76.嫉妬深い男は嫌われますよ?
「きゃああ、お姉様、あった! ありましたぁっ!」
「きゃ――! ビアンカ、Aクラスだわ! Aクラスよ!」
進級の日。学園の掲示板に張り出されたクラス分けをチェックをし、私とビアンカは思わず抱き合ってしまった。
張り紙には、しっかりと。
Aクラスに、私とビアンカ、アイザックの名前がしっかりと入っていた。
クラスメイトには、ヴァイゼ殿下は勿論、ヴェロニカも、フローラも、ヴァルターも、イグナーツもユーヴィンも一緒だ。
アイザックはヴァルターと、パンっと手を打ち合わせている。
あの一件以降、ヴァルターはアイザックの側近として、アイザックと行動を共にしている。
教室へ入ると、フローラが駆け寄ってきた。
「ご機嫌よう、アリー様、ビアンカ様! 同じクラスになれて光栄ですわ!」
「ご機嫌よう、フローラ様。わたくしもとても嬉しいですわ。どうぞ、仲良くして下さいませ」
「ご機嫌よう、ビアンカ様。お待ちしていましたわ」
「ヴェロニカ様! 有難うございます。ヴェロニカ様のお陰ですわ!」
私達が盛り上がっている間、アイザックもヴァイゼ殿下達と喜びを分かち合っていた。
ふと、こっちを見たユーヴィンが、男子から離れ、こっちに来る。
???
ヴェロニカやフローラも気が付いて、きょとんとした顔でユーヴィンへと視線を向ける。
「こんにちは。ビアンカ嬢。Aクラスに上がられたのですね。おめでとうございます」
「ありがとう存じます。ユーヴィン・ストムバート様」
ビアンカが綺麗なカーテシーで挨拶を返した。
「同じクラスになったのですから、気軽にユーヴィンとお呼び下さい」
んん?
ユーヴィン、なんかビアンカに近くないか?
ビアンカも何か感じることがあったのだろうか。笑みを浮かべたまま、さりげなく、ゆっくりと体重を移動させるように、ス、と後ろに下がる。
「ユーヴィン・ストムバート、私の婚約者を口説かないでくれよ?」
「アイザック様」
アイザックも歩み寄ってきて、ビアンカが、ほっとしたように笑みを浮かべた。
わずかな変化で、他の人は恐らく気づかなかっただろう。
アイザックは、ビアンカの背に手を回し、しっかりとユーヴィンへと釘を刺す。
ビアンカも、アイザックに寄り添った。
「同じクラスになったのだから、挨拶をさせて頂いただけですよ。挨拶程度で嫉妬とは、聊か心が狭すぎませんか? 嫉妬深い男は嫌われますよ? アイザック殿下」
穏やかな口調に穏やかな笑み。なのに、このとげとげしさ。
一瞬アイザックとユーヴィンの間に火花が散った気がした。
おぉぅ……。
ゲームでは王子とその側近だったはずなのに、こちらのアイザック王子とユーヴィンはお互い笑みを浮かべているのにどこか険悪だ。
「ユーヴィン。らしくねぇな。何殿下に喧嘩売ってんだ?」
眉を寄せたヴァルターがユーヴィンを諫めた。
「別に喧嘩など売っていませんよ? 人聞きが悪いですね、ヴァルター。失敬」
にこりと笑みを向け、こちらに軽く会釈をすると、ユーヴィンはいつもの通りヴァイゼ殿下の傍に控える。見慣れた、いつもの光景だ。
なのに、何だか、ユーヴィンが、全く知らない人のような、妙な気分になった。
「……ったく、なんだあいつ? いつもはあんな奴じゃないんですけどねぇ」
「あれがストムバートの息子か……」
わしわしと頭を掻いてユーヴィンを振り返るヴァルターと、苦虫を嚙み潰したような顔のアイザック王子。
そうか。よく考えたら、ユーヴィンも攻略対象だったもんね。
ビアンカに、惹かれたのだろうか。
ヴァルターやヴァイゼ殿下が普通だったから、すっかり忘れていた。
実は私、アイザックルートしかやったこと無いんだよな……。
一年の時は、いつもヴァイゼ殿下の傍にいて、殆ど会話を交わしたことが無い。
どんな人なのか分からないんだよね。
そういえば、ビアンカとも、攻略対象についての話をしたことが無い。
うっかり忘れていたけれど、ビアンカも転生者だったはず。
ずっと様子をうかがっていた、イグナーツがやってくる。
「アイザック殿下、お久しぶりに御座います。ビアンカ嬢。イグナーツ・メイナードと申します。以後お見知りおきを」
「久しぶりだな、イグナーツ」
「あら。お二人はお知り合いでしたの?」
「ああ。イザベラが姉上の教育係だったから。姉上が嫁ぐ際に数度会った程度だが」
ふ、とアイザックが眉を下げる。
「そのような顔をなさらずに。私は――少し、感謝をしているのですから」
――感謝?
イザベラというのは、幼い頃、私の家庭教師をしていた人だ。
私が陥れ、破滅に追いやった女性。そして、イグナーツはその息子。
「私の母は……。こう言っては何ですが、過去の栄光を忘れられない人でしたからね。時々手紙が来ますよ。最初は随分とあれていましたが、最近は、何に固執をしていたのだろうと、憑き物が落ちたみたいで。ああいう環境で、人を羨み妬む暇もなくなって、あの人は、ああなって良かったのだと思います」
ふわりと柔らかくイグナーツが笑みを浮かべる。彼の視線が私に流れた。
「――いつか、アウラリーサ嬢に、きちんと伝えようとは、思ったんですが……。私はどうも口下手で。タイミングを、見つけられなくて。今言うつもりは無かったんですが、言えてよかった」
「――有難うございます。イグナーツ様……」
「アイザック殿下。コイツ、実は魔道具作りが趣味なんですよ」
がしり、とヴァルターがイグナーツの肩に手を回す。
そういえば、意外と仲が良かったんだっけ。この二人。
「へぇ……。興味があるな。話を聞かせてくれ」
機嫌が直ったらしいアイザックが、イグナーツとヴァルターを連れて離れていく。ちゃっかりビアンカも連れて。
その後は、アイザックとヴァルター、イグナーツで話が弾んでいるようだった。少し経つと、ぷく、と頬を膨らませ、拗ねた様子でこっそりとビアンカが戻ってきた。
「もう。殿下ったら。わたくしそっちのけで、魔道具の話やら剣の話やらで盛り上がっていますの。わたくし全然ついていけなくて戻ってきてしまいましたわ」
「殿方は殿方同士、わたくし達はわたくし達で仲良く致しましょう?」
ちょっと前途多難そうな滑り出しではあるけれど、新しいクラスは、少し楽しくなりそうだった。
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