愛らしい若い女性だった。
すると、僕の侵入に気づいた彼女は、顔を強ばらせて言った。
「我が広間に無断で入るとは、お前、何者だ?」
「僕は、神王ヘルフェン・カリタスです」
そう名乗ると、その女性は、厳しくしていた表情を一気に変え、今にも泣きそうな顔になった。
体も震えている。
怯えているのか。
「お、お、お前は、我を殺しに来たのか...?」
その態度は、もはや魔神のそれではなかった。
「安心してください、僕は戦いに来たのではありません」
「話し合いをしに来たんです」
「ほ、本当か?」
「はい」
「な、ならいい」
少しほっとしたというよな顔つきで、その女性は艶やかな黒髪を靡かせながら自分の椅子に座った。
「コホンッ、では、話し合いを始めよう」
「はい」
椅子の目の前まで行くと、その女性の魔力に頭が弾けそうになった。
脳を揺らすような巨大な魔力の波。
やはり、魔神はこの女性で間違いないようだ。
「これはこれは、とんでもない魔力量ですね」
「ふっ、当たり前だ!我は魔神なのだからな!」
多少の自画自賛を挟み、魔神の女性の緊張は少し緩んだようだった。
「この度は、急な訪問、申し訳ありません」
「魔神である貴方様に提案したいことがございまして」
「敬語は良い、悪魔軍はもはや雑魚同然」
「本来なら我が敬語を使うべきなのだしな」
「そうですか、では簡単に」
「神族と悪魔の和解を求めたいのです」
予想外の提案だったのか、魔神の女性の顔が、少し固まった。
「具体的な内容は?」
「あくまで対等な和解です」
「別にどちらがどちらを搾取するなんて言う話ではありません」
「神族側は、悪魔との共存を望んでいます」
「はぁ、なるほど」
「しかし、それを受けることは出来ん」
「何故でしょう」
「悪魔と神族の戦いは長期に渡るものだ」
「それはもう、何十年、何百年の話ではない」
「何千、何万、もしくはそれ以上の年月、悪魔と神族は互いの大切なものを奪い合ってきた」
「今更それを、この無限に続く歴史の中の一端に過ぎない我達が、簡単に終わらせていいものでは無いのだ」
「そうですか...」
「もう悪魔軍を滅ぼすのも容易いだろうに、そんな提案をしてくるとはな」
「その心意気には感謝する」
「だがな、魔神として、悪魔軍の統帥として、目の前に来た死神を殺らないわけにはいかないのだ」
「そうですか...残念です」
「では私も、神王として、目前の魔神を討伐します」
「本当はこんな痛そうな戦いしたくはないがな」
「ふふ、そうですね」
「僕はちょっと、楽しみだったり」
「はは、面白い、名前は?」
「ヘルフェンです」
「良い名だ」
「我はエルだ、最期になるが、よろしくな」
「そのお名前、今後ともしっかりと覚えておきますね」
「ふ、いいでは無いか」
「楽しもう」
魔神が使うとされている魔法は、火や水などの基本属性魔法と、悪魔固有魔法。
ただ、消費が激しく多発は出来ないとされている悪魔固有魔法も、魔神の魔力なら余裕だろう。
となれば、勝負は純粋な魔法のぶつけ合い。
底無しの魔力を持った者同士の、血みどろの戦い。
一瞬の平穏を打ち破ったのは、エルの方だった。
様子見と言わんばかりに、種族武器の槍から放たれるヘルフレイム。
服の一端が少し焦げた。
威力は、僕と同等か、それ以上。
これは純粋な火力勝負では負けてしまうかもしれないな。
それに、発射スピードも異常だ。
発動と同時に避けたのに、服をかすった。
「危ないですね、直撃したら服が燃え尽きる所でした」
「まあ、当たればですけどね!」
デスサイズを構え、爆発的な初速で飛び込む。
デスボルトによる連続攻撃。
目で追うことも出来ない速さで飛び回り、切り刻む。
しかし、一秒間に何百発も繰り出される攻撃は、一つもエルの体に傷を付けることはなかった。
最速の魔法をこうも簡単に流されると萎えるな。
それなりの時間、僕はデスボルトに色んな魔法を混ぜながら攻撃を続けた。
しかし、そのどれもが彼女の槍に弾かれた。
でも、魔法をさばきながらこちらに攻撃する余裕は無いようだ。
もうゴリ押すしかない!
そう決心した時、急にエルが攻撃を避け、位置を変えた。
そして槍をこちらに向けて構え、魔法を構築しだした。
ここにきて急になんだ!?
そう思ったのもつかの間、見たこともない魔法が、僕に直撃した。
火属性や水属性などの基本魔法の魔力に、死神属性の魔力まで感じる。
これって...僕の魔法...?
まさか、僕の魔法を吸収しただけでなく、放出したというのか。
そんなの、勝ちようがないじゃないか。
元から、圧倒的な威力とスピードで苦戦しそうだと思ったのに。
こんなの...あんまりだ...
反撃せずに僕の攻撃を受け続けたのは、こういう事だったのか。
不死身である僕の身体が、崩れかけている。
悪魔王とは比べ物にならない威力。
そりゃ、悪魔全体に魔力を分け与えているんだ。
悪魔が減った今、それは普段以上に力を増している。
半壊した肉体が復活するのに、一瞬を要した。
「その回復能力、流石神王だ」
「僕の体がここまでボロボロになったのは、久しぶりですよ」
「そうか、それは光栄だ」
「では、もう一発いくぞ」
まじか...
それから数発、僕を滅ぼしかねない魔法が連発された。
避けることに全ての集中を向け、何とか避けられるほどの威力とスピード。
初めて、いや、久しぶりの負けそうな戦い。
厳しいな。
でも、あの時、師匠の家に悪魔が来た時。
あの時の方が、今よりも絶望的だった。
あれに比べれば、魔神は決して越えられない壁じゃない!
魔法を放つんじゃない。
僕が魔法になるんだ。
この、魔神の城に溢れるありったけの魔力を僕が使うのではない。
僕が集めて、エルにぶつける。
死神の魔力に変化させるだけの、魔力弾。
蓄積限界量なんて無視すればいい。
身体に溜めるんじゃない。
そのまま放つのだから。
―魔力吸収・魔力放出―
魔力の呼吸を同時に行う。
「ディバインプロビデンス」
僕の体内に、膨大な魔力が通ってゆく。
少しでも気を抜けば、魔力を溜めてしまい、僕の魔力器官が爆発する。
ただし、威力もスピードも、最高だ。
逃げようのないこの攻撃に、エルは、あえて避けないことを選んだようだった。
間もなく、エルは、膨大な死神の魔力に包まれ、身体は焼けただれた。
もう、彼女に勝ち目は無い。
近くに寄ると、彼女の目は、透き通っていた。
それはもう、死の先の楽園を見ているかのように。
「やはり、強いな、意志を持つ者は」
「やっと、私を殺してくれる者が現れてくれた」
「魔神なんて嫌だったんだ」
「恨みもない相手を殺して、殺して、褒められて、また殺して」
「部下達に、良いように使われて」
「でも、奴らを殺す気にもなれなくて」
「死神さん、私の行く地獄は、どんな所だろうか」
「何を言っているんですか」
「僕は死神ですよ」
「天界をぶっ壊してでもあなたを天国に送りますよ」
「それに、死ぬのも、そう悪いもんじゃない」
「死後の世界も、意外と楽かもしれませんよ」
「死神さんが言うなら、そうなのだろうな」
「じゃあ、楽しんでくるよ」
「ええ、こちらの世界をお任せ下さい」
「神王ヘルフェンの名にかけて、あなたが守り抜いた悪魔の国を、残酷に滅ぼしたりは決してしません」
「それはありがたい、快く死ねるというものだ」
そう微笑しながら、エルの魂は天界へ旅立った。
そして、僕はその場にぶっ倒れた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
前回の投稿、体調不良により延期してしまい、申し訳ありませんでした。
次話は、2025年11月6日に投稿します!
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