70.この気持ちを、そう呼ぶのかもしれない。
部屋の外に出ると、大勢の王宮騎士の姿があった。
私たちがなぎ倒した連中は、皆縛り上げられていた。
いつの間に部屋を出たのか、廊下には縛り上げられた学園長と、ビアンカを捕らえていた連中が、同じように項垂れて、床に座り込んでいた。
「シャーリィ!!」
屋敷の扉を潜ったら、シャーリィに駆け寄るリヒトの姿が見えた。
なんで勝手について行ったんだとか、危ないだろって怒るリヒトに、ぷぃっとそっぽを向いて膨れているシャーリィ。
なんだか、ちょっとお似合いかも。
「アリー!!」
ぼんやりシャーリィ達を見ていたら、騎士達をかき分けて、お父様とお兄様が駆けよってくる。
屋敷に居ろと言ったのに。リティまで、一緒に。
「カシー……にいさま……。お父様……リティ……っ」
あ。不味い。
お兄様たちの顔を見たら、いろんなものがこみ上げて、胸が苦しくなってきた。視界が滲む。
「アリー、なんて無茶なことを!!」
「大丈夫か? どこか怪我をしたのか!?」
「お嬢様、お嬢様っ!!」
「おにい、さまぁ……。 フレッド、フレッドがっ、フレッド、大けがしてっ、血が、いっぱい、でて……っ、ど、どぅ、どうしようっ、フレッド、いなくなっちゃ、たら、わた、わたしっ、わたしっ」
もう、わけが分かんなくなって、蛇口、捻ったみたいに涙がだばだばあふれ出て、私はお兄様にしがみついて、わんわん泣いた。
そんな私を、お兄様とお父様と、リティは、私が泣き止むまで、ずっと抱きしめて、背中を撫で続けてくれた。
***
私が酷く混乱していると、お父様が口添えをしてくれて、その日の事情聴取は翌日まで延期にされた。
フレッドの傷は、かなり酷く、一命は取り留めたものの、予断を許さない状況らしい。
面会謝絶と言われたけれど、どうしても、離れていたくなかった。
かなり無理を言って、フレッドが治療を受けている部屋の傍に、部屋を用意して貰う。
部屋で休むように言われたけれど、とても休める気分じゃなくて、体の汚れを落とし、血で汚れた服を着替えてから、ショールを体に巻いて、フレッドの病室の前の廊下に座り込み、一晩中祈った。
……でも、翌日になっても、フレッドは目を覚まさなかった。
翌日も、その翌日も。
私は一日伸ばして貰った事情聴取を受け、その後は、ずっとフレッドの部屋の前にいた。
部屋にいると、良くない事ばかり考えてしまう。
不安で、不安で、食事もリティが運んできてくれた、僅かなスープを口にするのがやっとだった。
学校も、休学した。王妃教育も、心配してくださった王妃殿下が、当面休止にして下さった。
部屋で待つように言われても、目覚めたら呼びに行くと言われても、私はそこに居続けた。
ひたすら、リティが持ってきてくれた毛布に包まって、私はただ、扉の前で、祈ることしか、できなかった。
そんな私に、リティはずっと、何も言わずに、付き添ってくれた。
「――さま。……お嬢様……」
小さく肩をゆすられて、はっとする。うとうとしてしまっていたらしい。
窓を見ると、うっすらと空が白み始めていた。
五日目の、朝だ。
疲れの浮かんだ、リティの顔。
リティは私の肩に手を触れたまま、諭すように、静かに、ゆっくりと、口を開いた。
「お嬢様。お医者様が、お呼びです」
「え……」
さぁ、と血の気が引く。ドクドクと心臓が音を立てる。
そんな私に、ふ、とリティが優しい笑みを浮かべた。
「フレッドが、目を覚ましたそうです。お嬢様にお会いしたいと。峠は、越えたそうですよ」
「フレッド……? フレッド!」
私は急いで立ち上がると、フレッドが治療を受けている部屋の扉に駆け寄った。
リティが私の後ろからついてきて、控えめにノックをする。
扉の向こうから、足音が近づいてきて、扉が開けられた。
白い服に身を包んだ看護師が、静かに微笑んで、私を部屋に促してくれる。
中には、六人くらいの、白い服に身を包んだ、王宮医師の姿。
私は逸る気持ちを抑え込み、看護師の後に続き、ベッドへと歩み寄った。
体に巻かれた包帯が痛々しい。
治療の痕跡を窺わせる、洗面器や積みあげられた脱脂綿とガーゼ。
フレッドの周りには、八面体に削られた、カンテラみたいな箱に入れられた石が、ベッドの四隅に置かれていた。ヒール効果みたいな、傷の治りを早くする魔道具だ。
瞼を閉じたままの、フレッドの顔を覗き込む。
「……フレッド……?」
そっと、小さな声で呼びかけると、フレッドの瞼がぴくりと震えた。
ゆっくり瞼が持ち上がり、ヘイゼルの瞳が、私を見る。
ふわり、とその顔に笑みが浮かぶ。
「……アリー……」
伸ばされた指先が、私の頬に触れる。きゅっとその手に、自分の手を重ねた。
私の頬を伝う涙を、フレッドが優しく親指で拭う。
温かい。ちゃんと、生きてる。温かい……。
その命のぬくもりが、たまらなく愛しくて、嬉しくて、涙があふれて、止まらない。
「フレッド、良かった、良かった、良かった……。あなたが居なくなったらどうしようって、怖かった、怖くて怖くて、たまらなかった、フレッド……」
「心配、かけてすみません……」
「生きててくれて、ありがとう……」
すり、とフレッドの指先に、頬を寄せる。
「そう簡単には、死にませんよ……。俺は、この先もずっと、お嬢様をお守りする役目を、誰かに譲るつもりは、ありませんから」
「そうだよ……。私の騎士は、フレッドだけだよ……。フレッド、だけなんだから……」
ふと、アイザックの言葉が、胸をよぎる。
『私の唯一は、ビアンカただ一人なんだ』
ああ、そっか。
真実の愛、だとか。運命だとか。お花畑かって、思ってたけれど。
こういうのを、真実の愛って、言うのかもしれない。
こういう、掛け替えのない想いを、そう呼ぶのかもしれない――。
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