82.有効活用させて頂きますわ。
「ビアンカ様。これを」
翌日も、ユーヴィンは爽やかな笑顔で、ビアンカの傍へとやってきた。
差し出したのは、布で作った小花を散らした可愛らしい髪飾りだ。
これも貴族が使うような代物じゃない。
と。この攻防が始まってから、初めてビアンカが自ら手を差し出した。
「ありがとう存じます」
驚いたように目を見開く、ユーヴィン。
差し出された手を、呆気に取られたように眺めている。
「どうなさいました? わたくしにそれを渡す為にこちらにいらしたのでは?」
「……ええ」
ユーヴィンは怪訝そうにビアンカの手に髪飾りを載せた。
ビアンカはそれをすぐにハンカチに包み、机の隅へと置く。
「……アイザック殿下以外の男性から、物は受け取らないのではなかったのですか?」
「はい」
にっこりと、ビアンカが笑う。見事なまでの淑女スマイル。
困惑するユーヴィンを他所に、ビアンカはすまし顔。
アイザック王子が何か言うかと思ったが、こちらも何も言わないまま。
ユーヴィンの貢物を苦笑で眺めるだけ。
ヴァイゼ殿下は、口元に薄い笑みを張り付けただけのアルカイックスマイルで、黙ってこちらを眺めるだけ。ヴァルターも見てはいるけど無反応。
イグナーツに至っては、ちらっとこちらを見た後は、本に視線を戻してしまった。
私とフローラとヴェロニカは困惑。
「あの……。ユーヴィン様? もう、おやめになった方が宜しいかと……」
「折角受け取って頂けたのです。何故止める必要が?」
にっこりと爽やかに微笑んでいるけれど、意地を張っているのがまるわかりになっている。
ここにきて、まるでヴァイゼ殿下の添え物のように、滅多に口を開くことも無く、物腰柔らかな笑みを浮かべていたユーヴィンの子供っぽい面が表に出てきた。
ひょっとすると、貴族の窮屈さを感じているのは、ユーヴィンの方なのかも。
心配そうにユーヴィンに声を掛けたフローラは軽く一蹴されてしまった。
ぎすぎすした空気のまま、時間だけが過ぎていく。
その後も、ユーヴィンは毎日のように、野の花で作ったブーケや、下町で売られているお菓子、端切れで作られたぬいぐるみ。様々なものを持ってきた。
ビアンカはそれを殆ど見ないまま、箱の中へ納めていく。
礼は言うものの、その作業は事務的だ。
「ビアンカ嬢……。受け取ってくれたそれは、身に着けては下さらないのですか?」
ある日、ユーヴィンが堪えきれなくなったらしく、そう問いかけてきた。
「こちらは孤児院へ持って行って貰いますわ」
「っ……」
「今まで貴方が投げ捨てたものや、ゴミ箱に放った物も、皆後から集めて孤児院へ運んでおりました」
「っは」
一瞬傷ついた顔をしたユーヴィンは、続いた言葉に小さく笑った。
「良かった。あなたはやっぱり貴族には相応しくない。貴族の令嬢であれば、ゴミ箱から物を漁るなど卑しい真似は――」
「お姉様も手伝ってくださいましたわ」
「――っ!?」
音が付きそうな勢いで、ユーヴィンが私の方を振り返る。
「何か文句でもおありかしら?」
「ゴミ漁り令嬢ですか。公爵令嬢ともあろう方が」
嘲笑うようなユーヴィンの言葉に、私は首を傾けた。
「わたくしには、受け取れないと分かっている物をわざわざ購入し、これ見よがしに目の前で捨てるような真似の方が、よっぽど卑しく思いますわ」
「なんだと……?」
「わたくしは恥じる真似はしていないと思っておりますもの。わたくしは、未使用のまだ使えるものを、誰かを悲しませる為に捨てる者よりも、そうして無下に捨てられた物さえも拾い上げ、必要とする者に届けようとするビアンカの方が、よほど本来貴族のあるべき姿だと思います」
唖然とするユーヴィンへ視線を流しながら、ヴェロニカも困惑顔で私を見る。
「いつの間に拾っておりましたの? 下に落とされたものをビアンカ様が拾われたのは見たことがありますが、ゴミを漁っている所は存じ上げませんでしたわ」
流石にゴミは抵抗があるんだろうなぁ。私は苦笑を浮かべた。
「普通に皆様の前で拾っておりましたわよ? 自分のゴミを捨てる際に」
私は捨てるつもりだった紙を手に取り、ゴミ箱へと向かった。捨てる際に、スっとゴミの中に手を入れて、先ほどフローラが捨てていたワックスの欠片を指で摘み、取り上げる。
「堂々とすれば、案外目立たないものですから。捨てられてそう時間が経っていなければ、漁る必要はあまりありませんのよ」
「わたくしはただ、ゴミ箱に入れられる前に頂いたに過ぎません。こちらはちゃんと有効活用させて頂きますわ」
すっと背筋を伸ばし、ビアンカはまっすぐにユーヴィンを見つめた。
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次は夜、21時頃、投稿予定です。




