92.白雪姫が目覚める時は。
教室を出ると、生徒の姿はほとんどもう無かった。
学園の封鎖は、少し前に解除されたらしい。
校舎内にいた騎士も半分くらいに減っている。
私達に気づいた騎士の一人が駆け寄って騎士の礼を取った。
「お待たせをして申し訳御座いませんでした。生徒の方は、速やかにご自宅へとお戻りください。この後、学園内の調査を行いますので」
「わかりました」
私達が頷くと、騎士は再度敬礼をし、踵を返して駆けていった。
学園内に残っている生徒に声を掛けているようだ。
騎士を見送っていると、何か考え込んでいる様子だったシャーリィが私の袖を引いた。
「アウラリーサ様、わたし、ちょっと街に行きたいから先にいきますね!」
「ああ、手伝って下さってありがとう」
「気にしないでください! 友達ですから! それじゃ!」
シャーリィは大きく手を振ると、走って行ってしまった。
「はしたない方ね……。相変わらず」
呆れたようなヴェロニカの声。苦虫を噛み潰したような顔になってる。
ヴェロニカは、シャーリィが苦手みたい。
お菓子を食べてる時なんてずっと見ないようにしてたもんね。
生粋の令嬢なら、当然の反応だと思う。
前世の記憶がなかったら、多分私も無理だったかも。
でも、私は、何だか、気づいたらあの子に気を許しているのが否めない。
うん、もう、友達かも。私も、あの子はなんだか憎めないというか、正直結構好きだもの。
まぁ、もうちょっと礼儀をわきまえて欲しいとは思うけど。
「ヴォニーはこの後どうなさいますの?」
「一度屋敷へと戻りますわ。ヴァイゼ殿下とお会いできないか、王宮に使いを出すつもりです。アリーは、王宮へ?」
「ええ。恐らくお父様達はビアンカの所でしょうから。フレッドが戻っていると良いのだけれど。フローラは?」
「わたくしも戻りますわ。書き溜めたものを纏めて参ります」
そういえば、ヴェロニカやイグナーツと話している間、フローラはずっとメモを取っていたっけ。
「助かるわ。有難うございます、フローラ」
私がフローラにお礼を言っていると、その間にイグナーツがヴェロニカに話しかけていた。
「ヴェロニカ嬢、僕もグランドル家にお邪魔しても良いですか? 叔父上に少し話したいことがあるんですが」
「構わなくてよ」
叔父上?
……って、そうだった。イグナーツとヴェロニカ、この二人、従兄妹同士なんだっけ。
普段接点無さげだから忘れてた。
窓から射す光は、オレンジ色。
もう夕刻なんだ。
ビアンカ、大丈夫かな。何も連絡がないってことは、最悪の事態にはなっていないと思うけど。
早く、会いに行きたい。
遅くなっちゃったけど、フレッド、心配しているかな。
もう、色々な事があり過ぎて。
何だか、長いことフレッドに会えていないようで、フレッドの顔が早く見たくなる。
抱きしめて貰ったら、このぐちゃぐちゃでわやくちゃな感情も、少し和らぐ気がする。
馬車の発着場が近づくと、見慣れた姿を門の傍に見つけて、思わず駆け出してしまった。
「フレッド!」
「お嬢様」
両手を広げて迎えてくれたフレッドに飛びついた。
ぎゅ、っと抱きしめ返してくれる腕に、ふっと気が抜ける。
鼻孔を擽るフレッドの香りに、ぐちゃぐちゃして、強張った心が、ふわりと溶けていく気がした。
ペコリ、とフレッドが会釈するのを感じ取って、慌てて振り返ると、フローラ達が手を振ってそれぞれ馬車に乗り込んでいた。
ぅぁ。やってしまった。恥ずかしい。
私も慌てて手を振り返す。フローラを乗せたジェニー家の馬車と、ヴェロニカとイグナーツを乗せたグランドル家の馬車のドアが閉まるのを待って、私もフレッドの手を取って馬車へと乗り込む。
いつもは馬車の後ろの従者台に立つフレッドも、今日は一緒に馬車の中だ。
フレッドは、私の横に腰を下ろしてくれた。
ぎゅぅっとフレッドに抱き着く。
ビアンカのこと、ヴェロニカのこと、ヴァイゼ殿下のこと、ユーヴィンのこと、ビアンカを引きずり落したアメリアのこと、いっぱいいっぱいだ。
少しでも、癒されたくて、気持ちを落ち着けたくて、ぎゅぅぎゅぅと抱きしめる。
私の気持ちを察してくれたのか、フレッドは私をあやすように優しく腕を回し、あやすように背中をとんとんしてくれる。
「出してくれ」
フレッドが御者に声を掛け、馬車がガタンと走り出す。
「お嬢様。――王宮から連絡を頂きました」
「っ!」
ばっと顔をあげたら、フレッドが、優しく私を見下ろしていた。
穏やかで、優しい笑みに、ほっと力が抜ける。
これは、きっと良い知らせ。
もしかして――
「ビアンカお嬢様が、意識を取り戻されたそうですよ。――王子様の口付けで」
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次は夜、21時くらいに投稿予定です。




