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かくしてヒトはゼロを求める  作者: エクス
一章 - よろずの錬金術 編 -
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第一話 錬金術士のふとした日常

俺は、かつて白塗りだったらしい、混凝土(コンクリ)製のひび割れた壁を一瞥しながら裏口に回る。

ノブにサビつきが生じているらしいドアを叩き、声をかける。


「こんにちは。

 錬金術士斡旋所(ギルド)、アルベドの者です。

 依頼を受けて参りましたが、入ってよろしいでしょうか」


1秒。2秒。3秒。

少し待つと、遠くの方から、間延びした声が返ってくる。


「いいですよぉ〜、入ってきてもぉ」


家主から許可が出たので、俺はノブを回して外開きのドアを開き、中に入ってから静かにドアを閉める。


「失礼します」


中は俺の想像していた状況よりは多少マシだが、そのあたりには開かれて中身のないままの保存食用の缶やら、くしゃりと雑に丸められ放り投げられている紙の山やら、いつ使ったのかもわからないような比較的きれいな紙の束やらが、無造作に乱雑に放置されていた。

缶の中から漂っているのだろう様々な匂いが混ざり生み出されたいかようにも形容しがたい悪臭が、俺に、ここをこのままにしておいた前任者の精神を訝しませる。

同時に俺は、これをどうにかしてからでないと他の場所を良くする意味がないと気づき、大きなため息をつく。


「はぁーあ」


俺は怒気を孕んだ声でもって、依頼人へこちらに来るように呼びかける。


「依頼人さん。

 可及的速やかに(なるはやで)こちらまでお越しください。

 ちょっとばかりお話がございます」


しばらくすると、ガラガラ、カラカラと缶の転がる音が鳴り、

かさかさ、くしゃくしゃと紙のゆがむ音が聞こえ、

奥の部屋からボサボサ髪にメガネをかけた男が現れた。


「どうかしましたかぁ〜?」


……どうにも、彼はこの惨状をなんとも思っていないようだ。


「とにもかくにも、このゴミ屋敷をどうにかしないと依頼は始められません。

 追加の報酬は要りませんので片付けを手伝ってください。

 はい、またはYes、で返事を」

「えぇ〜、なんでこれをやらないといけないんですかぁ」

「返事は」


俺が怒気をより孕んだ声で返すと、彼はビクッと反応し、


「うっ、わ、わぁかりましたよぉ〜!!」


といって適当に作業を始めた。

こりゃだめだ、と思ったので、俺は彼に作業のやり方を丁寧に教えていく。


──────────────────────────


そのようなことで半日を依頼前の作業で縛り付けられた。

が、後は窓とドアとを開けて換気するだけで大分(だいぶ)マシになる。

俺が窓を開けるかたわら、男はきれいな家を見て立ち尽くしていた。


「ボクの家、って、こんなに、広かったん、です、ねぇ」


呆れ返るほどの発言だが、ずっとあの惨状で暮らしていたのであれば、この広さにああなってしまうのも仕方ないだろう。

俺は全部の窓を、全部のドアを開けてから彼に話しかける。


「さて、依頼の確認を行いましょう」


男はしばらくポカンとしていたが、今思い出したかのようにハッとなったあと、依頼内容を話してくれた。


「ボクはタウ、といいますぅ〜。ここで絵描きなんぞをしていましてぇ。

 今、ほら、インク不足でしょぉ?

 だからぁ、錬金術師の人に材料費と人件費として、いくらか報酬をお渡しして、代わりにインクをいただきたいなぁと、思って依頼を出したんですよぉ」


なるほど、タウさんは絵描きだったのか、と俺は理解する。

絵描きは子供用の図書や町の催し物の紹介紙などに添える絵を描く仕事だ。

印刷魔術が発達した今の世でも、原画になる絵は絵描きが描いている。

紹介紙も、絵描きの書いた絵を基準に文章や写し絵を配置して仮印刷、という流れになるのがほとんどであるので、絵描きはそれほどに重要な部分を担っている。

この町の広報誌の更新が止まったのは、昨今のインク不足──元凶は、インクの材料である魔物ウサギの狩猟が禁止されたからだが──に起因するもののようだ。

であれば、俺にとって、これを手伝うことは吝かではない。


(うけたまわ)りました。タウさんの依頼、インク供給を、行わせていただきます」

「本当ですかぁ!ありがとうございますぅ〜!!」


タウさんの顔が、ぱああと、明らかに明るくなる。

俺は整理の間に見ていたインクの質感から、類似した質感で黒い、あるいは黒く染められる液体を考える。


(うーん、ニグレドのエリクシルは手についたときに危険性が跳ね上がるから利用できないし、水に溶けて程よい粘性になる黒色粉末を作るかなぁ。そうなると色の配合比率とか描き心地とかを本人の感覚に合わせて調整してって事だか、ら……あっ」


考え事をしているといつの間にか言葉になっているのは、俺の悪い癖だ。

気味悪がられるかと思っていたが、タウさんは俺のことをキラキラした目で見ていた。


「よくわからないけどぉ、ボクが手助けになれるんですねぇ?

 依頼した身ですしぃ、できることはやりますよぉ〜!」


と言ってくれるのだ、助力を求めようか。


「ありがとうございます、タウさん。

 それじゃあ、俺が新しいインクを作っていくんで、色合いと描き心地がどういうふうに違うか教えてください!

 俺、いくつも作って近づけていきますから!」


よし、こっから才能、シャイニング!

──────────────────────────


「こいつはどうです?」

「うーんと……ビミョーに赤っぽい感じですねぇ〜。

 ちょっと違うかなぁ、と思いますねぇ〜」

「じゃあこっちはどうです?」

「えーと……あー、こんな感じですこんな感じぃ。

 描き心地も気になりません〜。

 これがいいなぁ、と思いますよぉ〜!」

「それじゃあ、こいつで決まりってことでいいですか?」

「はい、ボク、これをいただきますねぇ〜」


依頼を達成し、俺は斡旋所(ギルド)の直売所で売る新インクのレシピを清書してみる。


「それはもしかしてぇ、もしかしますかぁ?」

「はい、このインクのレシピを、直売所の製造科に送付するために清書してます」

「それはぁ、すっごくありがたいですよぉ〜!」


清書したレシピを筒状にして、それを赤い紐で括り、紐の結び目に封印用ののり付けを行って収納魔術(インベントリ)にしまい込む。


「ボクたち絵描きも、資源が増えれば細部まで描けますからねぇ、売ってくれればこの上なく嬉しいものになりますよぉ!」


この後、俺はタウさんと少し話をして、斡旋所(ギルド)に戻った。

依頼報酬はタウさんから受け取ったし、依頼成功印もタウさんに押してもらえた。

あとは依頼書を受付の人に渡して依頼完了だ。

──────────────────────────


「受付さーん、俺、依頼達成してきましたよー!」


結果確認用カウンターで依頼報告を行う。

すっかり暗くなってしまったけれど、

受付の人は達成された依頼書を預かってくれた。


俺はタウさんと相談しながら作った新インク、その完成版のレシピを製造科あてに送付して家路につく。


今日も一日が更けてゆく。

明日は明日の風が吹く。

昨日は過ぎた思い出に。

万能までの道は遠く。

いかがでしたか?

誤字脱字など、書きながら確認してもどこかで

ミスするのが人間です。

もし誤字脱字がありましたら、

(誰かが書いてるかも……)などの遠慮をせずに、

ドシドシ誤字脱字をご報告ください!

もちろん、コメントも執筆の励みになりますので、

ぜひぜひ、お願いします!

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