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53.子供ですが、良いですか?

 ヴェロニカの話は、直ぐに甲高いシャーリィの声にかき消されてしまう。


「わぁ! 王子様、見てください! 私のピアスも黒なんです! お揃いですね!」

「なんで君がビアンカの色を纏うんだ」


 シャーリィ。違う。そうじゃない。

 色は相手の色を纏うんだよ。


 私が苦笑を浮かべていると、ヴェロニカはそんな私を扇の影から見つめ、声を落とした。


「――わたくし、貴女にずっと聞きたいことがありましたの」


「……? なんでしょう?」


 ヴェロニカは、一度私の傍に居たフレッドに視線を流す。

 フレッドはすぐに一礼すると、飲み物を取ってくると離れて行った。

 ヴェロニカが、重い口を開く。


「……何故、貴女はファーストダンスのお相手をビアンカ様にお譲りになりましたの? 殿下の婚約者は、貴女で御座いましょう? 悔しくは、無いのですか?」


 どうしようかな……。言って良いものか。

 少しだけ、考えて、私は正直に話すことにした。


「わたくし、殿下との婚約は解消するつもりなのです。殿下とビアンカは想いあっておりますから。幼い頃より、わたくしはビアンカに婚約者を譲るつもりでしたの。ですから、あの子を養子に迎えるようにお父様に進言し、あの子にも王妃教育を受けさせて参りましたわ。これはわたくし自身が望んだことなのです」


「……」


 しばらく無言で私を眺めていたヴェロニカ様は、視線をホールへと移した。


「わたくし……。アイザック殿下の妃にふさわしいのは、自分だと思っておりましたわ」


 ……そうか。そうだよね。同じ、公爵家の令嬢。

 私と同じ、Aクラス。

 実力はある子なんだ。


「あの……」


「謝らないでくださいね。貴女に謝られたら、わたくしが惨めになりますもの。――入学前に、ヴァイゼ殿下から、婚約の打診を頂いておりますの。卒業後は、隣国に嫁ぐ予定ですわ」


「そう、なんですね。……おめでとうございます、と申し上げても宜しいのでしょうか?」


「ありがとう存じます。……アウラリーサ様。ビアンカ様にお伝え頂けますか? わたくし、今はあなたを認めませんと」


「え」


「だって、そうでしょう? あの方、Bクラスではありませんか。殿下もBクラスですが、だからと言って、わたくしよりも劣る子にわたくしが負けるなんて、許しませんわ」


 つん、と顔を上げるヴェロニカに、思わず頬が緩んでしまう。

 彼女なりの、激励なのかもしれない。


「ええ。伝えておきますわ。ヴェロニカ様」


「パートナーが戻っていらしたみたいね。わたくしはこれで失礼しますわ」


 グラスを手に戻ってきたフレッドと入れ違うように、ダンスを終えたヴァイゼ殿下のもとへ優雅に去っていくヴェロニカを見送った。


「お話は、もう宜しいのですか?」

「ええ。ね。少し外の空気が吸いたいわ。付き合ってくれる?」

「畏まりました」


 ジュースの入ったグラスを受け取ると、私はフレッドとテラスに向かった。

 テラスはかなり広く、あちらこちらにカップルの姿が見える。

 フレッドに促され、私はベンチに腰を下ろした。


「――今日は、パートナーになってくれてありがとう」

「いいえ。光栄です。最初のエスコートは、奪われてしまいましたが」


 冗談めかして笑うフレッド。

 私の胸は、ぎゅっと締め付けられる。


「フレッドは、大人なのに……。子供の私の相手なんて、嫌だったんじゃない?」

「まさか」

「フレッドって、今何歳?」

「……二十六です」


 十三歳差かぁ……。

 この世界だと、そのくらいの歳の差婚は珍しくない。

 でも。


「やっぱり、フレッドから見たら、私は子供だよね」

「お嬢様」


 フレッドが私の前に跪く。

 何だか拗ねているみたいで、みっともないな。私。


「今からとても、許されない事を話します」


「ん?」


「私が公爵家にお仕えさせて頂いたのは、学園を卒業したばかりの十六でした。お嬢様はまだ、お小さくて、よちよちと歩いては、天使のように笑っておられて、とても愛らしいと思ったのを、よく覚えております」


 ああ、うん。そうだよね。私がアウラリーサになる前から、フレッドは公爵家に仕えていた。


「旦那様から、お嬢様をお守りする役目を仰せつかった時は、天使のようなお嬢様を守るお役目を頂けたことが、とても誇らしかった」


 窓から漏れる光りに、色を変えるフレッドの目。とても、綺麗。


「記憶を失われたときは、とても悲しく思いました。あれほどフレッド、フレッドとくっついてきて下さったお嬢様が、もうあの頃のように笑いかけては下さらないのではないかと思って」


 うん。ごめんね。私は、あなたの可愛いアウラリーサじゃ、無いんだ。

 最初は、他人行儀だったかもしれないね。


「色々なことをやり出されて、はらはらしたり、驚いたり。毎日が、とても楽しかった」


 うん。色々やったね。石を置いてバランス感覚の練習、とか。今も続けているけれど、ラジオ体操とか。じゃんけんしたり、缶の代わりに使い終わったジャムの瓶使って缶蹴りしたり。リティに危ないって怒られたっけ。


「王妃教育が始まって。厳しい教育も黙々と泣き言一つ言わずに向き合って。ダンスで上手く出来ないと、悔しいと涙を堪えていらして。ずっと、お傍で、見て参りました」


 うん。いつだって、私の後ろにはフレッドが居た。学園に通っていても、いつも貴方は門の前で待っていて、馬車に乗るときはいつもエスコートをしてくれた。


「お嬢様から見れば、私はおじさんなのでしょうが……。ふとした仕草や、私を見て笑って下さるお嬢様に惹かれていると気づいたときは、自分でも驚きました。まだお小さいお嬢様に、こんな気持ちを抱くなんてと」


「――!」


「お嬢様が、殿下の妃になるのは、幼い頃より決まっていたこと。この気持ちは、自分の胸に収め、生涯お嬢様にお仕えするつもりでおりました。ですが、ビアンカお嬢様を迎え入れ、殿下との婚約を解消なさるおつもりと聞いて、欲が出てしまいました」


 どきどき、どきどき。鼓動の音、聞こえてしまいそう。

 この場から、逃げ出してしまいたい。

 手が、震えちゃう。


「お嬢様こそ……。気持ち悪くは、無いですか? 十歳以上も年下の、まだ十三歳の少女のお嬢様に、こんな感情を隠し持っていた私の事を。公爵家に仕える身でありながら、お守りする対象のお嬢様に思慕するなど、許されないことなのに。私はとても、罪深い」


 私は思いっきり、首を振った。

 私だって、びっくりだよ。最初から、格好いいって思ってた。

 だけど、いつも私の傍にいて、いつも私を見守ってくれた、誰より安心できる存在で、そんなあなたに、こんな気持ちになるなんて。

 ほんと、びっくりだよ。

 私、フレッドが、めちゃくちゃ好きだったんだ。


「……。あの、ね、フレッド」


「はい」


「私は、まだ子供だけど、すぐに釣り合うくらい、大人になるわ」


「はい」


「待っててくれる?」


「何年でも、お待ちします」


「卒業したら……。婚約、解消出来たら……。フレッドの、お嫁さんに、してくれる?」


「実績を積んで、私から旦那様にお願い致します。ですが、プロポーズは改めて私からさせて下さい」


「約束、してくれる?」


「神に誓って」


 フレッドが、私の手を取り、指先に口づける。


 指先から、熱を持つ。

 好きすぎて、息するのも苦しくなる。

 夢を見ているみたいに、ふわふわする。

 ぎゅぅっと胸が締め付けられて、逃げ出したいような気分になる。

 逃げ出したいのに、ぎゅって抱き着きたくなる。

 鼓動が煩い。悲しくも無いのに、泣きたい気分になってくる。

 自分が自分じゃ、無いみたい。

 

 恋って、こんなに苦しくなる、ものなんだ。

いつもご拝読・いいね・ブクマ・評価、有難うございます!

やー、長かった。やっとこ恋愛フラグ回収できたかな?

明日は朝8時、投稿予定です!

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