86.知らなかったで済むとでも?
四人の男子生徒に囲まれて、押さえ込まれていたのは、見たことのない少女だった。
学園に入ってから、何度も見返した貴族名鑑に、彼女の顔の記憶はない。
「――あなた……。ここの生徒じゃないわね?」
単刀直入に彼女から一歩離れた位置にしゃがみ、ずばっと問いかけてみた。
彼女の肩がビクっと震える。
「き……貴族ですわ」
「では、何組ですか? どこの家の方? 貴族であるというのなら、名乗りなさい」
「――……」
彼女は俯いたまま、怯えたように震えているが、私と目を合わせようとはしない。
「貴族であれば、貴族名鑑に顔と名が載るわ。洗礼を受けた赤ん坊であっても全員載るわ。わたくしは貴族名鑑は何度も見て、少なくとも学園の生徒の顔は全員暗記をしているの」
少女は黙ったまま。
「黙っていたければそれでも構わないわ。直ぐに王宮騎士団が来るから、どうせすぐにわかるでしょう。あなたの家族もお気の毒ね。恐らく連帯で死罪は免れないでしょう。貴族でないのなら、家族も、親類も、皆縛り首よ」
平民が貴族の、それも準王族となったビアンカの殺害未遂だ。
……多分、縛り首だけでは、済まないだろう。学園の中と言えど、その罪は計り知れない。
「――……え?」
やっと少女が顔を上げた。真っ青になって、今にも叫びだしそうに、口をはくはくとさせている。
「当然でしょう。貴女が階段から落とした子は、第一王子アイザック殿下の婚約者よ」
「アイザックでんかの、こんやくしゃ? うそ……だって……」
「だって、何?」
「し、知らなかったんです!! 本当です!」
「知らなかったで済むと思っているの? 学園に通っている者は皆知っていることよ。次期王妃の殺害未遂だもの。殿下がお許しになるはずがないわ」
「だって……そんな、私……。違うんです、殺そうなんて私……っ」
「あの子は頭を打って今も昏睡状態よ。わたくしとあの子は血は繋がっていないけれど、可愛い妹なの。だから……。わたくし、貴女を絶対に許さないわ。……殿下は、あの子と一緒になるために、何年も努力をしてきたわ。あと少しで努力が報われると言う時に、あの子を殺そうとした貴女を、わたくし以上に殿下はお許しにならないでしょう」
「ま……待って下さい!! 申し訳ありませんでした! わっ、私は卑しい平民の娘なのです! 殿下の婚約者様とはつゆ知らず、愚かな真似を致しました! どうか! どうかお許しください!!」
知らなかったら、殿下の婚約者じゃなかったら、構わないとでも思っているの?
ぶん殴ってやりたい。
でも、まずは吐かせてからだ。
洗いざらい、喋って貰う。
「なら、話しなさい。――何故、ビアンカを階段から落としたりしたの」
「た……頼まれた、んです……。やらないと、クビにすると言われて……!」
わぁっと彼女が泣き崩れた。
彼女は、そのまま堰を切ったように、つっかえながらも話し始めた。
彼女の名は、アメリア。学園に通う、ある令嬢の侍女だった。
主である令嬢に命じられ、階段を上がっていたビアンカの背を引いたのだそうだ。
学園に通うのは貴族ばかり。騎士科は西階段から離れている。
だから、本気で彼女が走ってしまえば、誰も追いつけはしない。
相手は高位貴族に馴れ馴れしく粉を掛ける元平民の娘。
大事にはされないからと唆され、大金をちらつかされて、実行に移してしまったらしい。
以前、シャーリィを倉庫に閉じ込めたのも、令嬢に命じられたアメリアだった。
アイザック殿下の醜聞を広めるようにネイドに命じたのも、ラザフォード殿下との繋ぎを取っていたのも、彼女だった。
命じたのは、その令嬢だが、アメリアもまた、令嬢から褒美として多額の金を受け取り、欲に目が眩んだのは間違いない。
そして、その令嬢もまた、何者かに命じられていたらしい。
「お嬢様は、『あの方』としか、仰いませんでした……。『あの方に逆らったら、伯爵家も無事では済まない』、と……。ほんの少し、脅すだけだから、と……」
その令嬢の名は、ラヴィニア・パルエッタ。
伯爵家の娘であり――ユーヴィン・ストムバートの、婚約者だった。
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またもや遅くなってしまいました;;
ちょっと体調と相談、明日の夜には更新できると思います;




