71.悲しいすれ違い。
フレッドは、またすぐに眠りに落ちて行った。
フレッドの口元から、規則的な寝息が聞こえ始めると、リティがそっと近づいてくる。
「お嬢様」
「うん。もうちょっとだけ」
フレッドの手を握り、離れずにいると、リティが小さく苦笑を浮かべた。
「お気持ちは分かりますが、お部屋に戻られませんと。お疲れでしょうが、国王陛下がもう五日もお待ちですわ」
「あ。そうか。そうね」
陛下と王妃殿下が私を慮って下さって、何も言わずに待っていて下さっていたのだった。
本当は、すぐにでもご報告に伺わなくてはいけなかったのに。
一度フレッドの頬を撫でてから、私は近くに用意して貰った部屋へと、一度戻った。
湯浴みをし、身なりを整えて、急いで謁見へ向かう。
名を呼ばれ、謁見の間へと足を踏み入れると、国王陛下と王妃殿下、アイザック殿下が待っていた。
「アウラリーサ・ブランシェル、馳せ参じました」
カーテシーで挨拶をすると、陛下のお声がすぐに掛かる。
「顔を上げよ。この度はご苦労であったな。王子の救出に尽力を尽くしてくれたと聞いておる」
「勿体のう御座います」
「フレッドの容態は?」
「先ほど目を覚ましました」
「そうか。良かった……」
安堵したようなアイザック王子の声に、胸が熱くなる。
陛下も微笑を浮かべていたが、一度目を伏せ、静かな声で話し出した。
「そなたには伝えておくべきだと思ってな。……ラザフォードは、病死として発表をする。王家の醜聞を広げるわけにはいかぬのでな。我が弟が、迷惑をかけた」
「とんでもございません。国王陛下。ですが……。ご無礼を承知でお聞きしても、宜しいでしょうか」
「ラザフォードの事であろう?」
「御意」
「私はね。アウラリーサ。あれを解放してやりたかったのだよ」
「解放、で御座いますか?」
「ラザフォードと私は、十五、歳が離れていてな。私が王位を継いだのは、あれがまだ十歳の時だった。あれは幼い頃より、よく口にしていたよ。王位に興味はない、自由に生きたいと。王子が居ないまま、先の妃が亡くなった時、あれは外の世界が見たいと国を飛び出して行った。男児が居ないままでは、私が不安だろうと、継承権は残していく、そう言ってな。歳の離れたあれが、私は可愛くてならなかった。だからこそ、解放してやりたい、自由にしてやりたい、そう思った。幸い、長い年月の末、私は妃に会うことができた。アイザックも、無事育ってくれた。やっと解放してやれる。王位という枷を外し、自由にしてやれる。そう思った。――あれのその言葉が、強がりだとは、気づかなかった。それほどまでに王位を望んでいたとは、思いもしなかった……。此度の事は、私の咎だ」
「――いいえ」
なんて悲しいすれ違いなんだろう。
兄がいる以上、王位につけないラザフォード。
自分を慰める為だったのだろうか。王位を諦める為についた嘘。
私の前でも、彼はいつも王位には興味がないと、王なんて窮屈だと、そう言っていた。
異国の話を、面白おかしく話していた。
だから、私も疑いもしなかったんだ。
彼には、玉座よりも、自由に飛び回る方が似合っていたから。
言葉の通り、自由奔放に振舞っていたから。
可愛い弟に苦労を強いたくなかった陛下。
王位に興味がない振りをしながら、王位に焦がれたラザフォード。
陛下は声を詰まらせて、王妃殿下がそっとその肩に触れる。
長い、沈黙が落ちた。
陛下の代わりに、アイザックが口を開く。
あの後、学園長と、Bクラスの担任は、王族と公爵令嬢の誘拐及び、魔物の違法売買に関わっていたとして、爵位没収、死罪となったそうだ。
あの屋敷の所有者は、学園長だった。
屋敷を与えたのはラザフォード。
あの場所で、異国から取り寄せた魔物の密輸と売買を行っていたのだそうだ。
学園長も、魔物のコレクターだったらしい。
未だ謎のままなのが、シャーリィを襲い、アイザックに罪を着せるように仕向けた女。
ラザフォードの手の者なのは間違いないが、その正体は依然不明なままだった。
アイザックが事件の後、投獄中のネイド・シラーを訪ね、貴族名鑑を確認させたが、該当する人物はいなかったそうだ。
あの後、シャーリィが誰かに襲われることもなく、あの女生徒の影は、忽然と消えてしまったらしい。
もやもやとしたものは残るが、あの女生徒については、引き続き調査が行われることになった。
今回の事に対する謝礼は、また後日、あの日、アイザック救出に向かったヴァルターやフレッド、アイザックの醜聞払拭に尽力したヴァイザとヴェロニカを集め、改めて行うと伝えられた。
すべてが解決したとは言えないが、ひとまず、事件の幕を閉じたと思っていいだろう。
アイザックが、私を見て、ふと笑う。
「とりあえず、ご足労だったな。お前はとりあえず寝ろ。化粧で誤魔化したようだが、ひっどい顔しているぞ?」
うぐ。
もぉぉ。デリカシー無いなぁ。何も陛下とかの前でいうこと無いでしょうよ。
「しっかり休んでこい。食事もちゃんと取れ。ビアンカが心配をしていたぞ。フレッドが治るまで、お前はあの部屋を使って良いから」
気遣うような、優しい声に、私も笑みを返して頷いた。
そうだね。やっと私も、ぐっすりと眠ることが出来そうだから。
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