72.好きでいるのは良いですか?
フレッドは順調に回復をしていった。
フレッドの周囲に置かれた魔道具は、再生能力がある魔物の体内から取れた貴重な魔石だそうで、意識を取り戻した後は、わずか数日で傷が塞がり、見る見る回復をしていった。
ただ、幾ら傷が癒えたとしても、失われた血液が元に戻るには、数ヵ月は掛かるらしい。
「フレッド、本当に大丈夫?」
「大丈夫ですよ。無理はしていませんから。ゆっくり歩く程度なら何ともありません」
あれから、一週間。
私の隣にはフレッドの姿があった。
さっきから何度も尋ねてしまう私の横で、くすくすと笑うフレッド。
以前と変わらない姿にほっとする。
私とフレッドは、少し前に、陛下からお呼びが掛かったから、女官に案内をされ、謁見の間へと向かっていた。
「アウラリーサ・ブランシェル公爵令嬢、並びにフレッド・ファルク子爵令息、参られました」
名を呼びあげられ、謁見の間へと入室し、中央まで進むと、礼を執る。
「メルディアを照らす黄金の太陽、国王陛下、並びにメルディアを潤す麗しき月、王妃殿下にご挨拶申し上げます。ブランシェル公爵家公女アウラリーサ・ブランシェル、お呼びと伺い馳せ参じました」
「ファルク子爵家が第三子にしてブランシェル公女が従者、フレッド・ファルク、公女に伴い参上仕りましてございます」
「面を上げよ。まだ傷が痛むであろう。楽にすると良い。ファルク子爵子息」
「お心遣い感謝申し上げます」
こうして陛下の御前で直々に声を掛けられたのに、フレッド、仕草も優雅で子爵令息とは思えない堂々とした佇まい。
惚れなおしてしまいそう。
玉座には、国王陛下、王妃殿下、アイザック殿下が鎮座している。
アイザック殿下は、わずか数日で、その表情が変わったように思えた。
威厳のようなものが感じられる。
「シュトルク王国第一王子ヴァイゼ・ルキア・ヴィ・シュトルク殿下、並びにヴェロニカ・グランドル公爵令嬢、ビアンカ・ブランシェル公爵令嬢、ヴァルター・サグラモール辺境伯令息、並びにフローラ・ジェニー伯爵令嬢、シャーリィ・バーシル男爵令嬢、お見えになりました」
――ん?
名を呼ばれ、順々に入室してくる面々。
シャーリィだけはおどおどと、ビアンカに付き添われるように入室し、シャーリィを除き、皆陛下と王妃殿下に優雅に礼を執る。シャーリィも、ぺこーっと深く頭を下げた。
フローラに、ヴェロニカ。久しぶりに見る顔に、嬉しくなってしまう。
フローラとヴェロニカも、こっちを見て微笑んでくれた。フローラは涙目だ。
アイザックが、すっと立ち上がり、壇上を降りて私たちの前に来る。
「ヴァイゼ殿。ヴェロニカ嬢。私の醜聞を収めるのに、随分と尽力してくれたと聞いた。感謝する」
「貴殿とは幾久しく友好を築ければと思っている。一学友として力になれたこと、嬉しく思うよ。アイザック殿」
「勿体ないお言葉に御座います。アイザック殿下」
「ヴァイゼ殿。ヴェロニカ嬢。貴殿らには、後日改めて礼をさせて頂きたい。ヴァルター・サグラモール卿」
「はっ!」
「身を挺し、わが身を守らんとしてくれたこと、感謝する。貴殿には、私の側近として、この先も力を貸して欲しい。お願いできるだろうか」
「つ……謹んでお受けいたします!」
「ありがとう。フローラ・ジェニー伯爵令嬢。私の婚約者を、ずっと時に励まし、時に力づけ、この度の一件では随分と助けて頂いたと聞いた。心から感謝する」
「勿体ないお言葉に御座います」
「貴方には、私が妃を娶った際には、王妃付き侍女として、妃を支えて頂きたいと願っている。お願いできるだろうか」
「謹んでお受けいたしますわ」
「シャーリィ・バーシル男爵令嬢」
「はっ、はいっ!!」
「ラザフォードに捕らえられていた私を、そなたの勇気が救ってくれた。何か望みはあるか?」
「……」
シャーリィは、じ、っとアイザックを見つめた。
ゆっくり、陛下、王妃殿下へ視線を移し、私達の方へと視線を向けた。
アイザックが、シャーリィ自身に望みを聞くとは思わなかった。
まさか、ここで王妃になりたいとかは、言わないよね?
少し、ふにゃりと笑ってから、まっすぐに視線をアイザックへと移した。
「えと……。王子様。わたし、学園卒業出来たら、平民に戻りたいって思います。一応ね、お父さんが、折角通わせてくれたから、学園だけは出ておきたくて。でも、皆を見てると、やっぱわたしは貴族じゃないなーって思うし、貴族の矜持、なんて言われてもわかんないし……。でも、ひとりで生きていくのに、貧乏は嫌なんで、お金いっぱいください!」
あけすけに堂々と言い切るシャーリィ。
思わず吹き出す国王陛下。あきれたように苦笑する王妃殿下。
なんだろうな。
本当に、無茶苦茶で、無礼で、どうしようもない子なんだけど。
もしも、馬鹿でも裏が無くて、一途に恋する子がヒロインだったなら、その飾り気の無いまっすぐさに惹かれ、コロっと陥落される攻略対象の気持ちも、少しわかってしまった。
困ったことに、なんだか私、憎めないんだ。この子。
馬鹿な子ほどかわいいって、こういう事かと納得する程度には、気に入ってしまった。
貴族としては、認めることができないけれど、人として好ましく、思ってしまう。
ふはっとアイザックが笑った。
「ああ、わかった。生活に困らないだけの報酬を約束しよう」
「ありがとうございます! ……王子様」
「なんだ?」
「やっぱ、わたし、王子様が大好きです! ほんとに、ほんとに大好きだけど……。この国の国民として、王子様を、ずっと好きでいるのは良いですか!?」
「……ああ。もちろんだよ。とても嬉しく思う。有難う。シャーリィ嬢」
えへへ、とシャーリィがはにかんで笑う。
健気じゃないか、シャーリィ。頭、撫でてやりたくなる。
そして、アイザックの目線が、私に向いた。
「それから……。アウラリーサ・ブランシェル嬢。ビアンカ・ブランシェル嬢。フレッド・ファルク卿。こちらへ」
アイザックが、前に出るように促した。
いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価・誤字報告、有難うございます!
次は、明日の朝、8時投稿予定です。




