最強の死神と最弱の少年
この世界に期待なんてしてない
この世界に希望なんて抱いてない
ただ、普通に生きたかった
小さい頃から、僕は病弱だった。生まれて十数年間、病院の外にまともに出たことのない僕にとって、世界はこの白い箱だけだった。ちゃんと遊ぶことも、ちゃんと笑うこともせずに、この病室の天井を見ながら、時間を溶かしていた。僕はこの世界が嫌いだった。
「類くん、ご飯持ってきたよ」
「お腹空いてないです」
「体調悪いの!?大丈夫?」
「ただお腹が空いてないだけです」
「でも、食べないと元気になれないよ?」
「わかりました、そこに置いておいてください」
「わかった、頑張って食べてね」
「はい、ありがとうございます」
食べたところで、元気になんてなれるわけないのに。
家族も、病院の人も、みんないい人だった。だから、こんな人生でも、普段はそこまでつらくなかった。でも、想像すらできないどこかに、僕の知らない場所に、僕の必要な何かがある気がしてならなかった。僕はそれを求めていた。
早くしないと看護師さんがご飯を回収しに来るので、仕方なく僕は起き上がった。その時、左の胸辺りに爆発したかのような衝撃を感じた。体から力がどんどん抜けていき、気が付いた時には、僕の頭は、ベッドに取り付けられた机の上にへばりついていた。
ナ、ナースコール...
必死に伸ばしているはずの腕は、ベッドの上に横たわってピクリともしなかった。僕の体は、すでにどこも思い通りに動かなかった。
あ、僕、死んだのか
前から、いつ死ぬかわからないとは言われていた。僕もそれを承知した。覚悟もしていた。今更生きたいとも思わなかった。いいんだ、これで。生きていても、どうせ何もできない。いいんだ、いいんだ。これで、いいんだ。
でも、
でも、
やっぱり、少し寂しいな
「人間であるのにまだ意識が残っているとは、珍しいな」
どこからか聞こえたその声は、極寒の中の灯火のような、冷たく、優しい、女の人の声だった。
「あなたは、誰ですか?」
「おぉ、精神会話まで出来るのか」
「私は、お前の命を回収しに来た死神だ」
「はは、やっぱり僕は死んだんですね」
「笑っているように見えるが、理由を聞いてもいいか?」
「大した理由じゃありませんよ、この世界がそんなに好きじゃないだけです」
「なるほどな、ふむ」
その死神は、少し考えるように、口に手を当てた。
「では、私と一緒に来るか?」
「これほどの精神空間を構築できるなら、良い腕の死神になれるだろう」
「ん?え?」
衝撃的すぎる発言に、僕の目は、涙を溢れさせた。その涙は、今までのものとは違い、なぜか少し甘かった。
「さすがのお前でも怖いよな、今のは忘れろ」
「天国に送ってやるから、心の準備をしておけ」
「まあ、心の準備をするほどでも」
「連れて行ってください!」
「あぁ、だから天国に連れて行ってやると言って」
「いえ、あなたの居場所に僕を連れて行ってください!」
僕は、生きていたら出せない大声で叫んだ。嬉しかった。誰かに必要とされることが嬉しかった。死ぬのも悪くないものだ。目の前の死神すら、驚きで少し固まったようだった。だが、すぐに表情を戻し、少し笑ってこちらを見つめた
「いいだろう、今からお前は私の弟子だ」
その言葉に、僕の目はまた溺れた。
「よろしくお願いします!師匠!」
「あぁ、よろしくな」
そう言うと、師匠は、僕の胸に手をそっと当てた。その時、僕の止まったはずの心臓が、再び疼いた。
ウグ、な、なにこれ
考える間もなく、僕の体はみるみる変わっていった。
腕や足しか見えなかったが、それだけでも大きな変化があった。それは、一般的な、力強いものになっていった。
「お前の体を改造したのだ」
え、聞いてないんですけど...
「死神が病弱ではやってられないからな」
「これでお前は、完全に死神になる」
「死なないし、怪我もしない」
「もちろん病にもかからない」
「まあ、あくまで基本的にだが」
「本当ですか!?やった!」
やっと、やっとこの体の呪いから抜け出せる!僕は自由に動けるんだ!
「ふふ、可愛いところもあるではないか」
「では、そろそろ行こうか」
「どこにですか?」
「私の、まあいわゆる家だ」
「おぉ、楽しみです!」
「それはよかった」
「では行くぞ」
師匠が、どこからか取り出した大鎌で空を切ると、裂け目が僕らを飲み込んだ。その暗闇は、僕に希望を見せると同時に、意識を奪っていった。
意識が戻ると、僕の瞼は閉じていた。目を開こうとすると、今までに感じたことのない類の光が、僕の目を刺した。たじろぎながらゆっくり目を開くと、そこには綺麗な草原が広がり、奥には壮大な森が構えていた。空気も澄んでいて、病室とは全てが違った。
「あれ?もっと禍々しいところを想像してたのに」
「スローライフでも始まるのかな」
「がっかりしたか」
気配を一切感じさせずに、師匠が僕の後ろに立っていた。
さすがは死神と言ったところだろうか。
「急に話しかけないでくださいよ、びっくりしたじゃないですか」
「そうか、悪かった」
「ここは、地球ではない世界の人間界だ」
「本当は死神の住処へ連れて行こうと思ったのだが、上から、ここで育てるよう言われてな」
「なるほど、まあ師匠がいるならそれで満足です」
「お、おう...すまん、そんなことを言われたのは初めてで少しびっくりしてしまった」
師匠は何故か少し頬を赤くしていた。
「ま、まあ、とりあえず中に入れ」
師匠の指す方を見ると、いかにも異世界な木の小屋があった。
入ってみると、そんなに大きくもないが、綺麗に掃除されていて、居心地は悪くなかった。
病院よりは全然マシだし
部屋を歩いていると、鏡があった。そこには、銀色の髪、赤い目、白い肌をした自分が立っていた。原型は留めてはいるものの、それはもうかつての類ではなかった。
僕、本当に変わったんだ。
「ところで、聞き忘れていたのだが、おまえの名は何というのだ」
「僕はる...いや、師匠が決めてください」
「なぜだ、すでにあるならそれでいいだろう」
「嫌です、僕は生まれ変わりたいんです!」
「ふむ、まあ、良いだろう」
師匠は少し悩んだ様子を見せながら、真剣そうに考えてくれた。それだけで、嬉しかった。
「では、お前の名は、ヘルフェン・カリタスだ」
「カリタスは私の名から取った」
「ありがとうございます!一生ついていきます!」
師匠と、明確な関係を結べた気がした。初めての、自由な人間関係。僕の胸はかつてないほど踊り狂っていた。
「おう、ちなみに私は、シュッツ・カリタスだ、よろしくな」
「あと、死神に一生という概念はないぞ」
「確かにですね、へへ」
ここから、僕の新しい世界が始まるんだ!今度こそ、目一杯楽しもう!
「あ、言い忘れていた、訓練についてなのだが」
「え?訓練?」
「あぁ、それについてなのだが」
「く、訓練ってなんの?」
「そんなの、死神の訓練に決まっているだろう」
「え?」
「ん?」
「まさかだが、訓練もせずに死神になれるとでも思っていたのか?」
「え…」
「死神の訓練は地獄だぞ」
「なんてったって死なないからな」
「楽しみにしておけよ」
「ええぇぇ」
僕の新しい世界は、もうすぐ地獄になりそうです...
小説家になろう様での初投稿作品です!
最初だけ三話一気に投稿させて頂きます!
なろう作家になってまだ日が浅く、投稿頻度通知を変えまくってしまっているので、更新頻度に関しては、毎作品の後書きに書くことに致しました。
小説家歴も浅いので、感想やご意見、沢山お待ちしています!
これから、於菟鶫をよろしくお願いします!