69.あなたは向いていないのだと思うわ。
「ぅ、ぐ……」
ほけりとしてしまっていた私は、フレッドの低いうめき声にはっとする。
「フレッド!!」
「フレッドさん!」
剣を納めながら、ヴァルターも駆け寄ってくる。
アイザックとビアンカも駆け寄ってきた。
フレッドの背には、ざっくりと魔物の爪で引き裂かれた、深い傷が出来ていた。
その背は血でぐっしょりと濡れている。
「フレッド、フレッドしっかりして!!」
上着を脱いで、急いでフレッドの傷口を押さえる。
どうしよう、血が止まらない……。
「ヴァルター!! 近くに騎士がいるはずだ! 急いで呼んできてくれ!!」
「はい!!」
ヴァルターが駆け出していく。
「アリー……。アウラ、リーサ様……。お怪我は、ありませんか……?」
フレッドの手が伸びて、私の頬に触れる。
瞼が重いのか、目を細めて。力なく、笑みを浮かべて。
――ばか。
怪我をしたのは、あなたじゃない。
そんなひどい顔色をして。
そんなひどい傷を負って。
何、人の心配、してるのよ。
涙で視界がぼやけてくる。
「大丈夫! フレッドが、守ってくれたから!」
「……良かった、です……」
紫色になった唇。額から零れる、凄い汗。
なのに、フレッドは安心したように笑って。
そのまま、瞼を閉じて。体から、力が抜け落ちた。
「……や……いや、いやぁッ!! フレッド、フレッドっ!!」
「落ち着け、アウラリーサ。気を失っただけだ。息はある……」
捜索隊は、屋敷のすぐ傍まで来ていたらしい。
ヴァルターの案内で、騎士達がなだれ込んでくる。
フレッドは、すぐに王宮の騎士たちによって応急処置が施され、運ばれていった。
王宮医師団で治療を受けるそうだ。
私もフレッドについて行きたかったけれど、後で連絡を寄こすからと、拒まれてしまった。
私とヴァルター、ビアンカとアイザックは、この後王宮で話を聞かれることになる。
血だまりの中で息絶えていたラザフォードは、白い布を掛けられて、運ばれていった。
その様子を、悲痛な面持ちでアイザックが見送るのを、ビアンカが寄り添って支えていた。
扉の脇では、一人取り残されたように、シャーリィが、ぺたんと床に座り込んでいた。
ビアンカを支えながら、騎士に続いて歩いていたアイザックが、足を止める。
ぼんやりと、こちらを眺めていたシャーリィが、アイザックを見上げ、えへへ、と力なく笑った。
アイザックが、ビアンカに視線を向ける。ビアンカが、小さく頷いた。
「シャーリィ・バーシル嬢」
「はい、王子様。……えへへ、そのぉ、ご無事で、良かったです」
真顔で、シャーリィへ視線を向けたアイザックは、片膝を突き、シャーリィと目線を合わせると、頭を下げた。
驚いたように、シャーリィがわたわたと手を振る。
「え、あの、王子様?!」
「私の救出に来てくれたこと、礼を言う」
「いえっ! わたしが、王子様をお助けしたくて、それでっ!」
「私を思ってくれるあなたの気持ちは嬉しい。民に慕われる王になりたいと、幼い頃より思っていた」
「ぁ……」
「だが、すまない。私は、ビアンカを愛している。だから、あなたの気持ちには応えることは出来ない」
シャーリィは、一度ビアンカを見上げた後、床に視線を落とした。
「王子様の婚約者は、アウラリーサ様ですよね……?」
「今はまだ、ね」
「ビアンカ様は、元平民だったって、噂で聞きました……。なら……。もしか、ビアンカさまよか、わたしの方が先に会ってたら……。もしも、アウラリーサ様に拾って貰ったのがわたしだったら……。王子様、わたしを好きになってくれました……?」
シャーリィの縋るような目に、アイザックは、ゆっくりと首を振った。
「もしも、ビアンカではなく、君がアウラリーサの侍女として、公爵家に上がっていたとしても、私は君をアウラリーサの侍女としてしか見られなかっただろう。そうして、学園に入学し、ビアンカと出会ったなら、やはり私はビアンカに恋をしただろう。もしもを説いても仕方がないが……。私の唯一は、ビアンカただ一人なんだ」
「そ、ですね……」
ふにゃり、とシャーリィが泣き笑いを浮かべた。
「あの、学園で、お会いしたら……。挨拶、しても良いですか?」
「待ち伏せは、勘弁してくれ」
「アイザック様って、呼んでも良いですか?」
「殿下呼びで頼むよ」
ちぇー、なんて、小さくシャーリィは笑い、ビアンカを見上げた。
「ビアンカ様。わたし、あなたが、羨ましいです。アウラリーサ様に、拾って貰って、王子様に愛されて。同じ平民出なのに、ビアンカさまばっかし、ずるい」
その表情には、ふにゃりと笑みが浮かんでいる。
「そうね。あなたの様に思う女の子は、きっととても多いでしょうね。お姉様が、貴族として生きるなら、変えなくてはいけないことがあると、教えてくれましたわ。直さないのなら、貴族であるべきではないと。だから、わたくしは、令嬢となるべく努力をしてまいりましたわ。あなたの様な愚かで無礼な娘でしたが、必死に直しもしましたわ」
「ぅん。わたしはぁ……多分、直せないかなぁ……。窮屈なのは、やっぱ嫌だしぃ……」
「それなら、あなたは貴族には向いていないのだと思うわ。悪い意味では無くね。わたくしは、平民としての気楽な自由より、窮屈でも、殿下の傍にいられる可能性がある貴族になることを選びましたの」
「うん。あーあ、まけたぁ――」
ぱんぱん、とスカートを叩いて、シャーリィが立ち上がる。
「王子様! すっぱり振ってくれて良かったですぅ! お腹すいちゃったから、わたし、帰りますね!」
作り笑いなんだろう。無理やり明るく笑うと、シャーリィはくるっと踵を返し、小走りに出て行った。
アイザックとビアンカも、顔を一度見合わせて、寄り添いながら部屋を出ていく。
部屋の中には、まだ多くの騎士の姿。
今回の魔物の違法売買事件も、じきに終息を迎えるだろう。
私は重い体を引きずって、皆の後をついて行った。
いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価、有難うございます!
次は21時、更新予定です。




