61.ルタ語の名前。
つかの間のお庭デートを終え、部屋に戻った私は、ふと思い出して、書庫から貴族名鑑を持ち出した。
ネイドに貴族名鑑を見て貰おうと思ったから。
ネイドを探した時にもやってたのに、またコロっと忘れてしまってた。危ない危ない。
ネイドは萎びたみたいな顔をして、分かりましたと頷いていた。
残念ながら我が家にある貴族名鑑は一冊だけ。ネイド一人に頑張って貰おう。
帰宅する頃には分かっているかな。
翌日、公爵家の騎士団の皆が、破落戸を締め上げてくれるそうだから、私たちは、この日も少し早めに屋敷を出た。
時々馬車の横から追従して馬を走らせるフレッドに気が緩みそうになるのを叱咤して、頭の中を、切り替える。
ひとまず、どうしようかな。
協力してくれたクラスメイトに事情は話しておきたい。
一旦教室の方に行こうか。
ちょっと早いけど、ヴェロニカは登校していそうだし。
シャーリィ達は、どうしよう。
何となくなー。変な仲間意識みたいなのが芽生えてしまった。
……うん。きっと、朝にはまた突撃してきそうだし。
そこで話せば良いかな。
つらつらと考えていたら、馬車が減速して止まった。
――ン?
「どうしたの?」
「前の方で事故みたいですね。見てきます」
フレッドが颯爽と馬を駆り、前の方へ向かう。
前方では、何人かは馬車を下りて、歩いて登校を始めていた。
まだちょっと距離があるからなぁ。ビアンカにはきついかな?
少しして、フレッドが戻ってきた。
「少し時間がかかりそうですね。車輪が外れかけてました。今修理を呼んでいるそうです」
「お姉様、歩いて参りましょうか」
「ええ、そうね」
馬で行けなくも無いけれど、歩いている生徒も増えるだろうから、ちょっと危ないものね。
フレッドが念のためと、馬をビアンカの騎士に預け、三人で歩いて学校に向かう。
門の所でフレッドと別れ、私とビアンカはそのまま門を潜った。
案の定、シャーリィが駆けてくる。
「あれぇ――、王子様はぁ?」
「今日は一緒ではありません」
「なぁんだ……」
うーむ。ブレないなー。
「……ネイド・シラーは捕まえましたわ。私の屋敷で捕獲しています」
「え、そうなの? じゃ、アウラリーサ様んとこ行こうよ!」
なんでだよ。
「話は聞いてきましたので必要ありませんわ。わたくしたちは休み時間に事務室の方で関連がありそうな人物を調べるつもりです」
「私も行く!」
……っていうと思ったよ。ウン。
「では、次の休み時間に、事務室の前で。……教室に行かれませんの?」
「王子様来てないのに行くわけないじゃん」
「左様ですか」
ブレないなー。
うん。おいていこう。
教室につくと、全員そろっていた。うちのクラスって皆朝早いんだよね。
大抵私が一番最後。
挨拶を済ませ、昨日あったことを掻い摘んで話す。
「――とりあえず、休憩時間に事務室で履歴を調べてみるつもりですわ」
本当は朝一で調べに行く予定だったけれど、後五分くらいで始業時間だ。やむなし。
「そう。余り深入りをして危険な事にならないようになさいませね。手段を選ぶ輩とは思えませんから」
「ええ、ありがとう存じます」
間もなく始業のベルが鳴り、その日の授業が始まった。
***
休み時間になると、ビアンカが教室に迎えに来た。
アイザック殿下は、二十分くらい遅れてしまったらしい。
王子が歩いて登校は駄目なんだそうだ。危ないから。
今は、王宮から使いが来たとかで、担任に呼ばれてしまったそう。
とりあえず、フローラとヴァルター、ビアンカと私。四人で事務室に向かう。
事務室の前で、シャーリィとリヒトが待っていた。
リヒトも遅れてきたらしい。
履歴自体は、特に重要性があるわけじゃないらしく、簡単に見せて貰える。
履歴から、パーティー当日を探していると、Bクラスの担任が駆けてきた。
「ビアンカ・ブランシェル。ここに居たのか。アイザック王子がお呼びだ。ついてきなさい」
ん? ビアンカだけ?
「先生。アイザック殿下の婚約者はわたくしですわ。わたくしも同行しても?」
「アウラリーサ・ブランシェル。君は呼ばれていない」
アイザック王子ってば、私が表向き婚約者だっての忘れてんのか?
まぁ、ここ最近はビアンカと殿下も仲を隠そうとしてないんだけどさぁ。
「お姉様、大丈夫です。とりあえず行ってまいりますわ」
「ええ。あ、ビアンカ、あなた扇は持っていて?」
「お守りですもの。当然ですわ」
ふふっと悪戯っぽくビアンカが、私とお揃いの扇を覗かせる。
うん。よしよし。
「気をつけてね?」
「はい!」
ビアンカは担任の後についていった。
とりあえず、私たちは履歴の確認に戻ることにする。
「あ。ここですわ。パーティーの日付」
フローラが指を指す。
この日の来客は八人。
内、七人はパーティーに呼ばれた楽団だった。
そして、残る一人。
「何これ。ミミズが這った跡みたい」
「メルディア語じゃないですね」
「……あ、わたくし、見たことがありますわ。ルタ語ではないかしら……? じゃあ、ローブの男性はルタの方?」
覗き込んでいたシャーリィとリヒト、フローラが首を傾げる。
私は、体が凍り付いた。
見慣れなくて、当然だ。
南の、小さな島国の、文字。
王族が覚える、五ヵ国語の内の、一つ。
何度も、その名を読み返す。
血の気が引いていく。
――なぜ、という想いと、やっぱり、という思いがぐるぐるする。
指先が、冷えていく。
「……ラズアファーツ・メイダー……」
ラズアファーツ・メイダー。
メルディア語にすると――
「ラザフォード・メルディア……。王弟殿下の、お名前よ」
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次は夜、19~20時くらいに更新予定です。




