67.逆恨みの代償。
※残酷な描写があります。
何を、するつもりなの。
嫌な予感に血の気が引く。
ラザフォードの目つきに、今まで視界から抜け落ちていた床にへたり込んでいた男が、ヒィッと悲鳴を上げてじたじたと此方に逃げ出してくる。
その様子を見たビアンカを捕らえていた男たちも、部屋の隅で震えていた学園長も、次々にラザフォードから距離を取るように、一度私たちのいる扉側に目を向けて、逃げられないと悟ったのか、すぐに部屋の奥で固まった。
ビアンカは恐怖から、逃げ出すこともできず、その場に縫い付けられたように、一人残され震えている。
刺激することを恐れ、私達も動けない。
けたたましく、ラザフォードが嗤う。
「ふふふ……クククククッ……ア――ッハッハッハ!! あー、もういい。アイジー……。お前にはここで死んでもらうよ。可哀想にねぇ。アリーが邪魔をしなければ、お前が王位継承権を辞退していれば、殺さずに済んだのに、残念だよ。ああ、そうだ、兄上にも死んでもらおう。そうすれば、邪魔者は皆いなくなる。ハハハっ! 名案だと思わないかい?」
「叔父上、もう止めてください! 王位継承権が欲しいなら、私は辞退しても構いません!」
悲痛なアイザックの声を、ラザフォードが遮った。
「もう遅い!! ……もう遅いんだよ。アリー、お前は私がしたことに、口を噤むなんてできやしないだろう? お前たちがここに来たということは、私がアイザック誘拐に関わっていたことも、もう広まってしまっているだろう。兄上の耳にも、もう入っているんだろう? 私が破滅? そんなこと、許せるものか! 邪魔者は、皆消してしまえばいい! 誰にも邪魔などさせるものか!」
狂って、いるんだろうか。
目を血走らせ、嗤い、吠えるラザフォードは、もう私が知っていた、あのチャラくて軽薄な殿下の面影はない。あの能天気な仮面の奥で、ずっと、何年も、こんな感情を隠していたんだろうか。
何だか、とても悲しくなる。
ゆらりとラザフォードが、魔物の檻に手をかける。
猛獣よりも、更に凶暴なモノ。あれが解き放たれたら、どうなってしまうんだろう。
恐怖で呼吸が浅くなる。
私を守るように、フレッドが前に出る。
ヴァルターの体も、小刻みに震えている。
ビアンカの顔は蒼白で、今にも倒れてしまいそうだ。
いつもは騒がしいシャーリィも、へたりと座り込んでしまっている。
「ラザフォード殿下! おやめください! それを放ったりすれば、あなたも無事では――」
「私に意見をするな!! さぁ! バケモノよ! あいつらを皆食い殺せ!」
ガチャンと檻が解き放たれた。
ぐっとフレッドとヴァルターが、襲撃に備え、体を低くし、剣を構える。
――ノソリ、と、魔物が檻から、出てくる。
もう、止められない――。
「何をしている! 早くあいつらを――、 ――は……」
「叔父上ッ!!」
アイザックの声に、ラザフォードが魔物を振り返った。
その、目が、大きく見開かれる。
後ろ足で立ち上がった魔物は、ものすごく、大きく見えた。
グパリと開けた大きな口からは、毒々しい深紅の鋭い牙が覗く。
ヒィッと悲鳴を上げ、逃げ出そうとしたラザフォードに襲い掛かり、ラザフォードが倒れこむ。
「ち、違う!! 待て、やめろッ!! 私じゃない!! やるのは――ぎゃあああああああああああッッ!!」
――耳を劈く、断末魔の悲鳴が、響いた。
ああッ!!
思わず私は目を背ける。フレッドが私を胸に抱え込んだ。
恐ろしくて、顔が上げられない。
気が遠くなる。
吐きそう……。
「見るな!!」
ヴァルターがシャーリィの前を塞ぐ。
シャーリィは、ガタガタと震えていた。
悲鳴を上げ、バタバタと、手足をばたつかせ、必死に抵抗していたラザフォードが、やがて動かなくなる。
床に広がっていく、夥しい血。
鼻を刺激する血の匂い。
恐ろしい惨劇に、神経が焼き切れたように、悲鳴も上げられず、ふっとビアンカが崩れ落ちる。
「ビアンカッ!!」
一瞬ラザフォードの方を苦し気に見たアイザックが、振り切るようにビアンカの元へ走った。
「っくっ!!」
気合を入れるように、ヴァルターが自分の頬を張り、アイザックの後を追う。
「お嬢様……ッ」
本当は、逃げ出したい。
怖い。無理。気を失いそう。
死にたくない。
怖い。怖い――
「――怖くないッ!」
私は、まっすぐ顔を上げる。
だって、フレッドは逃げる気なんてないんじゃない。
私だけ、逃げるの? フレッドを置いて?
そんな私は、認めるもんか。
敵を前に逃げるなんて、格闘系女子の名が廃る。
恐怖なんて、見てやるもんか。
遠のきそうになる意識を繋ぎとめる。
足手まといになんて、なるもんか。
諦めてなんて、やるもんか!!
「大丈夫! 戦える! だって、私、強いもの!」
虚勢だろうが張ってやる。
自己暗示は大事だって、前世のコーチに散々言われたんだ。
フレッドが、ぐっと唇を噛んだ。
わかってる。下がってて、欲しいんでしょう?
でも、私だって戦力だ。
ヴァルターとフレッドの二人じゃ、フレッドだって心もとないでしょう?
それに、私は公爵家の娘。殿下は大事な次期国王だ。何が何でも守らなきゃいけない。
まずは、殿下と、ビアンカを守ることが、最優先だ。
自分を犠牲にするつもりはない。
戦えるから、戦う。それだけだ。
ヴァルターがアイザックの護衛に就く。
私とフレッドは、殿下達を背にして、魔物と対峙する。
血濡れた顔の魔物が、こっちを向いた。
その目は、私たちを、獲物とさだめたようだった。
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苦手な方はごめんなさい;次回は夜、9時前後に投稿予定です。




