或る湖畔の狂気
チム子はそれはそれは頭の良い娘でした。同じく天才である妹のマム子と共に、これまでに数々の難事件を解決してきたのです。
そんなある日、いつものようにチム子の家に依頼の電話がかかってきました。
その時チム子たちは小学校に行っていたので、代わりに彼女たちの母親が出ました。
『裏の、湖に、また、子どもが』
治安の悪いことで有名なジンタイという町の、大きな屋敷に住む奥さんからでした。彼女の屋敷は湖畔に建っているのですが、湖での事件は基本的にいつも彼女が第一発見者となり、警察に通報していました。
もちろんチム子もマム子も警察ではないので、いつも警察の次に報せが来るのです。
母親から報せを受けたチム子たちは学校を早退し、さっそくジンタイの湖に向かいました。
湖に到着すると、いつもの刑事さんたちがいました。
「やぁチム子ちゃん、マム子ちゃん、こんにちは。今日も名推理頼むよ」
刑事さんは2人に挨拶を済ませると、すぐに推理の依頼をしました。
事件にしても事故にしても、彼女たちに任せればどういった経緯でコトが起こったのかを知ることが出来るので、とっても頼りにしているのです。
「くだらない人。マム子も嫌いよね、こういう大人」
「いかにも、憤懣やるかたなし」
2人は碌に捜査もせず、いつも小学生である自分たちばかりに仕事を頼んでくる大人が大嫌いでした。
「ああ、ごめんよ。僕たちも頑張るからさ、協力してね」
刑事さんは手を頭の後ろにやりながら申し訳なさそうに言いました。
「先月はは、3人、全部、大人。子ども、久しぶりりり」
第一発見者である屋敷の奥さんが言いました。先月の3人も全て彼女が第一発見者でした。
彼女には2階にある自分の部屋から双眼鏡で湖を眺めるという趣味があるので、第一発見者になりやすいのです。
喋り方が変なのは日本人ではないからだと思います。
「そうですね、先月は全員自殺という結論にいたりましたが、今回はどうなんでしょう⋯⋯小さな子なので、湖の周りで遊んでいたら誤って落ちたということもありそうですけどね」
刑事さんはブルーシートに覆われた幼子の遺体と湖を交互に見ながら言いました。
「本当にくだらない人ね。そんなわけないでしょ」
チム子が呆れたように言いました。
「まさしく愚の骨頂」
マム子も同調しました。
「そう、かな⋯⋯?」
刑事さんはまた申し訳なさそうにして言いました。
「岸を見てみなさい。這い上がろうとした跡がどこにも見当たらないでしょ? 岸の近くは浅いから、誤って落ちたのならすぐに這い上がろうとするはずなのよ」
「なるほど、さすがチム子ちゃん⋯⋯」
頭が上がらない様子の刑事さん。
「それに、この湖の周りには硬くて大きな草が多い。子どもがわざわざこのような所を通って湖まで行くだろうか」
マム子が続けて言いました。
マム子の言う通りこのあたりには硬い草や病んだ草が多いのです。自殺者でなければよほどのことがない限り湖まで進むことはないでしょう。
「とはいえ、100%そうというわけでもないわ。この世に絶対はないからね。事実は小説よりも奇なり、ということも有り得る」
「でもチム子ちゃんたちは事件だと思ってるんだよね?」
「そうね、普通に考えればこれは事件。でも、子どもって突拍子もないことをすることがあるから、それも考慮しなければいけないわ」
「そうだよね⋯⋯。ねぇ、マム子ちゃん。この子、やっぱりあの子なのかなぁ」
ブルーシートを捲り、遺体の顔を見た刑事さんが悲しそうに言いました。少し腐敗が進んでいて、なんとなくでしか顔が判らないのです。
「まあ間違いないだろうな」
マム子も悲しそうに言いました。
この町では数日前から御胸プルンという5歳の女の子が行方不明になっていました。
お兄さんであるボインさんが通報し、それから警察による捜索が行われていました。
おそらくこの子がプルンちゃんなのでしょう。ここはプルンちゃんが行方不明になった場所とはだいぶ距離があるので、今日まで警察が見つけられなかったのも仕方がありません。
「それにしても奥さん、いつもはすぐに見つけてくれるのに、今回は死後数日経ってからの発見でしたね。いや、責めてるわけじゃないですよ、もっと早かったらもっと確認が簡単だったんだろうなって思って。って言うのも失礼か、ごめんなさい、聞かなかったことにしてください!」
刑事さんがグダグダと言っています。
「ま毎日、見てるる、訳じゃ、ないいから⋯⋯ごめん、ねね」
奥さんが申し訳なさそうに言いました。
「やぁチム子ちゃん、マム子ちゃん、こんにちは」
仕事から帰ってきた屋敷の主人であるキョコムさんが騒ぎを聞きつけてやってきました。湖で人が死ぬのは毎度のことなので、いつも通りの顔をしていました。ちなみに、奥さんとはラブラブだそうです。びっくりするくらいに。
「こんにちは」
チム子は挨拶を返しました。
「か、かっこゆい!」
マム子はキョコムさんの大ファンなので、キョコムさんの前ではいつも腑抜けになってしまうのです。今日の推理はチム子に任せるしかなさそうです。
「君たちはいつも偉いねぇ、ご褒美をあげよう」
キョコムさんは2人の頭を撫でながら、3本目の手でポケットからカンロ飴を取り出しました。キョコムさんは生まれつき腕が3本あるのです。だからこんなにお金持ちなのです。
「あ、ありがとう⋯⋯」
チム子はあまり嬉しくなさそうに受け取りました。カンロ飴を貰って嬉しい小学生などこの世にいるはずがありませんからね。
「ふえぇ、幸せ⋯⋯ありがとう王子しゃま⋯⋯」
すぐ隣にいましたね。
でも多分この子はキョコムさんから貰えるものならなんでも喜ぶんだと思います。耳クソとかでも喜ぶんじゃないですかね。
「さて、僕も協力するよ」
キョコムさんはとても頭がキレるので、たまに捜査に協力してくれるのです。過去に活躍した事件は1つ。チム子たちの129分の1です。
「そうですか、ありがとうございます⋯⋯」
チム子の様子が変ですね。特にキョコムさんが苦手というわけでもないはずですが、何かあったのでしょうか。
「かくかくしかじかで」
刑事さんがキョコムさんに事件の概要を話しました。
「うーん、本当に事件なのかなぁ。ただの事故じゃないかなぁ」
キョコムさんはチム子たちとは真逆の考えのようです。
「と、言いますと?」
刑事さんがメモ帳とペンを取り出して聞きました。
「もし事件だとしたら、誰がなんのために殺したと思います? 刑事さん」
「そうですね、誘拐目的だったとか?」
「誘拐犯から電話がかかってきたという話は聞いていませんし、身代金をとらずにただ殺したということになってしまいます」
「じゃあ、犯人は小児性愛者で、家に連れ帰って楽しんだあと殺して捨てたとか」
「簡単に体液でバレてしまうのでは? それに、腐敗具合からしておそらく行方不明になった日かその次の日くらいにはもうこの湖で亡くなっていたと思います。1回や2回ヤッただけで殺すなんて、人生捨ててまでやりますかね」
「なるほど⋯⋯」
チム子はキョコムさんと刑事さんとのやり取りを冷ややかな目で見ています。
マム子はキョコムさんだけを見つめています。
プルルルルル
刑事さんの携帯が鳴りました。
「ちょっと失礼します。⋯⋯はい、はい、はい。はい。そうですか、ありがとうございます」
いくつか相槌を打ったと思うと、すぐに電話を切りました
「ご家族は『あの子は絶対に水場には近づかない子』『そもそもそんな遠くまで1人で行くような子じゃない』と言っているようです。キョコムさん⋯⋯」
刑事さんは今聞いたことをみんなに教えました。
「絶対なんてことはこの世にありませんよ。親だからって自分の子のことを全て分かった気でいるのは危ないです。考えが甘いです。子どもに理屈なんてないんですから」
「それは私もそう思う」
チム子がキョコムさんに同調しました。
「んで、話はもう終わり? そろそろ私も喋っていい?」
「えっ」
キョコムさんが驚いたような顔でチム子を見ました。チム子はいつもキョコムさんには優しかったのです。そんなチム子といつも接しているからこその驚きなのでしょう。
「私もう犯人分かったから」
「なんでもっと早く言わないの!」
それを聞いた刑事さんが怒りました。
「いや、キョコムさんの話を聞いて確信が深まったの」
「そんな手がかりになりそうな話したかなぁ」
キョコムさんは不思議そうな顔をしました。
「お姉ちゃん! この飴おいちーよ! お姉ちゃんも食べなよ!」
マム子が騒いでいます。
「マム子! 出しなさい!」
それを聞いたチム子はマム子の口の中に手を突っ込み、カンロ飴を奪って投げ捨てました。
「なんでそんなことするのぉ!」
マム子が涙を流しながら怒っています。
「まったく、あんたはキョコムさんがいると本当に腑抜けね。こんな醤油の味のする飴なんて食べない方がいいに決まってるじゃないの」
「すげー暴論だ」
刑事さんが驚きを通り越して感心しています。
「何を美味しいと思うかなんて人それぞれだよ! チム子ちゃんも食べてみれば分かるから食べてみなよ!」
自分の飴を捨てられたキョコムさんが少し強い口調で言いました。
「そーだよ! そういうことはお姉ちゃんも食べてみてから言いなよ!」
マム子は癇癪を起こす1歩手前まで行っています。
「食べたことあるから言ってんのよ⋯⋯ってもういいか、どうせ今から推理始めるし」
チム子の言葉を聞いた全員が息を飲みました。
「マム子から飴を奪った理由は単純よ。『犯人に貰った飴なんて怪しすぎる』これに尽きるわ」
その場にいた全員がキョコムさんを見ました。
「いや、違うよチム子ちゃん。僕は犯人じゃないよ」
「チム子ちゃん、キョコムさん違うって言ってるけど」
刑事さんが言いました。
「お前本当に刑事かよ」
「えっ」
チム子にお前と言われてショックを受けているようです。
「刑事さん、池の水を抜いてみて。底に死体があるはずよ」
「いや、僕そんなこと出来ないんだけど⋯⋯」
「そういうのいいから。テンポよく行こうよ」
チム子の言う通り池の水を抜いてみると、底からグズグズに腐った大人の死体が見つかりました。
「本当だ! ⋯⋯チム子ちゃん、こいつがプルンちゃんを殺した犯人ってこと?」
刑事さんが聞きました。
「話聞いてた? キョコムさんが犯人だって言ってるでしょ」
「そうだった。でもなんで死体があるって分かったの?」
「刑事さん、なんの罪もない子どもを殺すことで得られるメリットって何があると思う?」
「え、なんだろう。誘拐も違うしロリコンも違うし⋯⋯あ、ただヤバいやつだったんだ! 犯人は快楽殺人鬼だ!」
「まぁそれもあるかもしれないわね。でも、その大人の死体をよく見てみて」
底から上がった死体をよく見てみると、腹に雑な縫い傷がありました。腐っているからかと思われていた肌の凹凸も、別の理由によるものであることが分かりました。
おそらく、体の中に石か何かが詰められているのです。その重みで底に沈んでしまっていたのでしょう。
「ということは臓器も⋯⋯」
刑事さんがキョコムさんを見て言いました。
「いや、だから僕じゃないですよ」
「あ、そうなんですか?」
「バカなの?」
チム子はいよいよ刑事に呆れてしまいました。
「刑事さん、さっきのメリットの話、分かったよね」
「⋯⋯口封じ、ということだね」
「その通り。プルンちゃんはたまたま犯人がこの人を湖に捨てる現場を見てしまった。そして、殺された。あの子の臓器が抜かれていなかったのは、おそらく犯人が咄嗟に湖に投げ込んで殺したからね。叫ばれそうにでもなったんでしょう」
チム子の名推理に皆言葉が出なくなりました。そんな中、最初に口を開いたのはキョコムさんでした。
「へー、うちの裏でそんなドラマみたいな事件が起きてるとはね〜」
「何言ってるんですか! あなたが犯人なんでしょう!」
刑事が怒りの表情で言いました。プルンちゃんの無念を思ってのことでしょう。
「いや、僕じゃないですよ」
「え、そうなんですか?」
「そろそろいい加減にしろよ」
チム子の言葉遣いが悪くなってきましたが、これは刑事さんが悪いので責めないであげてください。
「でも、キョコム、湖で、見てないい」
先程まで黙っていた奥さんが久しぶりに口を開きました。彼女の話によると、キョコムさんはここしばらくは湖に近づいていないようです。
「ほら、妻も言ってるだろ。私は無実だ」
「⋯⋯⋯⋯」
「刑事さん、『あ、そうなんですか』って言ってくれないんですか? あなたは味方だと思ってましたけど」
「私は誰の味方でもありません。正義の味方です。奥さん⋯⋯共犯なんじゃないですか?」
ついに刑事さんがバカをやめました。
「その通り。私も別にキョコムさんだけが犯人だって言ったつもりはなかったしね。どうしても事故にしたがっているようだったので、とりあえずキョコムさんだけ言ったけど」
チム子が刑事さんを見て言いました。
「その頃奥さんは湖をあまり見ていなかったって言ってましたよね? なのになぜキョコムさんが最近近づいていなかったと言い切れるんですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
刑事さんの怒涛の質問に奥さんは黙ってしまいました。
「私が推測するに、その人に薬物の取り引き現場でも見られちゃったんじゃないの? おばさん明らかにおかしいし、薬やってるよね?」
チム子が奥さんを見て言いました。
「彼女はヤク中なんかじゃない! 中国人だから日本語に慣れていないだけだ!」
奥さんの名前は陳 毛棒棒。苗字から分かる通り、完全な中国人なのです。
「いや、中国人こんなふうじゃないから」
刑事さんの冷静なツッコミが入りました。
「おばさん、最近は双眼鏡で湖を見てなかったって嘘だよね。服にキョコムさんの皮膚がついてるかもしれないからしばらく待ってたんだよね」
チム子が容赦なく詰めていきます。
「でも、この人はどう説明するんだ! プルンちゃんだってこれだけ騒がれてたのに、人がいなくなって騒がれていないのはおかしいだろ!」
キョコムさんも負けじと言い返します。
「ホームレスだったんじゃないの、その人。だからキョコムさんたちは殺したんじゃないのかな」
チム子が悲しそうに言いました。
「キョコムさん、もう無理では? 諦めましょうよ。自首をオススメします⋯⋯僕が捕まえる前に」
今までお世話になっているからでしょうか、刑事さんが情けをかけました。自首したら罪が軽くなるといいますからね。
「いや、僕たちじゃないですよ」
「あ、そうなんですか?」
「おい!」
チム子の怒りの声も届かず、刑事さんは納得して帰っていきました。
それからも遺体が見つかると毎回チム子たちは刑事さんに呼ばれました。なんたって名探偵なんですから! おしまい!
こいつをクビにしろ!!!!!