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深海の白鯨  作者: 黒川文
6.浦賀水道
16/21

(1)


 午後十一時の会議室。

 大勢でごった返している中、芽衣はたくさんあったパソコンの一台を借りた。マッケイ大佐が横から覗き込む形だった。カタカタと大きな音を立ててキーボードを操作した。


「これが、九月九日時点でのJ.J.トムソンのいた場所です。確かにあたしも飛行機から煙を見ました」

 と、芽衣は画面に展開させた太平洋全体を俯瞰した地図の一部を指さした。

「マッケイさん。この時に真上にいた通信衛星はわかりますか?」

「ふむ。……おい、軍曹!」

 と、大きな声でスタッフの一人を呼びつけた。


「サー?」

 彼はそう言った。

「すまないが、この時間の衛星の位置を割り出してくれ」

「イエス・サー!」

 彼はすぐに自分の持ち場へ帰り、小さな箱を手にして戻ってきた。箱を開けて小さなUSBメモリを取り出し、芽衣が使っているパソコンに挿した。そのまま操作して画面を切り替え、ログインしてから画面を操作した。

「これが、この時間の衛星の配置です。サー」

 マッケイ大佐はじいっと画面を見つめた。

 確かに宇宙空間は、もう何でもありと言ったのが嘘ではないと思われるくらいに多数の衛星が飛び交っていた。

「QX08号機とWT05機、KL038号機が、ほぼこの位置にあります。サー」

 軍曹はそう言った。


「芽衣さん。どう思います?」

 マッケイ大佐は腕を組み、芽衣に尋ねた。

「もしも……ですが」

「もしも?」

「犯行グループが『正義の力』だとすると、おそらく極東地域からアクセス。『リトル・エンペラー』だとすると、東南アジア、特にシンガポール付近にいると思うんです。衛星へのアクセスはどちらかでも可能と思うのですが、マラライア共和国連邦の地下資源を巡る……いわゆるビジネスだとすると、こっちでしょうか?」

 芽衣はQX08号機を指さした。

「完全なビジネスと割り切る? 報復の線はどうでしょうか? 能力的にも」

「『正義の力』は、実体のないフリをして相手を巧みに操作しています。もしかしたら『正義の力』も実体のない組織かもしれませんし、報復と見せかけたビジネス。逆にビジネスと見せかけて報復、そして、その両方と、どれもが疑わしいというのが実情だと思います」

「なるほど。今、ウィルバー・ライトマンがスコフスキー博士やDARPA関係者の身辺調査をしています。かつて葬り去られた『正義の力』計画の報復、彼らには姿を消した科学者たちの行方を追い、計画自体を復活させる目的があるのかも知れませんね」


 芽衣は一呼吸して間を置いた。

「J.J.トムソンが大破する前に、アルテミスと量子通信衛星の間で『極秘の命令』がなされていたことがあったではないですか?」

「ええ」

「今回も同じ命令が出るのではないでしょうか。例えば、原子力空母ベンジャミン・フランクリンの弾薬庫で核爆弾が奪われ、起動させられてしまう可能性がある。撃沈せよ。繰り返す。撃沈せよ。と」

「それはあり得る話だと思います。ただ、原子力空母の乗っ取りは物理的に困難だと思います。流石にアルテミスの艦長も不審に思い、どこかへ問い合わせをするのではないでしょうか」

「J.J.トムソンの時です。外部から何度もアクセスを受けていて、何度もファイア・ウォールで弾かれていた形跡が一個だけあります。QX08号機です。もし、あれからアルテミスが浦賀水道へ進路を向けていたら、どの位置にありそうですか? もしかしたら、今回もQX08号機が使われるのでは?」

「ふむ」


 マッケイ大佐も腕を組んだまま下を向いた。

 軍曹も箱を抱えたまま、心配そうな顔で横に立っていた。

 芽衣も心配だった。ベンジャミン・フランクリンがアルテミスからのミサイルを喰らった場合、飛行甲板の上でセレモニーをしているG7各国の首脳とオブザーバー参加のキジキスの大統領が被害に遭う。キジキスの東京メンバーとも言える大使館員にも責任が及ぶのは明白だった。

「あの時には量子通信衛星の乗っ取りということでしたね?」

 マッケイ大佐は俯いたまま尋ねた。

「量子通信衛星とアルテミスとの間の信号は原理上、盗聴は出来ません。しかし、地上の無線局と衛星との間は、通常通信ですと盗聴や侵入は可能です。こちらも量子通信の場合はダメですが。しかし、多分、地上と衛星との間は通常通信なのでしょう?」

 マッケイ大佐は軍曹の方を見た。

「サー」

 と軍曹は答えた。通常通信だと言うことだった。

「この侵入のやり方だと、多分、リトル・エンペラーのハッキングの特徴と似ている気がします。しかし、リトル・エンペラーでは動機の面で少し薄い……もし、正義の力が背後で彼らを動かしていて、リトル・エンペラーをレア・メタル、レア・アース利権で釣って操っていたとしたら、かなり自然ではないかと思うんです。もちろん、リトル・エンペラー自身は操られているとは思っておらず、自分でこの利権を探し出して、この工作を仕掛けて金を得るのだと思い込んでいるのです」

「確かめられますか?」

 マッケイ大佐は興味深げに尋ねた。


「リトル・エンペラーが貴金属や希少元素なんかを現物で買っているか、あるいは、先物相場で買っているか、それがあれば、証拠となるかと思います」

「ふむ。こちらで調べてみましょう」

 と言い、部屋の隅にある電話機に向かった。

 しばらく話をし、そして、受話器を置いた。こちらに向かって手でグッドサインを作って見せた。

「やっぱりそうでしたか?」

「ええ。こちらの情報部でも把握していました。彼らのダミー会社で大口の取引を数ヶ月前からしているそうです。ざっと五億ドル規模の買い入れだそうです」

「五億!」

 これには芽衣もびっくりした。マッケイ大佐は続けた。

「そして、もう一つ残っています。正義の力とリトル・エンペラーの関係です。いくら高額商品でも、G7サミットそのものを攻撃するとか、原子力空母にミサイルを打ち込むとか、これは単なる金銭的利益だけではないでしょう」

「正義の力は、偽の情報でリトル・エンペラーを釣り上げた。通信衛星へのハッキングはかなり難度の高い技術です。しかも、正義の力そのものは、衛星への攻撃手段を確保するための開発プロジェクトだった過去があります。しかし、それが途中で頓挫した。なので、ハッキングそのものは、リトル・エンペラーのハッカーたちを利用することで代用した。そう考えると、通信衛星に送られたメッセージを解析することで、ある程度わかると思います」

「どんな風に?」

「まず、文章です。かなり米軍の通信に似せていると思います。それと、通信衛星QX08号との接続です。正義の力であれば、元々が電波兵器からのものなので、かなり米軍内での通信は研究され尽くしていたと考えてもいいかと。しかし、ハッキング自体はやはり、普段からやり慣れているリトル・エンペラーの方が得意なのだと思います」

「ふむ……」


 マッケイ大佐は、また先ほど使った電話へと向かった。

 少し、テーブルに腰掛けながら話しているのが、芽衣からも見えた。


「芽衣さん。国家安全保障局が、彼らの通信を傍受していました。相手を騙して利用しているのは間違いなさそうです。通信の一部は解読出来ていないそうなのですが、おそらく正義の力とリトル・エンペラーと見て間違いなさそうだという見解です」

「あの。こんなことを言っていいのかわからないのですが?」

「会場のことですか?」

「はい。後藤室長はえらくお怒りでしたが、場所を変えることも検討に入れるべきだと思うんです」

「それについては、あれから国防総省と国務省の間でも検討されていました。しかし、テロリストに屈したことを表立って示したくはないという、あちらの事情があるそうです。あえて開催し、彼らの無能さを世間に知らしめたいとすら言っています。なので、変更は今のところかなり難しくなっていますし、もうG7サミットまでの期間がないのです」

「でも、アルテミスはまだ捕まらないのですよね?」

「彼らとて万能ではありません。現在の推定位置はある程度絞り込んでいます」


「一つだけ考えがあるのですが……」

「アルテミスを見つけ出そうと言うのではないでしょうね」

「それなのです。アルテミスは『完璧』な磁気を発生させています。地球のと同じ方向に。だから、対潜哨戒機の磁気センサーでも探知できなかった」

「そうです」

「スコフスキー博士から頼まれてアルテミスを探した時には、完全に見えないものでした。しかし、それはフィルターでもってノイズを除去していたためのものです。あの時の方法で見つかる可能性があります」

「そんなことが?」

「何もないことそのものが、その存在を証明している。それが今回の肝でした」

「ふうむ」

「もう一度、あの時の対潜哨戒機P3Cをお借り出来ないでしょうか。あのコンピュータであれば、あたしのプログラムがそのまま使用できます」

 芽衣の提案にマッケイ大佐は考え込んだ。

 不確定なことに、人員を割かなければならない。そして、アメリカ国内でも秘密裏に運用していた「旧式」の機体であった。

 それはそれで、リスクでもある。

 そして、二十秒ほど経過した。

 マッケイ大佐はニヤリと笑をこぼした。

「出来ないでしょうか?」

 芽衣は尋ねた。

「我々に出来ないのは、『我々には出来ないと言うこと』だけですよ。そのアイデアに乗りましょう。1パーセントでも望みがあるのなら、賭けてみるのが私の流儀です」


 マッケイ大佐はまた電話へと向かった。


「それからもう二つあるんです」

 芽衣はついでと言わんばかりにアイデアを述べた。

 うまく行けば、G7サミットを無事故で乗り切り、山本教授が後藤室長へ恩を売ることに成功するかも知れない。それはそれで、研究室の利益になることだった。後藤室長は総理大臣の右腕とも言われている。後で文部科学省への研究助成を得る話にも、乗ってもらいやすくなるに違いない。


「テロ組織のことですか?」

 これにもマッケイ大佐は身を乗り出した。

「偽の商談を持ち掛けます。パラジウムなんかを売り込みます。相手が食い付けば、そこに活路を見出せると思うんです」

「パラジウム?」

「大量の……例えば1トンほどです。出来れば、今回のキジキスがマラライアとの仲立ちをするのを妨害して、値段が上がるのを前提に動いています。リトル・エンペラーがです。もし、手持ちのパラジウムが増えれば、その後の売却で多額の利益が見込めます」

「それは……そうでしょうね。でも、1トンものパラジウムなんて、この時期にどうやって手に入れるんです?」

「それを架空の取引として持ち掛けるんです。契約書を添付ファイルとして、開くとウイルスに感染するようにします。ウイルスはデスクトップのファイルをこちらへ送信するタイプのものです。これは、あたしが作ります」

「すると、リトル・エンペラーのアジトが判明するという訳ですか?」

「多分、シンガポール辺りにいると思うんです。場所がわかれば、そちらが動くか、現地警察が動くか出来ますよね?」

「なるほど」


 マッケイ大佐は手元のメモにそれを書き記し、内ポケットへ入れた。

「もう一つというのは?」

「衛星を一つ貸してもらいたいのです。QX08号からアルテミスへの通信をこちらへ切り替えます。その情報は多分、正義の力へリークされると思うんです。ただし、身代わりの通信衛星にはこちらへの信号のコピー送信をしてもらいます」

「すると、正義の力がその身代わりの通信衛星からアルテミスへの偽の通信を行うということですか?」

「そうです。そして、その身代わり衛星を使って、こちらが相手を逆探知します。おそらくウラジオストック辺りだと思うんです」

「摘発はどうするんです? 相手がロシア政府絡みだとこちらからは手出しが困難ですよ」

「こちらが手を出す必要はありません」

「どうやるんです?」

「逆探知した後に、正義の力の使っているデータサーバーに偽のファイルを仕込みます。『中央政府の転覆』を装ったものです。新たに手に入れた量子通信衛星を武器に中央政府への電子的攻撃を行い、現在のヨシフ・マレンコフ大統領を失脚させる。そんな計画のシナリオです」

「ほほう?」

「マレンコフ大統領は脅威に感じるでしょう。これまでにも、政敵が現れるたびに何らかの事件を偽装して相手を失脚させたり、暗殺したりしていますよね? それが、自分に返ってくる。独裁っぽい政府ならではのジレンマと思うんです」

「なるほど。わかりました。情報部へ打診してみましょう」

 マッケイ大佐はまたメモを書き記した。



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