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序:愚者と愚者

 かつて、〝死の商人〟と呼ばれた科学者……アルフレッド・ノーベル。


 1863年、彼は爆薬の一種であるダイナマイトを発明した。

 不安定だったニトログリセリンを安全かつ大量に精製し、加えて珪藻土に染み込ませることでさらに安定性を高めるという技術を開発。特許を取得し、彼は巨万の富を得た。


 彼がダイナマイトに望んだのは、土木工事における活躍……そして、平和への願いだった。


 彼はこう考えていた。『国同士で互いが強力な兵器を有し牽制し合えば、無用な戦争は起こらなくなるのではないか』と。

 兵器を手放すのではなく、むしろ発展させる事で平和に繋げられる、そう考えたのだ。


 だが、彼の願いは虚しく否定される。

 ヨーロッパで起こった戦争にダイナマイトは使用され、大勢の人間に死をもたらした。平和に繋がるどころか、より大きな悲劇をもたらした。


 彼はこの結果に嘆き、憤り、絶望した。

 彼は兄に向けた手紙に、次のような自己評価を載せていた。



 ───この惨めで半病人のアルフレッド・ノーベルはこの世に産声をあげた時に、人道的な医師によって窒息させられていればよかった。



          ∽ ❃ ∽



 全ての存在に意味はある。

 誰しもに生まれてきた意味があり、意義があり、それは誰にも否定できない尊いものだ。


 鯨の一頭から蟻の一匹に至るまで、如何なる命も他の命と繋がり、輪を描いている。

 食物連鎖の図を掲げ、生物の生態を語り、そんな妄言を吐いていた誰かが、遠い昔にいた気がする。


 今ならばわかる。それは全くの間違いだと。

 誰がどう擁護しようと、正義を語ろうと。



 存在する価値のない者───端から存在してはならなかった者は、確かにいるのだ。






 走る、走る。無駄に長く遠い通路を只管に走る。

 息が上がり、足が重くなるのを感じながら、只々暗い通路の先を見据えて走り続ける。


 街の遥か地下に通された秘密の通路、己の知らない間に建造された極秘の研究室への道。

 己の知る男が作り上げたというその道を、走りながら睨みつける。


 途中で何人も、白衣を纏った者達と出くわし、その全員が向かってくる。

 戸惑いの声を上げ、次いで敵意を露わにして、こちらの歩みを阻止しようと各々の得物を手に立ちはだかる。


「な……何だお前───ぶっ⁉」

「侵入者───ぎゃっ‼」


 騒がしく鬱陶しい彼らを、適当に排する。

 自身の目の前の気圧を操作し、強風を生み出し爆発させる。白衣の彼らは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ崩れ落ちる。


 怪我の有無だの生死だのを気にしている暇はない、どうでもいい。

 邪魔な障害物を纏めて薙ぎ払い、探し人のもとを目指す。


 そうすると、やがて通路に終わりが見える。

 長い長い通路の先に鎮座する、妙に装飾に気合いの入った厳重そうな扉。


 それに向けて、手を翳す。

 掌の前で空気中の元素を操作し、生じた熱を一点に収束させる。見る見るうちに空気が凝縮されて光を発し、突如強烈な光を放つ。


 ぼんっ!


 発生した爆炎が目の前の扉に炸裂し、融解させ粉々に吹き飛ばす。

 真っ赤に溶けた鉄の飛沫が飛び散り、熱波が己に吹きつけられるが、気にせず開かれた扉を潜る。


 その先にあったのは、不気味な空間だった。

 円形に広がる半球状の空間。平たい床からは青白い光が昇り、天井を青白く染めている。


 光っているのは床そのものではなく、床に走る複雑な模様だ。

 図形と文字が細かく絡み合い、円の中に収められた……しかし継ぎ接ぎな印象を抱かせる歪な模様。



 その中心には、一人の男が───己の探していた人物が、悍ましい笑みを携えて立っていた。



「───ぁははははは‼︎ よくぞ来られましたねぇ先生ぇ…! 僕が神になる瞬間にようこそぉ‼︎」


 派手に登場した己に、床の光の模様を見つめてぶつぶつと呟いていた彼は男は、今更気付いたとでもいうように笑う。嗤う。


「呼んでもないのによく来てくださいましたねぇ! あ、やっぱりあんな事言っといて僕の才能が惜しくなりました? そうなんでしょ? 優秀で有能で最高で唯一無二な大天才の僕が見せる前代未聞の大発明を成功させる瞬間に立ち会いたくなったんでしょ? も~先生はしょ~がないなぁ‼」


 こちらが苛立ちから眉間に皺を寄せ、目を吊り上げている姿が面白くて仕方がないというように。

 男はにたにたと目尻を下げ、口角を上げる。口の端が耳まで裂けて見えるその顔は、まるで()()()でも伝承されている悪魔のようだ。


 ぎり、と歯を食い縛り、怒鳴りつけそうになるのを堪える。

 目が血走り、頭に血が昇るのを感じながら、必死に手が出そうになるのを抑える。


 今すぐに飛び出し、目の前でべらべらと好き勝手に喋り続けるこの男の顔面を殴り飛ばしたい衝動を抑え込み、必死に冷静さを保つ。


「……おい、糞餓鬼。一応聞くが、これはどういうつもりだ」

「んん〜? さっき言ったのにもう忘れたんですかぁ? それともいちいち説明しないとわかりませんかぁ? 僕が神になる偉大なる瞬間だって言ってんでしょぉ〜?」

「どうでもいいんだよおまえの企みなんざ」


 一々癪に障る喋り方。最初に顔を見せた時から変わらない、傲慢な態度。

 他人を見下し、利用する事しか考えていない下衆な目で、師と呼ぶ己を蔑視し嘲笑っている。


「この術式は……!」


 足元に広がる歪な模様、何らかの効果を発揮する術の回路()を見渡し、やがて思わず目を見開く。

 それの製作者は、何を勘違いしたか得意げに鼻を鳴らし、回路の中心で舞台役者のように大仰に胸を張る。


「流石先生……一目でおわかりになりましたか。どうです? 美しいでしょう? 僕の研究の集大成ですよ! これを実現するために、あなたは実に役立ってくださいましたよ! 嬉しいでしょう? 嬉しいですよね? 偉大な僕の栄光の一部となれるのですから! こんなに嬉しい事は他にありませんよねぇ⁉︎」


 うっとりと、自らの作品を見下ろし語る男。

 それに構う余裕はなく、真下で輝く回路を……数多の人間を犠牲にし発動する回路を凝視して、冷や汗を垂らす。


 見覚えのある式が、自らが構築に深く関わった式がいくつも見当たり、それが強引に繋ぎ合わされている。言うなれば継ぎ接ぎだ。

 このまま発動したとしても、望む結果は得られないどころか、想定以上の被害がもたらされるだろう。


「やめろ‼︎ こんなものが成功するか! こんな寄せ集めの継ぎ接ぎだらけの術がまともに発動するはずがないだろうが! 今すぐに止めろ‼︎」

「うるさいんだよ、老い耄れ。お前の知識は全部いただいた。お前はもう用済みだ……失せろ」


 我を失う訳にはいかないと、発動する前に説得を試みるも、返ってきたのは冷めた拒絶の言葉。

 最低限はあった敬語も消え失せた、己にのみ価値を感じた、師をも使い潰すだけの道具としか認識していない乱暴な声がぶつけられる。


「ずっとずっと鬱陶しかったんだよぉ…! 僕のやる事なす事全部に文句つけて否定してさぁ…! この! 天才の! 唯一の! 絶対の! 全てを超越する才に満ちたこの僕をお前は何一つ認めようとしない! ただの嫉妬のくせに! 僕に超えられるのを恐れたただの臆病者のくせに!」

「お前に弟子を名乗る事を許した覚えは一度もない…!」

「ほらそれだ! お前は僕を否定するばかり! 僕を一切認めようとしない! 僕の話すら聞かない! 僕の全てを否定し拒絶する! 師を名乗る資格がないのはお前の方だ糞爺!」


 唾を吐きながら、男は吠える。

 化け物じみた形相に変わりながら、腹に溜まった鬱憤を思う存分ぶちまけ続ける。


「価値があるのはお前じゃない、お前の持つ知識だけだ! お前はただ僕に全てを開け渡せば良かったんだ! それだけあればお前には何の価値もないんだ! ただそれだけのくせに、ずっとずっとずっとずっと師匠面しやがって! 鬱陶しい! 邪魔臭い! 腐った塵の分際で! 屑が今更僕の前に出しゃばるんじゃない!」


 がんっ、と男が床を蹴りつける。

 その瞬間、張り巡らされた回路の放つ輝きが強くなる。


 床の更に下からは獣の唸り声のような重低音が轟き、空間全体がびりびりと振動し始める。

 まるで、巨大な生物の心臓が脈打つように。


 術が発動した。

 そう理解するよりも前に、弟子を名乗る男に向けて走り出す。


「やめろと言っている‼︎」

「うるさい! もう遅いんだよ! お前も真の神たる僕の生贄となれ‼︎」


 悍ましい哄笑を上げる回路の中心へ急ぐ。

 強引にでも発動を止める為に、術者たる男を標的に全速力で跳ぶ。


「糞餓鬼がぁぁぁぁ‼︎」

「ひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははは───────ぁえ?」


 甲高い声で嗤い、舌を出し、師を、己以外の全てを嘲る男。


 その顔が、不意に引き攣り歪んだ。

 ばちっ、と回路から迸った紫電に、目を瞬かせて表情を強張らせる。


 あっという間に笑みが消え、怯えが顔全体に現れた直後───真っ白な光が空間全体を染め、その場にいた者を呑み込んだ。






 ……この時からずっと、ある一つの考えが己の中に刻み込まれている。


  が生まれて来なければ、こんな事にはならなかったのに。

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