93.だから飛び込んでいけるんです。
「口づけ!?」
目覚めたことより、そっちにびっくりしちゃったよ!
フレッドがくすくすと笑う。
「はい。旦那様の目の前で口付けなさったとかで、旦那様が酷くお怒りだったそうですよ」
お父様の前って、アイザック殿下?!
意識不明の妹に何してくれてんの!
寝込みにファーストキス奪うとか駄目でしょう!!
でもそうねビアンカってば白雪姫だもんね!!
白雪姫が王子様のキスで目覚めるのは常識だったね!
って、つい舞い上がっちゃったよ、それよりも!
「目を覚ましたの?! ほんと!?」
「はい。実際は旦那様がアイザック殿下に詰め寄られて大声を出されている時にお気づきになられたそうなのですが、ビアンカお嬢様が、アイザック殿下の口づけのお陰だと嬉しそうになさっておいでで、お嬢様にそのように伝えて欲しいと仰られたとかで。グランドル公爵家とジェニー伯爵家の方にもお伝えさせて頂きましたので、今頃皆様もお聞きになられているかと思います」
「――っ、よ、かった……っ! 良かったわ、ビアンカ……! それで、容体は? 何か聞いていて?」
「ええ、もう大丈夫だと。数日は王宮で様子を見ることになるそうですが、意識もはっきりとなさっていて、頭にコブは出来たそうですが目立った傷も無く、検査の結果恐らく後遺症は出ないだろうとのことです」
「良かった……」
「ただ、ビアンカお嬢様の安全の為、このことは秘密です。それから、パルエッタ伯爵家とストムバート家については、旦那様にご報告いたしました。王宮の使いの方が、旦那様からのお手紙を預かって来て下さいました」
シャーリィに頼んだこと、フレッドはすぐに動いてくれたみたい。
フレッドが胸元から取り出した手紙を受け取る。
「フレッドは何か聞いている?」
「はい。私にも旦那様よりお手紙が。恐らく内容は同じものだとは思いますが。陛下が此度のこと、大層お怒りだそうです。宰相閣下には秘匿して、王族の影を使うお許しを頂けたとのこと。現在、公爵家と王宮からの影が動いております」
「そう……」
良かった。
これで、きっと何か掴めるだろう。王家が動き出した以上、もう、私達に出来ることは無いのかな。
学園の中ならともかく、子供の私が変に動くと、かえって邪魔になるかもしれない。
「アリー?」
ふっと、フレッドの声音が変わる。
私が甘えたがっているのを察したのかな。
公爵家に仕える護衛騎士から、恋人の、婚約者のそれへ。それが余計に私を甘やかす。
「何もしないでいるのは不安だわ。でも、色々あり過ぎて、頭が上手く回らないの。何が正しくて、何が間違いなのか、わからないわ。何かを掴みたいのに、空気を掴んでいるみたい」
ぐりぐりと額をフレッドの胸にこすりつける。拗ねたようになってしまった。
フレッドに釣り合うレディになりたいのに、いつまで経っても、子供のまま。
みっともないなぁ。私。
小さく、くす、とフレッドが小さく笑う。
「アリーは、じっとしてはくれないから、俺はいつでも不安です」
「ぁぅ」
イノシシでごめんなさい。
でもさぁ。今それ言う?
私は甘やかして欲しいのに。
思わず、ぷぅっと頬を膨らます。それでもがっしり抱きついたままだけど。
「いつだって突拍子もないことをやりだして、いつだってどんどん一人で走って行ってしまって」
ぅぅぅ。
わかってるよぉ。だけど、気になったらじっとしていられないんだもん。直ぐに動きたくなるんだよ。
でも、心配かけているのは分かってる。しゅん、と私が項垂れているのに、フレッドは、文句のようなことを言いながら、その口調は優しくて、穏やかで、ちっとも文句に聞こえない。
優しく囁くような低い声は、まるで愛の囁きのようで。
私の髪を撫でる手は、どこまでも優しくて。
ふっと影が落ちて、フレッドが私のつむじにキスを落とす。
かぁっと私の頬が熱を帯びる。
恥ずかしいのに、余計に甘えそうになる。
なんなの。文句言いつつ甘やかすとか。
諫めたいのか甘やかしたいのかわかんないじゃないの。
「――俺はいつだってあなたの後ろから、無理をし過ぎないように、疲れてしまわないように、後を追いかけて走っています。だから――」
ふわり、と包み込まれ、胸元に引き寄せられる。
鍛えられた、がっしりとした頼もしい腕。
耳元で囁く低い声は、甘く優しく、耳を擽り、ドキドキと胸が苦しくなるのに、まるで子守唄みたいに、私を安心させてくれる。
「疲れたら、休んで良いんです。寄りかかっても良いんです。俺があなたを支えます。だから、思っていること、もやもやとしていること、わからないこと、迷うこと。全部、吐き出してしまってください。甘えても、弱音を吐いても、愚痴を零しても良いんです。どんなことでも受け止めます」
優しい言葉に、じわり、と涙が浮かんでくる。
ほんと、フレッドは、私を甘やかすのが得意だ。
そんなこと言われたら、泣けてきちゃうじゃないか。
もっともっと、好きになっちゃうじゃないか。
ぎゅぅ、とフレッドの腕にしがみつく。
うん。
知ってるよ。私の後ろには、いつだってフレッドがいてくれた。
いつだって、私を守ってくれた。
あなたがここにいてくれるから。
だから、私は――。
「俺は、あなたを護る騎士ですが、あなたが休める唯一の場所でありたいと、そう、思っているんですよ」
安心して、どんなことにも飛び込んでいけるんだ。
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次は明日の朝、8時くらいに投稿予定です。




