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9.あなたなんて、認めません。

 あったまきた。


 せっかく! せっかく血湧き肉躍る騎士団訓練見学出来てうっはうはだったのに!

 あのクソババァのせいで台無しだよ!


 ずんずん歩く私の後ろを、リティが速足でついてくる。


「お、お嬢様? どちらに?」

「お部屋に戻るの!」

「お嬢様お嬢様、通り過ぎてます!」


 ……。――てへ。


***


「計画を練ります」

「計画……ですか?」


 リティにお茶を入れて貰いながら、私は高らかに宣言をした。


「だって、リティも見たでしょ? あの夫人、お母様に意地悪言ったんだよ!? 絶対泣かせてやる!」


 メラメラ怒りの炎を燃やす私に、リティは困ったように小首を傾げた。


「泣かせるって……。何をなさるおつもりですか?」


 うーん……。

 授業を拒否、なんてすれば、もっとネチネチなんか言ってきそうだし。

 それでお母様が馬鹿にされるのは許せない。

 そもそも向こうが売ってきた喧嘩だ。逃げるなんてありえない。

 となれば……。


「ぎゃふんと言わせてやる」

「ぎゃふん……ですか?」

「そう! ぐぅの音も出ないくらい、完璧になって見返してやる! んで、この程度の授業しか出来ないのに偉そうな態度取ったんですかって鼻で笑ってやる! リティ!」

「はいっ!」

「リティは、私の授業時は、そばにいたの?」

「――いえ、メナード夫人に勉強の邪魔だと追い出されまして……。私がいるとお嬢様が甘えてしまわれるからと」

「くっ……。どんなことを習っていたか、知ってる?」

「旦那様には報告書を毎回提示なさっていますから、旦那様はご存じかと」


 うぅーむ。お父様は今執務室でお仕事中。お邪魔するのもちょっとなー。


 私が知らなくても自然と出来たこと……。カーテシーに食事の作法、文字の読み書き……。よし。


「リティ、鏡を持ってきて? 全身映るおっきいやつ!」

「畏まりました、お嬢様」


 わたわたとリティが一礼して飛び出していく。

 体はすでに朝の散歩であっちこっち筋肉痛で、今すぐベッドに転がりたい気分だけど、いてこましたるって気分がめっちゃ盛り上がっている私、ここでダウンなんてしてやらない。


 リティが持ってきてくれた鏡の前、繰り返しやってみるカーテシー。歩く姿勢。食事のマナー。鏡を見ながらより優雅に、綺麗に見えるように練習する。夕食も部屋に運んでもらい、練習しながら食事をし、書庫から本を何冊か持ってきてもらって、本を読み、文字を写した。

 たった一日でどこまで出来るか分からないけど、ぎりぎりまでやってやる。

 なんせ私は転生者! となれば、ババァざまぁコースは約束されたようなものよ!!

 オ――ホッホッホ!!


 見てろよくそババァ、目にもの見せてくれるわぁ――――ッ!!


***


 翌日。

 授業開始の一時間前から勉強部屋にスタンバり、ババァが来るのを待ち構えた。



「ご機嫌よう。メイナード夫人。よろしくお願いいたします」


 まずはジャブだ。

 見よ、特訓の成果を!


「ご機嫌ようお嬢様。…まぁ、みっともない。カーテシーのおつもりですか? てっきりガチョウの真似でもなさっているのかと。これでは先が思いやられますわね」


 が……ガチョウ……。腹立つわー……。


「それではレッスンを始めましょう」


***


 ……認めたくは無いけれど、メイナード夫人の所作は、言うだけのことはあった。流石に元公爵家。

 私よりもずっと低いカーテシー。床に膝が突きそうなほどに膝を曲げているのに、全くブレない。

 上半身は綺麗に伸びたまま。


 悔しいが、すごく優雅だった。

 比べて私のカーテシーは、ほんの少し膝を曲げ、腰を落とすだけ。お辞儀のようになってしまうし、同じポーズをキープできない。

 深く膝を曲げると、よろけてしまう。


 少しでもふらつくと、容赦なく脹脛(ふくらはぎ)目掛け鞭が飛んでくる。競馬で使うみたいな、短いやつだ。

 痛いと文句を言ったら、軽くだけれど、頬を引っぱたかれた。



 ――この世界じゃ、まだまだ体罰は当たり前みたいだ。

 前世も今でこそ体罰は犯罪だけど、数十年前までは、日本でも当たり前だったこと。


 腕、肩、足、何度も何度も鞭で叩かれる。六歳の子供にすることか?

 痛くて涙が勝手に出てくる。

 お父様やお母様はご存じなんだろうか。

 こんなの教育じゃない。虐待じゃん。


「はぁ……。この程度もお出来にならないとは……。良いですか? お嬢様。はっきり申し上げますが、お嬢様は見栄えが宜しくないのですから、最低限の所作くらいは身に付けて頂かねば、アイザック殿下のお隣に並ぶなど、とてもとても」


 ……ぁあ゛?

 今、見栄えが悪いっつった?


「アイザック殿下はお美しい黄金の髪に、優雅さと知性を兼ね備えた深い青の瞳をお持ちです。正に国の頂点に立つにふさわしいお方。なのに、お嬢様ときたら」


 パシパシと手に鞭を当てながら、私の髪を一房、払う。


「同じ金でもパッとしない。金でも白でもない、なんてみっともない中途半端な色」


 ……モラハラかよ。くぃ、と私の顎を鞭の柄で持ち上げる。


「それにこの気味の悪い紫の目。――まるで魔物みたい。魔物の血でも混ざっているのではなくて? 旦那様は気品のあるエメラルドのような瞳をお持ちなのに。奥様に似たのねぇ。出来損ないなのも、奥様の血筋かしら?」


 侮蔑と嘲笑を含んだ口元。私の心は、どんどん冷えていく。

 お母様のことまで、悪く言うなんて……。

 怒りで体がぶるぶると震える。

 私が黙っていると、調子に乗ったのか、私の前を、威圧するように鞭を手に打ち付けながら、行ったり来たりしてみせる。


 ――あんたか。


「可愛げもない、見た目も貧相、知識も教養も無く頭も悪い。挙句に記憶喪失だなんて、見え透いた嘘を平気で吐くようなろくでもない娘を、アイザック殿下の婚約者になさるなんて。陛下も何を考えておいでなのかしら。はーぁ。こんな物覚えの悪い子、教えるこちらの身にもなって頂きたいわ」


 ……やっぱり、あんただったのか。

 あんたが、アウラリーサを追い込んだ。来る日も来る日も、こうやって。

 ブランシェル公爵家の愛情を一身に受けてきた無垢なアウラリーサに、何年も何年も、こうやって刷り込んだのか。

 幼いアウラリーサは、どんなに怖かっただろう。

 幼い子供の目線だと、大人はとても大きくて、恐ろしいものに映ってしまう。

 歯向かうこともできずに、ただじっと耐えるだけ。

 もしも、アウラリーサが誰にも言えず、飲み込んでいたのなら、狂ってしまうのも無理は無い。

 怒りで血の気が引いてくる。


「宜しいですか? 奥様や旦那様は、自分のお子ですから? 愛らしいなどと仰いますが、それは身内びいきというのです。わたくしは国王陛下がお認めになり、旦那様のお力になるよう申し付けられ、お嬢様の教育係を務めさせて頂いているのですよ。ですから、嘘は申しません。お嬢様は見た目も酷く、要領も悪い。言ってしまえば平民の方が、幾らかマシなほどでしょう。ですからわたくしは心を鬼にして厳しく接しているのです。さぁ、続きを。後二時間、休憩は致しませんよ」


 パシリ。

 ひと際高く、鞭が鳴る。






 ――認めない。

 あんたがいくら、有能だろうが。

 元王女様の家庭教師(ガヴァネス)だろうが。

 陛下の覚えめでたかろうが。


 私は絶対に、あんたなんて、認めない。

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