57.モヤシと見て侮るなかれ。
次の休み時間、アイザックとビアンカを迎えに行く。
フローラとヴァルターも調べるのを付き合うと、一緒に来てくれた。
ちゃっかりシャーリィは先にBクラスに来ていた。勿論、リヒトも伴って。
Bクラスの男子が、入口にでんっと立ちふさがって、中には入れなかったみたいだけど。
かなり大所帯になっちゃったけど、図書室へと向かう。
途中、相変わらずコソコソと、こちらをちらちら窺う視線。
えーい、無視無視無視。
アイザックも、ビアンカも視線は見ないフリ。気づかないフリ。今は時間が惜しい。
Bクラスは、何人かは、どこか作った笑みでよそよそしいけれど、概ね殿下とビアンカを信じてくれているらしい。
殿下の醜聞は今後の立場に影響する。早く噂を払拭しないと。
ヴェロニカとヴァイゼ殿下が、そっちは尽力してくれるそうだ。
ありがたい。
図書室に着くと、手分けをして貴族名鑑を調べた。
生徒名簿は貸出禁止だから、効率は悪いかもしれないけれど、四冊の名鑑を使い、Fクラスより上位クラスの一年をビアンカとアイザック、二学年をフローラとヴァルター、三学年を私とリヒトで、片方が名前を読み上げ、もう片方がページをめくってシャーリィへ送り、シャーリィが見終わった名鑑は中央に戻されて、四冊の名鑑がくるくると回されていく。
二十分の内、図書室までの移動時間を含むと、十分程度しか取れない。
成果がないまま、休憩時間が終わる。
途中の所に紙を挟んで栞代わりにして、急いで教室へと戻る。
帰りの廊下では、ヴェロニカとヴァイゼ殿下が何かしてくれたらしく、うっすら聞こえてきた「やっぱりデマか」という声と、未だ疑いの目で見る生徒の姿。
考えすぎかもしれないけれど、急がないと取り返しがつかないことが起きそうで、気がせいてしまう。落ち着かなくちゃ。
放課後は王宮に使いをやって、今日は遅れると伝えて貰い、皆で集まって続きをやる。
「本当にちゃんと見ていますの?! 適当に見ているんじゃないでしょうね!?」
「見てるもん!! ちゃんと見てるっ!」
イライラ気味にひそひそと抗議するビアンカと、ぷぅっとほっぺたを膨らませながら、一応声は控えて名鑑に齧りつくシャーリィ。
二時間ほど、経った時。シャーリィが声を上げた。
「居たぁぁぁぁっ!」
司書にじろりと睨まれたけれど、私たちは司書そっちのけでばたばたとシャーリィの周りに集まった。
「こいつこいつ! こいつだよ! わたしにぶつかってきたの、間違いない!」
そこに写っていたのは、一つ上の二学年。ネイド・シラー伯爵令息。
Aクラスの、生徒だった。
***
そのまま突撃したい気持ちを抑え、私たちは、一旦学園を後にした。
翌朝、早めに登校し、ネイド・シラーを捕まえようと、息まいて。
お風呂に入り、リティの入れてくれたお茶で、やっと気分が少し落ち着いた時。
ふと、疑問が浮かんできた。
――なぜ、学園側は動かないんだろう。
魔物の違法取引に、殿下の醜聞。
学園にとっても、大事件なんじゃないだろうか。
それなのに、生徒を諫めることも無く、沈黙を守っているのはなぜ?
落ち着かないまま一夜を過ごし、翌朝、いつもよりも早めに王宮を出る。
馬車を下りると、既にシャーリィとリヒト、フローラとヴァルターが待っていた。
「お嬢様、くれぐれも危ないことはなさらないで下さい」
真剣な顔で、私の顔を覗き込んでくるフレッドに、うっかりきゅんきゅんしちゃったけど、うん、と頷いて気を引き締める。
デレデレしてる、場合じゃないんだ。しゃんとしろ、私。
アイザック王子を先頭に、二学年のAクラスを目指す。
周囲がざわつくのを無視して進む。
二学年、Aクラス。教室に入りかけ、驚いたように足を止めた生徒にアイザック王子が声を掛けた。
「アイザック・フェロー・ド・メルディアだ。ネイド・シラーに面会を求む」
アイザック王子に、おろっとした生徒が、ちらりと教室の中を振り返った。
ヒョコっとシャーリィがアイザック王子の後ろから、教室の中を覗き見る。
「いた――――ッ!! 王子様ぁっ! あいつですぅっ!!」
シャーリィ、絶叫。
見ると、写真と同じ顔の、神経質そうな男子生徒が、びくりと肩を揺らし、こっちを向いて青ざめるのが見えた。
「ネイド・シラー伯爵令息だな? 私は――って、おいッ!?」
なんと、ネイド・シラー、そのままくるっと踵を返すと、窓をばーんっと開けて窓枠に足を掛けた。
ちょ、ここ二階!!
そんなモヤシみたいな体で飛び降りたら一歩間違ったら死んじゃうよ!?
慌てて目の前の男子生徒を押しのけて、アイザック殿下とヴァルターが飛び込んでいく。
私も急いで追いかけた。
が、教室に踏み込んだ時には、ネイド・シラーはそのまま窓の外に身を躍らせてしまった。
「きゃ――――ッ!!」
サァ――っと血の気が引いた。
恐怖で腰が砕けそうになる。
周囲から悲鳴が一斉に上がる。
いち早く窓に到達したアイザックとヴァルターが下を覗き込んだ。
「あ! あのヤロウ!!」
咄嗟に上がったヴァルターの声で、どうやら無事だったらしいと安堵して、震える足を叱咤して、私も窓に駆け寄った。
なんと、ネイド・シラー、私が覗いた時には、既にきゃーきゃー上がる悲鳴の中、凄い勢いで駆け出して、朝練を終えて少し先の馬場に馬を戻しに行く途中だったらしい馬術科の生徒から馬を奪い、そのまま土煙を上げながら、あっという間に遠ざかってしまった。
え。嘘。
……逃げられた?
いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価、感謝感謝です!
やらかしました…;
明日の朝執筆厳しそうだったんでそのまま続きを夜書いて、朝に投稿するつもりが、うっかりミスってそのままぅpしちゃった;;
次は夜、21~22時に投稿予定ですっ。




