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深海の白鯨  作者: 黒川文
1.太平洋上空
3/21

(3)


 ウィルバー・ライトマンは芽衣の反応を見ながら、手元のタブレットを操作した。

 芽衣は仔細に彼の行動を読み取った。窓ガラスに反射するタブレットの光を見た。

 ——DARPA。と言う文字があった。

 国防総省・開発局の名称だ。スコフスキー博士の所属組織らしきものと紐づけられているみたいだった。芽衣は何となく、彼らの行動の裏側にあるのもを嗅ぎ取った。

 何を目的としたものかはわからない。しかし、新型であろう潜水艦が行方不明になり、開発責任者のスコフスキー博士が事態の収集を図ろうとしていたのだ。そして、海軍の協力を取り付けたのか、いや、元々が海軍からの要請で開発がなされていたのだろう。あの怪しげな対潜哨戒機であるP3Cを飛ばし、信号分析のためにわざわざ日本から自分を呼び出したのだ。

 ——謎の潜水艦。

 優秀な科学者であるスコフスキー博士ですら、跡を追えないほどの高度な性能を有していると思われた。芽衣がコンピュータを操作している間も。磁器探知機にも掛からなかったし、ソノブイの音響探知にも反応がなかったのだ。従来技術では探知出来ないほどの性能なのだろうか。さっき、密かに入手した潜水艦の情報をダウンロードしたUSBの情報を合わせて見ても、通常型のものではないことをうかがわせていた。


「君……」

「はい?」

 ウィルバー・ライトマンはタブレットを膝の上に置き、茶色の瞳で芽衣を見た。

 ——画面を盗み見たことを悟られたのだろうか。芽衣は少しだけ不安になった。やっぱり、ヤバい組織なのか。その可能性は十分あった。

「君たちが追っていた潜水艦だ。どんなものなのか、わかるのか?」

 と、彼の口ぶりは、どうやら、あの潜水艦が海軍の一部とDARPAの責任者しか知らない存在であることを示唆していた。


「ライトマンさん。それはあなたもご存知ですよね。事態の収集のために東京の会議へご出席される?」

「君は、思っていたより切れるひとの様だ。腹を割って話そう。わたしもあの潜水艦に関しては、存在することだけしか知らされていない。大きさ、パワー、武器、潜航深度や作戦期間。それらは謎のままとなっている」

「知らずに追っているんですか?」

「さっき言った通りだよ。末端のメンバーは自分の上司しか知らされていない。特に今回の様なものは、例外中の例外が重ねられている。そもそもDARPAは実戦兵器を扱ってはいない。あくまでも未来技術の開拓者的なものだ。そこで開発されたのか、まだ開発中なのかよくわからないものが、何故か太平洋の真ん中で行方をくらませているとしか言いようがない事態を生み出している」

「あの? 現場に到着する前に海上で黒煙を噴き上げている駆逐艦がいたんです。あれと関係があるのですか?」


 芽衣が質問するとウィルバー・ライトマンはフッと目をそらせた。

 ——図星?

 それが本当だとしたら、あの潜水艦が姿をくらませて、海軍の航空機と艦艇がそれを追っていたことになる。そして、追い詰めて、すんでの所で返り討ちに遭ってしまったのだろう。魚雷や対艦ミサイルみたいなものだ。そして、悠々と太平洋の海面下を航行しているのだ。どこに向かっているのか、その答えが目の前にいるライトマンの行動が示していた。


「君……。P3Cに乗ったと言ったな」

「え? あ、はい」

「そして、民間機の塗装だったと?」

「はい。それが何か?」

 芽衣は一瞬、彼の口から謎のミッションの全貌が語られるのを期待した。何事も謎のままと言うより、何か答えが欲しいものだ。それが不確定だとしても。


「本当にP3Cだったのだろうか? どう思う?」

「え? と、言いますと?」

「二通り考えられる。民間機を装ったP3Cだった。もうひとつはP3Cを装った民間機だった。どっちだと思う?」

「ええーっ!」

「君はP3Cに乗ったことはあるのか? これまでに」

「そんなこと言われても。大使館におられるマッケイ大佐の案内で基地に行ったことがあるだけですし。中に入ったのは初めてでした」

「なるほどな」

「でも、そんなことってよくあるのですか?」

「すでにP3Cは退役した機種だ。海軍が使用したとすれば、現行のP8Aポセイドンのはずだ。何を好んでそんな旧式の機体を使う理由があるのか?」

「そんなこと……あたしに言われても」

「スコフスキー博士とは、これまでに面識はあるのか?」

「いいえ。今回が初めてです。それに、本当はサンディエゴ工科大学での物理学会への出席が目的だったんです。こちらの上司である山本教授から指示されてのことでした。もしかしたらマッケイ大佐からの任務が最初からこっちだったのか、あるいは、教授も知らずに話が進んでいたのかも、実際のところわかりません」

「スコフスキー博士は本物なのだろうか?」

「ええーっ! そこまで疑うんですか?」

「まずは検証せよ。これがこの世界の鉄則だ。恋人が『愛している』と言ったとしても、それを客観的証拠で検証しなければならない」


 ウィルバー・ライトマンはそこまで言い切った。

 芽衣は、そんな考え方にはついていけないと思った。

「なぜ彼らはP3Cを使ったのだろう?」

「ええと……。たまたま手持ちの飛行機でそれしか使えないとか。ああ、もしかしたら」

「何だ?」

「中身のコンピュータは、かなり新しかったんです。昔の飛行機にしては設備が新し過ぎる。そんな印象はありました」

「なるほどね」


 芽衣は手元のパソコンを開き、今回使用した論文と、学会で発表される資料集を画面に展開した。錚々たる顔ぶれだった。理論物理学の大家と呼ばれる科学者と、計算機物理学でかなり有名な研究者の名前が上がっていた。そして、その中にディック・スコフスキーの名前と顔写真があった。確かに芽衣が会ったスコフスキー博士そのものだった。ただし、素粒子と力場の相互作用が専門で、どう見ても対潜哨戒機P3Cに乗って正体不明の潜水艦らしきものを追いかけているとは考えにくい。

 目の前のウィルバー・ライトマンが言う通り、やはり、他のデータから検証しなければならないのかも知れなかった。


「山本教授にリクエストしたのは誰なのだ?」

「ええと。アメリカ大使館の文化・科学交流センターの技官からだと聞いています。具体的には駐在武官のマッケイ大佐からの推薦があったらしいですが、詳細は把握していません」

「技官とは誰のことか?」

「ええと。マッケイ大佐からの情報にはありませんでした」

「そして、君はいいように使われた?」

「その点は面目次第もございません」

「その学会資料は偽のものだろう。だとしたら辻褄が合うというと語弊があるが、スコフスキー博士が実際は物理学者なんかではなく、DARPAの科学者で潜水艦が専門だと言うことだ。今回、君がもらった資料はそれを隠すためのものだ。それゆえ、大使館の技官というのも架空の存在だ。従ってマッケイ大佐も彼らに騙されたと見て間違いはない」

「そんなことが?」

「多分、情報筋が絡んでいるのだろう。民間を装った軍用機の運用はたまには行われている」

 ウィルバー・ライトマンは頭の中で何か閃いたみたいだった。

 彼の頭の中で何かがつながったのだろう。芽衣に視線を向けることなく、そのまま瞑目し、そして鼻から息を漏らしながら沈黙した。——もしかしたら、芽衣の情報を引き出してしまったので居眠りに入ったのかも知れなかった。余計な会話は情報漏洩の元だった。


 芽衣はP3Cのコンピュータに差し込んで、勝手に持ってきたUSBメモリーの中身が気になった。多分、追跡していた「何か」のデータが収録されているはずだった。磁器探知機やソノブイで追跡するために、その「何か」を識別するためのデータがなければならないはずだった。

 しかし、彼の目の前でデータを見ることは何か危険だと感じていた。

 どこの所属の人間なのか、それが明らかになるまでこちらの情報を開けっぴろげにする訳にもいかない。

 ——民間機を装った軍用機と軍用機の姿をした民間機。

 情報部であれば、もしかしたら、そんなものを扱えるのかも知れなかった。ウィルバー・ライトマンが少しも驚かなかったことから、それも日常茶飯事のことなのだろう。


 ——磁器探知機にもかからず、ソノブイにも反応しない。

 もしかしたら、そんな潜水艦も存在するのかも知れない。ただ、そんなものは空想上のもので、実際にあるとは考えにくかった。鋼鉄の塊であり、そして、何かの動力を元に海中を動いている以上、周りに何らかの痕跡を残しているハズだった。


 ディック・スコフスキー博士。

 ターゲットは多分「モビー・ディック」(でかいやつ)なのだろうなと、眠いのを我慢しながら思った。ちなみにハーマン・メルヴィルの小説「モビー・ディック」の日本語版の題名は「白鯨」となっている。



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