94.ユーヴィンとヴァイゼの関係は。
フレッドの言葉に絆されて、私はフレッドに引っ付いたまま、思い浮かぶままに、もやもやしていることを、フレッドにぶちまけた。
王妃教育で、公平でなくてはいけないと言われたこと、思わずラヴィニアをぶん殴ってやると思ったこと、ヴェロニカやヴァイゼ殿下を信じたいこと、『あの方』のこと。
あっちにこっちに飛んでしまう私の話を、フレッドは私の髪を撫でながら、ただ、うんうんと聞いてくれた。
話しているうちに、自分でも分からなかったことが、少しずつ見えてくる。
馬車は、公爵邸には戻らずに、そのまま王宮へと入っていく。
いっぱい吐き出したことで、少し気持ちが楽になった。
落ち着いてきたかも。
到着すると、女官が出迎えてくれて、女官の案内で王宮を進む。
向かったのは、王宮の中の最奥部。
大きな扉の前には、甲冑を着た近衛騎士が二十四時間体制で見張りに着く。
この先は、王族の私室があるエリア。城の中で、最も安全な場所だった。
女官が声を掛けると、近衛騎士が扉を開けてくれる。
扉の向こうは、白い壁に金の飾り枠、天井には美しい絵画。
王宮の中でも、ひと際美しい空間だった。
侍女の後に続き、廊下を進むと、近衛騎士が二人、扉の前に立っている。
「アウラリーサ・ブランシェル様、フレッド・ファルク・シュヴァリエ卿、お連れしました」
侍女が声を掛けると、近衛騎士はまるで鏡のように、同時にざっと向き合うように横へと移動し、扉の前を開けた。
コンコンコンコン、と四回、侍女がノックをする。
すぐに中から、アイザック殿下の「入れ」という返事が返る。
侍女が扉を開けてくれたその先に、大きなベッドが見えた。
待ちきれず、部屋へと飛び込んでしまった。
「ビアンカ!!」
「お姉様」
まだベッドに横になったままのビアンカが、ふわりと笑う。
ビアンカの傍には、アイザック殿下とカシー兄様が付いていた。
私は急いでビアンカに駆け寄って、ビアンカの伸ばした両手をベッドに飛びつくようにして両手でしっかり握った。
柔らかくて、温かい。小柄なビアンカらしい、私よりも一回り小さな手。
「良かったわ、良かった。心配したわ、凄く心配した」
「ご心配お掛けして申し訳ありません」
困ったように、ビアンカが微笑む。
良かった。本当に大事にならなくてよかった。
「アリー。椅子を」
中に居た侍女が、椅子を用意してくれた。お兄様に言われて、やっと気づく。
「ありがとうございます」
お礼を言って、ビアンカの枕元に置かれた椅子へと腰掛けて、またビアンカの手を握る。
私の後ろから、フレッドがそっと私の肩に手を置いて寄り添ってくれる。
「体は大丈夫? 痛かったでしょう……」
「大丈夫ですわ。咄嗟に頭は庇いましたから。痺れもありませんし、吐き気もありません。首が少し痛みますが、魔道具がありますから。直ぐに痛みも引くと思いますわ」
見ると、フレッドの時と同じように、ベッドの四隅に魔道具が置かれていた。
ビアンカは、ゆっくりと何があったのか聞かせてくれた。
「以前、一緒に昼食を取ったリアナを覚えていらっしゃいますか? 子爵令嬢の。彼女が相談に乗って欲しいというので、休み時間にお話を伺ったんです。話を終えて、教室に戻る途中、ユーヴィン様に会いましたの。そこで、西の温室にとても珍しい花が咲いたという話を伺いましたわ。これで最後だからと、一緒に行って欲しいと言われましたが、お断りしました。ユーヴィン様は、すぐに、分かったと仰って。引き留めてすまない、これでけじめも付いた、そうおっしゃって。だけど、本当に素晴らしい花で、今日を逃せば多分一生見られない花だから、良かったら殿下と見に行くと良いと言って下さったんです。だから、次の休み時間、殿下を誘って、西の温室へ参りましたの」
リアナがAクラスの教室に来ていたのは私も気づいていた。直ぐにビアンカが席を立って、リアナと一言二言言葉を交わし、一緒に歩いていくのも見ていた。
話を聞かせてくれたCクラスの男子生徒の話とも一致する。
「その先は、私が話した通りだ」
アイザックの言葉に、私も頷く。
「温室で、お茶をして。教室に戻る途中の西階段で、誰かに背を引っ張られたのよね? ビアンカが落ちた時、シャーリィが近くにいたの。シャーリィがあなたを落とした子を追いかけて、捕まえてくれたわ」
「まぁ」
「あの時の子は、シャーリィ嬢だったのか」
「お父様にはお手紙を託しましたが……。お父様からお聞きになっていらっしゃらなかったのね」
「ああ、あれか。手紙を受け取って、中を確認してすぐに奥方と一緒に出て行ったぞ」
「手紙は私も見たよ。父上と母上が、任せておけって。私はビアンカについているように言われたんだ」
お兄様の言葉に頷いた。良かった。お父様、動いてくださったみたい。
私は一つ息を吐くと、ビアンカとアイザックに、アメリアから聞いたことを、話して聞かせた。
「パルエッタ伯爵家ですが、私も屋敷の様子を見て参りました。屋敷から出てきた使用人に話を聞いてきたのですが、ラヴィニア・パルエッタは、部屋で臥せっているそうです。迂闊に動けば警戒されると思い、そのまま戻りましたが」
「宰相のストムバートは、誠実な男だ。長い付き合いだが、曲がったことが大嫌いなヤツで、父上に絶対の忠誠を誓っている。父上の信頼も厚い。伯爵家の次男だったストムバートの才能を見出して宰相に起用したのは父上だからな。家ぐるみの可能性は限りなく低いと思うんだが……」
フレッドの言葉に相槌を打ちつつ、アイザック殿下が眉を寄せる。
「可能性としては、ラヴィニアの単独か、ユーヴィンの命令か、その先に居る誰か、でしょうか。ヴァイゼ殿下の事は、どう思われます?」
気になっていたことを聞いてみる。一足飛びにラヴィニアからヴァイゼ殿下に飛んだのは、あの二人の関係が気になっていたっていうのもある。
どこか、あの二人はお互い一線を引いている気がするっていうか。
ユーヴィンは常に作り笑いだし、ヴァイゼ殿下は時々酷く冷めた目でユーヴィンを見ている。
あの二人の事は、少なくとも、私よりもアイザック殿下の方がヴァイゼ殿下とは親しかったし、遅れて入学した事情も何か知ってるんじゃなかろうか。
「ん――。ヴァイゼ王子は、多分だけど……。ユーヴィンを信用していないように思えるんだ」
お。
「アウラリーサも、気づかなかったか? ユーヴィンがビアンカにちょっかいを掛けていた時、ヴァイゼ王子は傍観してただろ? 彼の性格からいって、信頼してたら、何かしら口を出す気がするんだよな」
ああ、うん。離れた所から、じっと見ているのは、何度か見たことがある。
あれは、ユーヴィンがビアンカにプレゼント攻撃してきた時だったか。
「普段は、どこに行くのにも声を掛けて傍に置いているんだが、時々、観察するような目をすることがある。父上やストムバートがよくする目に、似ているんだ。相手の出方を窺っている、そう言う時の目に」
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次は夜、21時くらいを予定しています。




