79.ハッピーエンドはほど遠い。
少しの間、私もビアンカも無言だった。
頭の中で、考えていたからだと思う。
「……まどろっこしいのは、苦手だわ」
貴族としては、やらざるを得ないことなんだけど。
私は元来腹の探り合いは正直苦手だ。
「直接、話してみるわ。ユーヴィンと」
考えた末、恐らくユーヴィンも転生者なのだとしたら。
もう、はっきりすっぱり、聞いてしまえばいい。
後の事は、後で考えよう。
どうせ、筋書き通りに行くことなんて、早々起こりはしないのだから。
***
翌日、私はユーヴィンを釣ることにした。
あえてビアンカに、昼休みに、ユーヴィンを呼び出して貰ったのだ。
「……」
食堂の個室へとやってきたユーヴィンは、扉を開け、私を確認するなり、その表情を無にした。
黙って扉を閉めようとする。
「入ってお掛けなさいな。ユーヴィン・ストムバート伯爵子息」
どうぞ、と向かい側の席を指す。
あえて権力を利用させてもらった。ぶっちゃけ学園の中では通用しない代物なんだが、伯爵子息とはいえ、宰相の息子だ。幼い頃から叩き込まれた身分差を匂わせた命令には、そう簡単に逆らえない。
渋々と言った様子で、閉じかけた扉の向こうでため息をつき、ユーヴィンが部屋へと入ってくる。
命じられるままに私の向かいに腰を下ろした。
「回りくどいのは止めましょう? 貴方、転生者?」
「――そうですよ」
「そう。で? 何故、今頃になってビアンカにちょっかいを出すのかしら?」
「――最初は、何が何だか分からなかったんですよ。ねぇ、アウラリーサ嬢。何故、領地に引きこもっているはずのあなたが学園に居るんですか? 何故、ビアンカ・ネーヴェがあなたの義妹なんてことになっているんですか? 何故、アイザック殿下とビアンカがすでに顔見知りなんですか」
何故。私が、そうなるように動いたからだ。
「僕は、前世を思い出した時、なんとしてもビアンカに選んで貰いたいと思っていたんですよ。入学したら、すぐに彼女を探すつもりでした。なのに、入学してみたら、アウラリーサ・ブランシェルがクラスメイト。それっぽい子が居たと聞いて見に行ったのに、居たのは頭の悪そうなシャーリィ・バーシル。別人だった。そしてアイザック殿下の横には、君を姉と呼ぶ少女。まさかと思いましたよ。あんな取り澄まして微笑む娘が、あのビアンカ・ネーヴェだなんて。平民だったビアンカを養女に迎え、アイザックの妃として作りかえられてしまったと気づいた時は、目の前が真っ暗になりました。あんなに、天真爛漫でコロコロ表情の変わるビアンカが、あんなどこにでもいる平凡な貴族の娘になっているなんて。あなたのせいでしょう。アウラリーサ・ブランシェル」
「――そうよ。私が仕組んだの」
「なら、僕も、自分の為に動いても文句ないですよね。あなたが自分の為に、あの愛らしいビアンカ・ネーヴェを、つまらない令嬢に変えたんだ。僕はビアンカを元の明るく天真爛漫で、少しお馬鹿な彼女に戻してあげる。アイザック王子がそれを厭うなら、僕が彼女を愛してあげる。狂った物語は、元の正しい形に直さなくてはいけない」
「元にって……。ビアンカも望んだことよ!? 貴方はあの子の努力を無下にするつもり!?」
「そう仕向けたのは貴方でしょう、アウラリーサ・ブランシェル! 貴方に誘導され、そうあるべきだと思わされた彼女の目を覚ましてあげる。彼女が自分を殺さずとも、僕はありのままの彼女を認めてあげられる! 元々彼女と僕は愛し合っていたんだ!」
……ン……?
どういうこと?
「待って。あなた、入学まで、ビアンカに会ったことはないのでしょう?」
「そうですよ。でも、前世で僕とビアンカは愛し合っていた! 僕は前世でもユーヴィン・ストムバートだったんだ!」
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「あの」
「なんですか」
「貴方が言っているのは……ゲームの話? で、あっているかしら」
「そうですよ。当たり前じゃないですか」
「前世でユーヴィンだったというのは?」
「攻略対象ですよ。僕はユーヴィンルート一択です。何せユーヴィンは僕ですから」
つまり……なんだ?
前世の彼は、ゲームの中のビアンカにガチで恋していた的な……?
自分をユーヴィンに置き換えてたってことなのか?
カプとか推しとかじゃなく??
――こわッ!?
ヤバイ、コイツガチのサイコパスなんじゃないだろうか。
こんな一見さわやか美少年なのに。
「あ、あああああ、あなたに可愛い妹は渡さないわよ!?」
「それを決めるのは貴方じゃない。ビアンカです。さ。もういいでしょう。私は戻りますよ」
にっこりと笑みを浮かべると、ユーヴィン・ストムバートは優雅に一礼し、長い髪を揺らしながら、部屋を出て行った。
――なんかこのゲーム……。
現実化したとたん、闇が深すぎやしませんか……。
ハッピーエンドは、まだまだ先になりそうだ。
いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価・誤字報告、有難うございます!
大分遅くなっちゃいました;すみません。
次は夜、21時頃、投稿予定です。




