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60.夕闇時は、時間が止まる。

「――泣いてもどうにもなんねぇんだよ。今度はこちらから質問だ」


 突っ伏して泣きじゃくるネイドの顎を掴み、ヴァルターがネイドの顔を上げさせた。

 涙と鼻水で凄いことになっている。


「シャーリィ・バーシルを襲ったのはお前か」


 えぐえぐと泣きながら、ネイドがぶんぶんと首を横に振る。


「お、おれ、おれじゃ、ない……。けど、あの女に、そいつに顔を見られてる、とは、話した……」


 どうやら、鍵を握っているのは、その女生徒みたいだ。


「ほかに何か知っていることは!」


「他、他は何も――……、そ、そうだ! お、男! 男が、あの女と居た!」


「いつ!」


「ぱ、パーティの、時にっ! 俺に、王子に罪を被せろって言った後、おれ、怖くなって、女が居なくなったあと、その場にしゃがみこんで、動けなくなってたんだ……。そしたら、あの女が、ローブを着た男と歩いてきて……」


「ローブ?」


「そ、そうだ! こう、脇に刺繍の入った、濃紺のローブで、フード被ってて、顔はわかんないけど、背の高い男だった! 何を話してたかわかんないけど、少し話をしてから、別々の方に分かれて行ったんだ」


「……」


 ヴァルターが黙ってしまった。


「ヴァルター様?」


「俺、そのローブのヤツ、パーティーの時見てるかもしれない」


「「「えっ!?」」」


 思わず、一斉にヴァルターを凝視する。


 真剣な顔で、口元に手を当て考え込んでいたヴァルターが、ふと顔を上げる。


「濃紺の、ローブだった。襟の所から裾にかけて、金色の刺繍が入っていた。……学園長と、歩いていた客人だ」


 学園長と? え、じゃ、学園長も何か関係あるってこと?


 オロオロと、ヴァルターと私たちへ視線を彷徨わせていたネイドが、おずおずと続けた。


「その……。男は馬車の方には向かわずに、教員用の裏口の方に歩いていった……。女の方は、会場には戻らずに、校舎の方に歩いて行ったんだ」


 教員用の出入り口は、生徒の使う馬車の停留所よりも小さいけれど、向こうも馬車で出入りは出来るんだよね……。事務の人が見てるかな。


 女生徒の方は……。わからないな。校舎に行く理由が見当つかない。


「……学園長の客ってことなら、事務所に行けば記録が残っているかもしれないな」

「パーティの参加者も確認してみた方が良いかもしれませんわね」


「そいつら、どっちから来た?」


「さ……流石にそこまでは……。あ、でも、俺は、ダンスホールを背にしてて、あいつらが来たのは、右側からだった」


 ってことは、教員塔の方か。そうなると、女生徒も学園長と面識があるのかも。


***


 明日、事務所を当たることにして、フローラとヴァルターは帰っていった。

 私とビアンカは、このまま屋敷に残ることにする。

 アイザック王子は、ビアンカと少しゆっくり話をしてから帰るらしい。


 私は外の空気が吸いたくて、フレッドと一緒に、庭に出た。

 今は、薔薇が満開だ。甘い香りに包まれる。


 考えなくちゃいけないことは、沢山あるのに。

 何だか、気持ちが凪ぐ。この空気のせいなのかな。


 逢魔が時。


 何だか、怖い言い方だけど、私はこの時間が、結構好きだ。

 空気が薄紫色に染まる。

 庭の薔薇にも、薄闇が、降りてくる。

 夜と、昼の、狭間の時間。


 足元が暗いからと、フレッドが手を差し伸べてくれる。

 二人で、手を繋いで歩いた。

 日が暮れ始めると、夏も近いというのに、少し肌寒い。


 フレッドが上着を掛けてくれた。大きくて、温かい。

 フレッドの、匂いがする。


「俺も、学園の中に入れないのが、もどかしいです」


 少し、拗ねたような口調。大人なのに、少しだけ子供っぽくて、可愛いと感じてしまう。


「でも、今日はフレッドのお陰で助かったわ。けど、大丈夫だった? 私設とはいえ、騎士が街中を駆け回っていたのなら、目立っちゃうんじゃない? 大事になっていないかしら」


「心配いりませんよ。ちゃんと平民に交ざれるように、着替えて行きましたし。動いたのも、俺を含めて五人ほどでしたから。でも、ネイドの居場所をつかんだのは俺です。褒めてください」


 フレッドが、少し身を屈め、頭を下げる。

 え。これって……。


 撫でて、ってこと?


 思わず吹き出してしまう。可愛いなぁ。


 私は可笑しくて、笑いながらフレッドの頭を撫でる。

 いつもは、高い位置にある、フレッドの顔がすぐ目の前だ。

 少し、硬い髪質。伏せたまつ毛は、結構長い。高い、鼻筋。耳に光る、私色のピアス。


 ――ああ、好きだなぁ……。


 ふっと目を開けて、私を見て、ふわりと甘く笑うフレッド。

 私だけを見つめる、ヘイゼル・アイ。


 空気が、甘いってこういうの言うんだろうか。


 ドキドキして、事件の事なんて、考えられなくなってくる。

 フレッドのことで、いっぱいになる。


 時間が止まってしまったかのような、不思議な感覚。

 世界中に、私とフレッドだけみたいな。そんな感覚。


 見つめていると、触れたくなる。キス、したくなる。


 浮かんだ考えが恥ずかしくて、私がぺちぺち自分の頬を叩いていると、体を起こしたフレッドが、初めて。


 優しく、私の頭、撫でてくれた。

いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価・誤字報告、有難うございます!!

次は明日の朝、8時か9時くらい。投稿予定です。

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