88.視野を狭めてはいけません。
「ヴォニー……」
「ヴァイゼ殿下は、そんなことをなさる方ではありませんわ! わたくし、信じます! ヴァイゼ殿下を信じています!」
勢いのまま立ち上がり、ぎゅっと両手で拳を作り、ぶんぶんと上下に振ってから、はっとしたようにヴェロニカは零れ落ちた涙をハンカチで拭い、すとんと腰を下ろした。
ヴェロニカは、ほんとにヴァイゼ殿下が好きなんだな。
ヴォニーの言葉のお陰で、うっかり感情に呑まれて、大事なことを忘れていたのを思い出した。
「そうね。だから、わたくし……。調べようと思いますわ」
あー、もう、私駄目だ。
ラヴィニアが不在で良かった。
危うくとんでもないことするところだった。
過去の小説の馬鹿王子様ズ、すみません。
馬鹿は私もだ。
怒りで視野が狭くなってた。
ばしばしばしっと自分のほっぺたを叩く。
「アリー様?」
ぎょっとしたように、オロオロとフローラが私を覗き込む。
すーはすーは。私は呼吸を整えてから、フローラとヴェロニカに視線を向けた。
驚いたことで、ヴェロニカも涙が止まったみたい。
「――ある物語なのですけれど……」
「物語??」
いきなり物語とか言われても、意味わかんないよね。
私だって、あんなアホな展開って思ってたことを自分でするとは思ってなかったもん。
けど、重要な事だ。王妃教育の中でも、教わった。
その時は、うんうんと思ったけれど、全然だめだ。いざ自分の立場になった時、ちっとも出来ていなかった。
「物語は、とある貴族の通う学園に、元平民の男爵令嬢が入学してきて、その国の第一王子と恋仲になりますの。ですが、第一王子には幼い頃から決められた婚約者がおりますの」
「何だか、少しアリー様とビアンカ様とアイザック殿下のようですわね」
困惑気味にフローラが首を傾げた。
あえて逆ハーは省かせて貰う。そこはどうでもいい。
「ええ。男爵令嬢は、第一王子に泣きながら訴えますわ。『殿下の婚約者の令嬢に虐められた』と。教科書を破られたり、噴水に突き落とされたり、階段から突き飛ばされたりしたと。それらは男爵令嬢の虚言ですわ」
「えっ。もしかしてアウラリーサ様まだわたしを疑ってたんですかぁっ?!」
「あなたの話ではないわ。大丈夫よ、貴女がされたことは虚言じゃないってわかっているから」
ボリボリお菓子を食べていたシャーリィがお菓子を落っことす。
寧ろシャーリィはビアンカに喰ってかかっていたものね。
「婚約者の令嬢は、王子の心が離れていくことに酷く傷つき心を痛めていましたが、男爵令嬢の振る舞いに苦言は呈しても虐めなどはしておりませんの」
「まぁ、酷い……」
「第一王子は一方的に激怒して、婚約者の令嬢を怒鳴り散らす様になりますの。そして、学園の卒業パーティの日、皆の前で、第一王子は婚約者の令嬢を断罪し、婚約破棄を宣言してしまうの」
「まぁ! 冤罪で婚約破棄だなんて!」
「酷いお話だとは思いますが……。物語なのでしょう? 何故今そのお話を?」
「わたくし、先ほどは怒りに我を忘れ、ラヴィニア様をぶん殴ってやるつもりでいましたの。でも、それって、冤罪を掛けて糾弾した物語の王子と何も変わらないのだと思いました」
物語の馬鹿王子は、いつも調べもせずにヒロインの言葉を鵜呑みにして婚約者を糾弾するのがテンプレだ。
どんだけ馬鹿なんだよと思っていたけれど、立場が変わっただけで、私も同じようなことをしてしまった。
吐いたのはアリシアといういうなれば敵の少女だけれど、あの子の言葉だけを信じてしまった。根底にあるのは『可愛い妹を傷つけられた怒り』だ。
王妃教育の教師の言葉がよみがえる。
『王族というものは、常に冷静でなくてはなりません。一面を見て、その人となりを判断してはなりません』
「ヴァイゼ殿下のことも然りですわね。憶測だけで黒幕と決めつけるのも、親しいからと、やるわけがないと信じてしまうのも、違うと思うのです。調べましょう! そうすればきっと、正解が見えてきますわ!」
ラザフォードの時にも、思い知ったじゃないか。
落ち着いて、調べるんだ。徹底的に。
大切だからこそ、思い込みは危険だ。
そして、もし。
もしも、ヴァイゼ殿下が『あの方』なのだとしたら。
ヴェロニカを泣かせても、傷つけても、罪は暴かないといけない。
でも。
――どうか、違いますように。そう願わずにはいられない。
遅くなりましたっ。
いつもご拝読・いいね、ブクマ、誤字報告有難うございます!
感謝感謝です!
次は夜、かな。21時ごろ投稿予定です。




