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深海の白鯨  作者: 黒川文
7.対潜哨戒機
20/21

(2)


 対潜哨戒機P3Cは夜通し太平洋上を飛び続けた。

 午前三時を過ぎる頃、東の空が少し白んでくるのが窓の向こうに見えた。

「見惚れている場合ではありませんよ。もうG7サミットの時間までギリギリなのです」

 マッケイ大佐は悲痛な面持ちとなっていた。


「一つだけ試してみたい方法があるんです」

「何か?」

 マッケイ大佐は、芽衣の提案に一筋の光明を見出したいという希望がありありの表情を見せた。

「こんな時に聞くのもアレなのですが」

「何です?」

「ソノブイって高いんですか?」

「ええ? 何をする気ですか?」

「もしかしたらと思うんです。アルテミスは磁気を中和して磁気探知機をごまかす能力があります。と、同時にノイズキャンセリング機能を使って、ソノブイの音響探知機も騙してしまいます」

「ええ、そうですよ」

「何個かソノブイを打ち込んで、探信音波を海中にぶちかまします。その時にですが、磁気中和装置の一部がノイズキャンセリング機能へ振り分けられると思うんです。そこに一つの可能性があると思うんですよ」

「同時に作動出来ないと言うことですか?」

「アルテミスの探信装置の妨害機能は完璧とも言えるのですが、それを同じ電磁石でこなしているのではないかと思うんです。しかし、もし、別の電磁石でも、同時に打ち込むことで時間差が生じるはずなのです」

「ああ……。そう言うことですか。ああ、君?」

 と、マッケイ大佐は背後にいるスタッフへ声をかけた。


「この機に搭載されているソノブイは特別仕様でして、通常型の約二倍の価格です。一個当たり一万五千ドルです」

 と、彼はマッケイ大佐に答えた。

 芽衣は頭の中で円に換算した。ざっと二〇〇万円だった。背筋がゾクっとした。

「いや、芽衣さん。やってみましょう。元々、積んである装備は一回のミッションで使い切るのが前提になっています。五〇個でも一〇〇個でも構いません」

「ああ」

 すごいお金の使い方をするのだなと、ある意味、感動ものだった。こんな予算の一部でも大学の研究費に回してもらえると、とも思った。山本教授が普段からお金に汚いことの一因は、予算の獲得がそれほど大変だと言うことからだった。


「一度、高度を上げてください。それでアルテミスからの探知を振り切ります。その後、ソノブイを打ち込みます。音波をアルテミスに探知させるためのものなので、一斉にドカンとお願いします。その次に高度を下げて磁気探査を行います。いいですね?」

「やりましょう!」

「ラジャー!」

 と、皆が返事した。と同時に機体は上昇を始めた。


 マッケイ大佐は無線機のマイクを手に取った。

「アルファ・ワン、アルファ・ツー。こちらデルタ・ゼロ。聞こえるか?」

 ——ガガっという音と音声がスピーカーから聞こえた。

 話の内容からすると、付近を飛んでいるはずの二機のヘリコプター宛の通信だった。彼らはアルテミスを捕獲するためのスチール製の網を装備している。次の探査で居場所がわかったら、その場でそれを投入するのだ。ヘリコプターは二機しかない。それが最初で最後のチャンスとなる。

「アルテミスが浮上した後はどうするんですか?」

 と、芽衣は尋ねた。

「ヘリコプターにはそれぞれ五名ずつの特殊部隊員が乗り組んでいます。彼らがアルテミスの艦橋のハッチに取りついて、ガスバーナーで焼き切り、内部へ突入することになっています。捕獲に成功して浮上させられればです」

「失敗したら?」

「その時には、この機体から爆雷を投下することになっています。直撃はしなくても、船体に穴が開けられればという予定です。それにも失敗した場合には……」

 最後まで聞かなくても、任務遂行に失敗した場合には、もうG7のセレモニー会場が火の海になることは確実だった。


「ええと。地球の磁場を五・〇×一〇のマイナス五乗テスラ。ソノブイの音波が五〇〇ワット。減衰は対数カーブに沿うとすると……」

 芽衣はポケットから取り出した関数電卓を叩いた。

「わかるのですか?」

「五〇メートルおきに投下して下さい」

「ううむ。よし。ソノブイ準備!」

「ラジャー!」

 マッケイ大佐は芽衣の横に来た。共に海図を覗き込む。

「確率的にはこの赤いエリアだと思うんですが……」

 そこには自信がなかった。追い詰められた潜水艦がどう動くのか?

 マッケイ大佐は、顎に手を当てて考え込んだ。

「いいでしょう。そこに賭けてみましょう。駄目なら位置をずらせましょう」

 そして、マッケイ大佐はマイクを握った。芽衣の目を見つめる。頷いた。


「投下!」

 マッケイ大佐の合図でソノブイを次々と投下させた。機体下部の赤外線カメラで海上の様子が浮かび出された。ソノブイはパラシュートを開いて海面へ落ち、そして、切り離して着水した。すぐに最大音波が発せられる。

 芽衣は磁気探知機の画面に食い入った。


 相変わらず上から下への波が表示されるだけだ。

 しかし、芽衣の目にはピンと来るものがあった。今度は綺麗に海中にあるものを浮かび上がらせた。やはり、磁気中和装置とノイズ・キャンセリングの電磁石は同時には効かなかったようだ。

「ビンゴ! 座標設定します!」

「OK!」

 マッケイ大佐が頷くのを見て、操作盤のトラックボールを回転させ、浮かび上がった位置を入力した。そして、マッケイ大佐の方を見て頷いた。


「アルファ・ワン、アルファ・ツー。こちらデルタ・ゼロ。設定した座標へ向かえ。スチール・ネット投下せよ。繰り返す。投下せよ」

 芽衣はその横でマッケイ大佐のマイクを見て、そして赤外線カメラ映像に食い入った。

 二機のヘリコプターは正確に設定地点の上空へつき、そこから機体下にぶら下げていたポッドを切り離した。投下途中に爆薬を作動させ、その勢いでネットを展開させた。すうっと海上へ吸い込まれた。


「先端の錘がうまく艦体に回り込めばいいのですが……」

 マッケイ大佐は赤外線カメラ映像に食い入った。スチール・ネットは海中へと沈んでいく。そして数秒後。

「大佐! 海中音に変化がありました。スピーカーへ繋ぎます!」

「うむ」

 ——キーンという探信音に被さるように、ギギギという金属と金属が擦れる音が鳴り響いた。まるで海中を進む、鋼鉄の鯨を絡め取ったかのような断末魔の叫びだった。

「かかりましたね」

 と、マッケイ大佐は静かに言った。

「ふむ」

 と、芽衣は相槌を打った。


「来ます!」

 とスタッフが叫んだ。

 芽衣とマッケイ大佐は固唾を飲んで赤外線カメラ映像を見つめ続けた。


 海面に大量の泡が浮かんできた。

「あれは?」

「メイン・タンク・ブローです。バラスト水を圧縮空気で外に吐き出すんです」

 泡と共に白い船体が浮かび出た。ちょうど、東の空が明るくなりそれを輝かせた。


 真っ白な船体だった。潜水艦らしくない形状をしていた。艦橋は小さく、船尾のプロペラはついていなかった。ポンプジェット推進だ。特徴的なのは本体横に四枚のフィンがついていたことだった。——これがアルテミス? おそらく白い塗装に小さなマークは、実験艦であることを示していると思われた。


「ああ!」

 芽衣とマッケイ大佐は同時に声をあげた。

 追い続けていたものが、まさにこの白鯨だったのだ。


 二機のヘリコプターは降下しアルテミスの上に着き、特殊部隊員を運んだ。前部と後部のハッチをバーナーで焼き切る。そして、援護の一人を置いて残りの四名の二チームが艦内へとなだれ込んだ。五分後、無線で司令所の制圧を告げた。


「ふうっ」

 マッケイ大佐は胸を撫で下ろした。


「アルファ・ワン。アルファ・ツー。こちら、デルタ・ゼロ。特殊部隊員をそのままアルテミスへ残して現場を離れろ。そろそろ空中給油機が合流する。高度を取れ。どうぞ」

「ラジャー!」

 と、元気な声で無線が入った。

「アルテミスはこのまま近くにいる駆逐艦に曳航させ横須賀に入港させます。我々も引き上げます。こちら司令所……」

 マッケイ大佐はそう言ってマイクを握り操縦席へと命令を出した。芽衣はふうっと全身の力が抜けた。



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