7.見学します。
午後、軽い軽食の後、お母様のもとへ向かう。
「まぁ、騎士団の訓練?」
「はい、カシー兄様が訓練なさるところが見たいんです」
「そうねぇ。午後にはお勉強の時間があったことは覚えていて?」
「お勉強の時間?」
おぉぅ……。そんなのがあるのか。そういえば兄様も五歳から剣を学んでいるって言ってたね。
「ごめんなさい、知りませんでした……」
「あらあら、良いのよ。そうね、貴族の子は皆五歳からお勉強をするの。カシーは男の子だから騎士教育、アリーは女の子だから淑女教育。ダンスや刺繍、読み書きや計算、楽器なんかをお勉強するのよ。アリーも去年からお勉強をしているわ。記憶を無くしたばかりだし、今日はお休みして頂くようにメイナード夫人にお願いしておきましょうね。メイナード夫人は子爵家の奥様だけど、元は公爵家のご令嬢で、第一王女殿下の教育係もなさったことのある、とても優秀な方なの。あなたの家庭教師よ」
――あっちゃー……。先約があったのか。
うーん。しょっぱなからあんまりわがまま言って印象悪くなるのはちょっとかなー。
「ごめんなさい、お母様。やっぱりお勉強します」
しゅんっと頭を下げたら、お母様は笑って頭を撫でてくれた。
「大丈夫よ。メイナード夫人には、お母様もお話があるの。でも、明日からはきちんとお勉強しましょうね。騎士団の見学は、一時間で戻っていらっしゃい。風邪をひいてしまうわ」
「わかりました、お母様。有難うございます!」
ちょん、とスカートのすそを詰まんでお辞儀をすると、お母様が笑いながら手を広げた。
「あら、お母様は抱きしめてくれないの?」
「!」
お母様、お父様にしたハグが羨ましかったのか。なんだよ~、可愛いな!
仕方がないなぁ~、やってあげるよ~、娘ちゃんサービス!
「お母様ぁ~っ」
めいっぱい甘えて、ぎゅっと抱き着いたら、お母様は嬉しそうに抱き返してくれた。
***
騎士団までは、案内を兼ねて、護衛のフレッドが付き添ってくれる。
しかし、外に出るたびにこうして付き添って貰うのもなんか悪いなぁ。
「ごめんね、フレッド。お仕事の邪魔しちゃってない?」
「大丈夫で御座いますよ。お嬢様をお守りするのも我々騎士団の務めですから」
「ありがとう、フレッド!」
「礼には及びません、お嬢様。――あちらが騎士団の訓練所です」
剣の打ち合う音、勇ましい声が聞こえてくる。
ひときわ小さな人影がこっちに気づいて手を振った。
「アリー!」
「坊ちゃま。訓練中によそ見をしてはなりません」
「ぁっ」
あーあ、兄、怒られた。
兄を叱咤した中年の厳ついおじさんが近づいてくる。
団長さんかな。
フレッドがおじさんに敬礼する。
「お嬢様をお連れ致しました!」
「ご苦労。戻れ」
「はっ!」
再度フレッドが敬礼し、すっと私の後ろに下がる。
訓練に戻るのかと思ったら、護衛に戻れって意味だったのね。
フレッドを目で追っていたら、おじさんが私の前で跪いた。
「お嬢様。お初にお目にかかります。ブランシェル騎士団団長、ライネルに御座います」
「アウラリーサ・ブランシェルです。訓練の邪魔をしてごめんなさい、ライネル団長」
ちょん、とスカートをつまみ、腰を落とす。
厳めしいお顔が、柔らかく綻んだ。
「見ての通りむさくるしい所ですが、ごゆっくりご観覧ください。どうぞこちらへ」
団長さん、兄から私が来ることを聞いていたみたい。
クッションを置いた猫足の椅子とひざ掛けが用意されていた。
足元にランプみたいなのが二つ置かれていて、ぽかぽかする。ストーブみたい。
「どうもありがとう」
お礼を言うと、団長さんはニコッと人懐っこい笑みを浮かべた。
騎士さんも兄も皆手を止めて直立してる。
団長さんが皆の方に一歩進み出た。
「我らブランシェル騎士団は、ブランシェルの剣となり盾となり、名誉にかけて、ブランシェル公爵家に忠誠を誓います! アウラリーサお嬢様に敬礼!」
「「「ブランシェルに忠誠を!!」」」
ビリビリとするほどの威圧感のある大きな声。すっごい迫力。
ざっと音がするように、一糸乱れず敬礼をする騎士たち。
ぅきゃあああああああああああああアッッ!!
やば――――ッッ!!
何これめっちゃカッコイイッ!!
やだ――! お兄様ったら、キリっとした顔しちゃって、あんなにちんまいのになんて凛々しいの!?
兄妹じゃなかったら惚れちゃう自信あるよ!!
はわわわわ。私も慌てて立ち上がる。
「えと、アウラリーサ・ブランシェルです! 訓練の邪魔してごめんなさい! いつも公爵家の為に有難うございます! 今日は無理を言って見学させてもらいます! よろしくお願いしますっ!」
思わず大声で返しちゃったけど、お嬢様的にはアウトだったかな?
でも皆優しい笑顔向けてくれてる。えへへ。照れくさい。
団長さんが頷いて合図を送ると、騎士たちもお兄様も、訓練を再開する。
今日は拳闘は無いっぽい。皆めっちゃ真剣な顔。実戦さながらで気迫が凄い。
お兄様、上手いな。時々吹っ飛ばされてるけど、小さい体を利用して、素早いステップで相手を翻弄している。
相手の騎士さんも、すごいやりにくそうだ。
めちゃくちゃ強いんじゃなかろうか。私の兄が格好良すぎる……。
「お嬢様には少々怖いのではないですかな?」
「いいえ! とっても格好いいです! こうやって訓練を欠かさず行って、ブランシェル家に尽くして下さってるんですね。尊敬します。私も交ざって教えて頂きたいくらいです」
優しく声をかけてくれる団長さんに、私も笑って答える。
団長さんは、驚いたように目を丸くした。
やっぱおかしいかな? 令嬢が交ざりたい、だなんて。
「そう言って頂けると、お仕えする甲斐が御座います。流石にお嬢様が剣術を学ぶのは難しいかと存じますが、護身術の類でしたら、学ばれるのもよいかもしれませんね」
護身術か。うん、面白そうだ。
「ですが、お嬢様はお体がお弱い。まずは体力をお付けになるとよろしいでしょう」
しっかり釘刺されちゃった。
ま、そうだよね。焦らずじっくり、まずは体力づくりだね!
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