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68.魔物の最後。

「お嬢様。絶対に魔物の爪を受止めようとは、なさらないで下さい」

「ん、分かったわ……」


 私は扇の弧の部分に被せてあった蛇腹型の金具の留め具を親指で弾いた。

 縁取りのように細工した蛇腹型の金属の下に隠された、鋭利な刃が姿を現す。

 何故そんなものを付けたかというと、ただ単に中二病を拗らせたから。

 どうせなら、防御だけじゃなく、扇で無双とか格好いい!なんて、つい鍛冶職人と盛り上がってしまっただけ。

 よもやその自己満足なだけの機能を、ガチで使う日が来ようとは。

 ネタで仕込んだ刃だから、包丁程度の代物で、当然剣ほどの威力は無いが、それでも無いよりはましなはず。

 

 ゆっくりと、唸りながら魔物が動き出す。

 こちらの隙を窺っている。


 ぐ、と魔物の体が沈み込んだ。


 ――来るっ!


 飛び掛かってきた魔物側に、私はあえて飛び込む。

 前足を避け、地面に転がりながら背後に回ろうと試みる。


 フレッドの息を呑む声が一瞬聞こえたが、何をしようとしているのか、すぐに察したらしい。

 フレッドは逆にバックステップで距離を取り、刃を振るう。

 ガキン、っと肩に当たった剣が、硬い鱗に弾かれた。

 フレッドの顔が歪む。


「チッ……!」


 私はその隙に、床を転がり、背後に回り込んだ。

 尾の蛇が牙を剥く。

 鉄扇で尾の蛇を受け流すように弾き、体勢を立て直す。


 アイザックが、ビアンカを抱え、扉の方へ、ジリジリと移動をする。

 ヴァルターは慎重に、ゆっくりと、アイザックを扉の方に誘導した。


 鋭い爪が何度もフレッドを掠める。

 お腹側には体毛に覆われ、鱗が無かった。狙うならそこだが、体を低くし、執拗に爪を振るい、牙を鳴らす魔物は初手以降、中々腹を見せない。


 私も、防御だけで精いっぱいだ。

 辛うじて尾の蛇をこっちで引き受けられているから、フレッドの邪魔にはなっていないと思うけれど。

 鎌首を擡げ、高速で襲い掛かってくる尾の蛇を、扇で弾く。

 右に左に、上に下に、うねうねとその身をくねらせて、一瞬で喰らいつこうと飛び掛かってくる尾に集中する。


「お姉様ッ!!」


 ビアンカが意識を取り戻したらしい。

 呼びかけと同時に、私に向かって何かを投げる。

 私はそれを、寸でのところで蛇の頭を避け、何とかキャッチした。


 黒い軸に銀の細工の私の扇と対の、白銀の軸に黒の細工のそれ。

 ビアンカへ贈った鉄扇だ。

 ナイスタイミングだよ。ビアンカ。


 やってやろうじゃない、鉄扇二刀流!


 バラ、っと扇を左右で広げる。蛇の頭が襲い掛かってくる。

 片手でパリーイング(受け流し)、もう片手で蛇の頭の付け根を狙う。

 スパっと首に筋が入り、青い血が流れだした。

 ギャっと声を上げ、蛇の頭が上へと逃げる。


 ビアンカが気づいたことで、アイザックはビアンカを守るように剣を構え、ヴァルターが参戦。

 フレッドとヴァルターが連携を取り、少しずつだが獅子の体に傷を負わせ始めていた。

 徐々に魔物を追い詰めていく。


 上に避難をした蛇は、獅子の動きに合わせ、右に左に揺れ、時折ノーモーションで牙を剥く。

 何度もヒヤリと肝が冷えた。必死にタイミングを読む。

 ずっと集中しすぎて、頭がガンガン痛み出す。

 足もおぼつかなくなってくる。

 それでも、段々タイミングが判って来た。


 狙いを澄ませ、飛びかかってきた蛇の鼻先に、カウンターを合わせパンっと閉じた扇で突く!

 蛇はギャっと声を上げるが、すぐに反撃してきた。

 でも、鼻先を打たれた蛇は、スピードがわずかに落ちている。


 私は食らいつかんと大きく空いた口元目掛け、扇を一閃させる。

 突っ込んできたことで、カウンターになった。

 蛇の口腔を裂きながら通過した扇越しに、ブツっとゴムを切ったような感触が伝わり、ズバっと蛇の裂けた口から青い鮮血が舞う。


 ギェェっと蛇が雄叫びを上げる。ギャゥっと獅子も悲鳴を上げた。

 体液をまき散らし、ぐねぐねとのたうっていた蛇の頭が、やがて力なく、ぶらりと垂れた。


 やった……!


 獅子の方は、血濡れてはいるけれど、ダメージはそれほどでも無さそうだ。

 やはり硬い鱗がネックなのだろう。


 私は一旦後ろへ下がり、周囲を見渡す。


 視界に入ったのは、檻の脇にぐしゃぐしゃに積まれて放置されたロープ。

 私は転がるように駆けだした。

 重たいそれを抱え込み、背後から獅子の方に接近する。

 獅子も私の方をちらちらと気にしているが、フレッドとヴァルターが魔物の意識を引き戻す。


 魔物がフレッドに襲い掛かったそのタイミングを狙い、獅子の足元目掛け、ロープをぐしゃぐしゃのまま、全力で投げた。


 絡まったロープに鋭い爪が引っ掛かる。

 ロープに足を取られた魔物の動きが鈍った。


 上手くいった……!


 と、次の瞬間。

 ギロリ、と獅子がこちらを向いた。

 不味い! 近づき過ぎた!?


 あっと思った次の瞬間には、振り返った魔物の鋭い爪が、私の目前に迫っていた。


「っきゃぁぁぁッ!」

「アリーッ!!」


 私の体を、飛び込んできたフレッドが包み込む。

 そのまま突き飛ばされるように、床へ倒れこんだ。


「がはッ!!」

「フレッドッ!?」


 フレッドの口から呻きが漏れる。

 背に回した手に、ぬるりとした感触。


「フレッド、フレッドしっかりして!」

「だい、じょうぶ、です! 意識を、逸ら、しては…っいけま、せんっ!」


 ヴァルターが何とか獅子の意識を自分に向けようとしている。

 が、手負いのフレッドに襲い掛かろうと、獅子はヴァルターをいなし、ローブを絡めたまま、がばっと此方に飛び掛かってきた。


「っくぅっ!!」


 私はフレッドの手から剣を奪い取る。

 そのまま私達を抑え込もうとした黒い毛に覆われた腹獅子の腹目掛け、ぎゅっと目を瞑り、切っ先を立てた。


 どすっと衝撃が来る。


「ギャアアアァァアゥッ!!」


 獅子の体重が剣に掛かり、獅子の体にズブリと剣が埋まっていく。

 ヴァルターが獅子の体に体当たりをすると、獅子はそのまま横へ、ドゥっと倒れた。


 口から黒い泡を吹き、体を起こそうともがくが、剣が邪魔で起き上がれないらしい。

 その間に、私はフレッドの下から這い出して、フレッドの脇に腕を差し込み、何とかフレッドを引きずるようにして魔物から距離を取った。

 暫く魔物は断続的に吠えながら起き上がろうと暴れていたが、徐々に動きが緩慢になり、最後は、一度二度、空を掻く様に四肢を彷徨わせ、そうして静かに動きを止めた。


 魔物の体が色素を失うように灰色になり、ボロボロと崩れ始める。


 やがてその体が崩れきると、美しい光沢を持つ拳大の石――魔石が、カランと音を立て、転がり落ちた。

いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価、有難うございます!

次回投稿は明日の朝。8時前後の予定です。

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