サスティナ王国
サスティナ王国に向かう道中、天気はいつも通り快晴だった。
この世界では、雨は滅多に降らない。
水属性魔法で使われる水は、世界にある大量の水から供給される。
だから、習得者の多い水属性魔法により、雨として振るはずだった水が雨になる前に地上で使われるのだ。
照りつく陽光は厳しいが、陽の光を見ることが出来なかった前世を思うと、それも気持ちが良かった。
そうしてサスティナ王国に向けて着々と進んでいた時、前から珍しく馬車がやってきた。
「おぉ、珍しいな、この辺を通る奴が居るとは」
「サスティナ王国に向かっているんです」
「そうかそうか、気をつけて行けよ」
「ありがとうございます」
「ありがとー!」
「ありがとうなの、です...」
「あぁ、達者でな」
サスティナ王国に近づくほど動物も増え、自然が豊かになってきた。
途中に川などもあったが、水属性魔法があるので寄ることはなかった。
「それにしても、空気が綺麗だね」
「サスティナ王国は、エルフが治める国だからね」
「森の精霊であるエルフは、自然体を好むから」
「必然的にサスティナ王国周囲も自選豊かになるの」
「だから、サスティナ王国の主な収入源は、リゾート地としてのものなの」
「なるほど」
「空気、美味しいの、です」
「そうだね、ヘレナ」
ヘレナは、大分話してくれるようになった。
例の件で最初は怖がられてたけど、良かった。
今のところ、悪魔を思わせることも特にない。
悪魔化が僕の杞憂で終わることを願うしかないな。
「あ、見て!あの大木!」
「サスティナ王国はもうすぐそこだね」
「そうなの?」
「うん!サスティナ王国の中央には数百年生きた大木があってね」
「あれがその大木ってわけ」
「なるほどね」
「変装はどうする?」
「ん〜でもね、私、普段はほとんど隊服着てたから、髪型と服さえ変われば分からない気がする」
「まあ確かに、ずっと変装させる訳にはいかないとは思ってたけど...」
「あぁ、それなら、意識阻害魔法を使おうか」
「意識阻害魔法?」
「周りの人から、意識されにくくなるんだよ」
「その時は話したりしても、後から容姿を思い出そうとしてもなかなか思い出せないし、そもそも思い出そうとすらならない」
「なんか、寂しいね」
「ん〜、じゃあ、とりあえず髪色を変えようか」
「ハネストの金髪は結構少ないみたいだし」
「分かった」
「ディスガイズ」
彼女の美しい金髪は、暖かい茶髪に変わった。
「どう?似合う?」
「うん、可愛いよ」
「え、そうかな」
「うん」
何故かハネストは恥ずかしそうにしていたが、服装と髪色が変わった彼女は、関係性が薄い人には分からないように見えた。
「これでいけそうだね」
「あ、うん、ありがとう」
「ハネストさん、可愛い、です」
「きゃ〜ありがとう〜」
「ヘレナちゃんも可愛いよ〜」
「へへへ」
ハネストとヘレナが笑いあっている空間は、幸せそのものだった。
「さ、じゃあサスティナ王国の門に向かおうか」
「行こう〜!」
またか...
目の前には、耳が長く、白い肌をしたエルフと思われる種族の兵隊がずらずらと並んでいる。
「ヘルン、なんで私達、普通に入国しようとしただけなのに兵隊に囲まれてるのかな...」
「僕が知るわけないでしょ」
「怖いなの、です」
「ヘレナ、僕の後ろに隠れておいて」
「分かったなの、です」
「正当に入国した旅人を武器を持って囲むとは何事ですか」
「エルフの勘が、お前が異質な存在だと言っている」
「勘って...」
「ではどうすれば?」
「今すぐサスティナ王国から離れるか、死んでもらう」
「はぁ...」
「どうするの!?ヘルン!」
「どうしようかな」
「貴様達!今すぐ武器を下げんか!」
急に奥の方から迫力ある声が聞こえた。
「精霊王様!?」
「軍からの指示も聞かずに無罪の旅人を囲うとは何を考えている!」
「す、すみません、この者が異質に感じたもので」
「早く武器を下ろせ!」
「で、ですが」
「いいから全員持ち場に戻れ!」
「分かりました!」
先程まで威勢を張っていた兵達たちが、怖がりながら散らばった。
「あなたはどなたですか?」
「我は、精霊王、スピリトーであります」
「貴方様については、イレーネ王から聞いております」
「先程は我が兵隊が失礼しました」
「エルフは勘が鋭くてですね」
「貴方様と人間との違いに怖がったのでしょう」
「なるほどですね」
「気にしてないので、大丈夫です」
「命じて頂ければ、宿泊のための御部屋を用意致しますが」
「普通の旅人として回りたいので、お気遣いなく」
「了解しました」
「では、サスティナ王国をお楽しみ下さい」
「何かございましたら、私をお呼び頂ければ助力させて頂きます」
「分かりました、ありがとうございます」
「では、失礼します」
「はい、ありがとうございました」
最後にゆっくりとお辞儀をすると、スピリトーさんは王城に戻って行った。
「何とかなって良かったね」
「本当にね」
「ヘレナ、大丈夫?」
「怖かったけど、大丈夫なの、です」
「なら良かった」
「まだ昼だけど、どうする?」
「サスティナ王国のご飯は美味しいらしいから、食べに行きたいな〜」
「じゃあ行こうか」
「やったー!」
「やったーなの、です」
サスティナの街は、木のような不思議な形をした建物が立ち並び、一目見ただけでも緑が多かった。
イレーネ王国よりも控えめな領土のようだったが、綺麗な景色と澄んだ空気は、周辺諸国のリゾート地になるに相応しかった。
「食材が新鮮で美味しいね!」
「うん、ヘレナは?美味しい?」
「美味しいなのです」
満面の笑みと少し流暢になった言葉で、ヘレナは僕らの心を射止めた。
こんな子を殺そうとしたなんて...
反省してもしきれない。
店を出ると、僕らは宿を探すついでにサスティナ王国を見回った。
「さっきのお店美味しかったね〜」
「そうだね」
「そうなのです」
この国の国民の大半を占めるエルフは、当然街にも沢山居て、僕はエルフに会う度に疑いの目で見られた。
心に刺さるなぁ...
街を歩いていると、突然耳元で声がした。
「守護神様、スピリトーでございます」
「お話したいことがありますので、王城までお越しいただけませんか」
「分かりました、すぐ向かいます」
意識会話なんて、久しぶりだなぁ。
「ハネスト、ヘレナ、スピリトーさんに呼ばれたから、王城に行こう」
「え?あ、うん」
「分かったのです」
王城の門まで行くと、今度は速やかに通してくれた。
スピリトーさんが話をしておいてくれたのだろう。
街の建物とは違い、強度が必要になる王城は流石に石造りだったが、やはり至る所に緑が見える、素敵な城だった。
「綺麗だね〜」
「綺麗なの〜」
この二人は姉妹なのだろうか...
大きな庭園を抜け、屋内に繋がる扉を開けると、スピリトーさんが待っていた。
「お待ちしておりました、守護神様」
「急な申し出を受けて頂き、感謝します」
「大丈夫ですよ」
「寛大なお言葉、痛み入ります」
「では、こちらに」
そう言うと、スピリトーさんは僕らを奥の部屋に案内してくれた。
「そちらにお座り下さい」
「はい」
「それで、話とは?」
「はい、それなのですが」
「守護神様に助けて頂きたいことがあるのです」
「なるほど...」
「魔王を討伐して頂きたいのです!」
・・・え?
次話は、2025年8月29日18時に投稿します!
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