87.『あの方』
怒りで、息が苦しくなった。
頭がぐらぐらする。手足が震える。
ラヴィニア・パルエッタは、Cクラスの生徒だ。私とも、ビアンカとも、接点は無かったはず。
ユーヴィンとラヴィニアの婚約が決まったのは、つい三日ほど前のことらしい。私はたまたまヴェロニカといる時に、ヴァイゼ殿下から聞かされたばかりだった。ユーヴィンがやっとビアンカを諦めてくれた、そう思ったのに。
ラヴィニア・パルエッタは、柔らかなハニーブロンドと柔らかなペリドット色の瞳の、大人しい人で、私も二度ほど、お茶会で顔を合わせたことがある程度だけれど、どちらかというと気の弱そうな、内気な人で、誰かを傷つけたりするような人には思えなかった。
ましてや侍女に罪を犯させるだなんて。
――許さない……!!
「彼女、このまま捕らえていて下さいませ!」
とっ捕まえてぶん殴る!!
私はアメリアを捕らえていた男子生徒に後を任せて駆け出した。目指すは二学年Cクラス。
令嬢? 淑女? 知るもんか!
今の私は可愛い妹を傷つけられたただのお姉ちゃんだ!
周囲の生徒がぎょっとした顔で道を開ける。
疾走する私に並走して、シャーリィも付いてきた。
「よくわかんないけどビアンカ様を転落させたのもわたしを閉じ込めたのもラビニアってヤツなんですね! ぼっこぼこにするならわたしも殴らせてくださいっ!」
「馬鹿ね! 相手は伯爵令嬢よ! あなたが殴ったら不敬罪で捕まるわよ! あなたは戻っていなさい!」
「やだ!!」
階段を駆け上がり、Cクラスの教室の扉を思いっきり開く。
私とシャーリィの剣幕に、教室に残っていた生徒が悲鳴を上げた。
「ラヴィニア・パルエッタ嬢はどちらですの!?」
「ぱ……パルエッタ嬢は本日お休みになられておりますっ!!」
私の剣幕に押されたらしい男子生徒が敬礼しながら答えてくれた。
***
「――アリー? あなたまでシャーリィと同じようになさったら駄目ではないの。淑女はどこに落としてしまわれたのかしら」
「お恥ずかしい限りです……」
あの後、騒ぎを聞きつけた教師にこっぴどく叱られて、迎えに来てくれたヴェロニカとフローラと私とシャーリィは食堂の個室に腰を据えた。
当然、王宮騎士団にはラヴィニア・パルエッタの事は報告済だ。
未だ聞き取り捜査中の為、学園から出られない。
ラヴィニア・パルエッタの所へ、早く行きたいけれど、出ることがかなわない。
もどかしい。
救護室にも立ち寄ったが、ビアンカはすでに王宮医師団に因って王宮へと運ばれた後だった。
設備の整わない学園の救護室にいつまでもいるわけがないか。
アイザック殿下とヴァルターもビアンカについて王宮へと戻ったそうだ。
ビアンカは大丈夫だろうか。
心配で胃がぎゅっとなる。
しっかりしないと。学園内で、分かることは、私が調べないと。
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、両手で頬をぱんぱんっと叩く。
「ビアンカ様に怪我を負わせた娘――アメリア、といいましたか。一度、冷静になって、今までの事、洗い出してみましょう?」
気づかわし気なフローラの声。フローラは扉付近に控えていた侍女に命じて紙とペンを運ばせた。
フローラが一つ一つ挙げながら紙に書き出していく。
「まず、アメリアはラヴィニアの命令で動いていた。そして、ラヴィニアの後ろには、『あの方』がいる。これが前提、ですわね」
私とヴェロニカが、顔を見合わせる。もや、っと胸の奥に広がる不安感。『あの方』と聞いて、浮かんでしまった人物の顔。
一つ。ラザフォード殿下との繋がりがある。
一つ。アイザック殿下の悪評を流させた。
一つ。シャーリィを閉じ込め、殺意の籠った嫌がらせをした。恐らくは口を封じようとした。
一つ。ビアンカを殺そうとした。
何故、ラヴィニアはそんなことをしたのだろうか。
ラヴィニアは、ユーヴィンの婚約者。伯爵家が逆らえない相手。
以前であれば、その相手は、ラザフォード殿下だと疑いもしなかっただろう。
ラザフォード殿下は、外遊をしていた。
そして、最も頻繁に訪れていたのは、隣国、シュトルク。
シュトルクは、二十年前までは、対戦国だった。
和平を結んだとはいえ、国境付近は未だ警戒状態だ。
――もし。
もしも、ラザフォードが、隣国の手を引いていたら。
前学園長は、ラザフォードと繋がっていた。
その、前学園長の指示で、側近のようになったユーヴィン。
遅れて入学してきた二人。
そこにも何か意味があったのなら?
そして、ユーヴィンが寄り添う方は――
「違いますわ!!」
私の心を読んだかのように、ヴェロニカが叫んだ。
きっと、フローラも同じことを思ったのだろう。
息を呑み、ヴェロニカを見つめる。
ヴェロニカの瞳から、大粒の涙が、零れ落ちた。
めちゃくちゃ更新間が空いてしまってすみませんっ><;
再開しますっ。
いつもご拝読・いいね・ブクマ、感謝感謝です!
次は明日、9時くらいかなー。更新します。




