50.妹がキレました。
うかつだった。
あの子がAクラスに突撃してくるかもって思ってたのに、ついピアスの話を、教室でしてしまっていた。
もし、あの時あの子が、教室の外にいたとしたら。
追いかけてくるよね。ああいう子だもん。
視線の先には、店のある大通りの少し先、路地へと通じるあたりで、地面に座り込んで吠えているシャーリィと、駆けていくローブを着た少年の後ろ姿。
「うぇ……。シャーリィ・バーシル……」
思わず、ぼそっとアイザック王子が嫌そうに顔を顰めた瞬間、くりんっとシャーリィがこっちを向いた。ビクっとアイザックの肩が揺れる。
「あっ。王子様! すごいです、私のピンチに颯爽とやってきてくださるなんて! やっぱり私たち運命なんですね! 王子様、あいつです! あいつ、私の事突き飛ばしたんですよ! 足をくじいちゃったみたい、痛いですぅっ」
シャーリィは地面にぺたんと座り込み、目をうるうるさせてアイザック王子に向けてだっこを強請るように両手を広げた。
ヒクっと喉を鳴らし、ふるふると首を振って引きつりながら一歩下がるアイザック王子。
「殿下。逃げましょう」
がしり、とアイザックの手を握るビアンカ。
「え?」
「足を挫いて動けないなら今がチャンスです! 早く逃げないとまた絶対絡んでくると思います! 逃げましょう!」
ビアンカがアイザック王子の手を掴んだまま駆け出した。
慌てて私たちも後を追う。
「お嬢様!」
フレッドの差し出してきた手を私も握る。
「フローラ、行きましょう!」
「はいっ!」
逆の手で、フローラの手を握って走る。がんばれフローラ、後ちょっと!
「あっ!! ちょっと!!」
私たちはシャーリィの声を振り切って、そのまま少し離れた場所に止めていた馬車に乗り込んだ。
すぐに馬車が走り出す。
「え――っ! なんで?! 酷い――っ!!」
こそっと窓から覗くと、すっくと立ちあがり、こっちを指さしているシャーリィが遠ざかっていく。
……足挫いたんじゃないんかい。
***
その日は王宮に戻り、街へ行った分、遅くなった勉強を取り戻す為、いつもよりも長く勉強をする。
お陰で翌朝は少し寝不足だ。ラジオ体操とシャリシールのお散歩はしっかりやったけれど。
眠い目を擦りながら馬車を降りると、案の定シャーリィがやってきた。
この間警邏兵に捕らえられたのが堪えたのか、今日は出待ちのように馬車が到着するや否や、歩いて近づいてくる。
懲りないなー。
「……なんで居るんだ。もう、アイツ怖い……」
ちょっと涙目のアイザック王子。
まぁ、普通の令嬢の場合、獲物を狙うような目で迫ってきたりはするけれど、いってもお嬢様だからねぇ。
最低限の礼儀だけは身に付けているから、常識として話しかけて良い場と駄目な場は弁えるけど、シャーリィにはそれが無い。
囲まれるのに慣れている王子でも、ストーカーはどう扱っていいのかわからない分、恐怖になっているらしい。可哀想に。
ふぅ、と息を吐いたビアンカが、がしりとアイザック殿下の腕を取った。
「へっ?!」
「さ、お姉様も!」
「え? あ、ハイ」
ずぃっとビアンカに迫られて、思わず言われるがままにアイザックの腕を取った。
「ファッ!?」
混乱するアイザック王子。
と、ビアンカがにっこにこしながら、シャーリィを『見えてません』態度を取り始めた。
「昨日は楽しかったですね、殿下!」
「え? ああ、そうだな」
「王子様! おはようご――」
「それで!! 今日のリボンも、あのお店で買ったものなんですよ! ほら!」
「あ、ああ。良く似合っているよ」
行く手を塞ぐように立ったシャーリィを、ビアンカがぐぃーんっとアイザック王子の腕を引いて避け、話しかけようとしたシャーリィの挨拶をぶった切った。
そのまま、シャーリィの横を歩いていく。
「あの、ちょ」
手を伸ばしてきたシャーリィの手を、上手くビアンカがリードして回避する。
ビアンカの本気が凄い。
私、何も言えずアイザックの腕に腕を絡めたまま、誘導されるままについて歩く。
「ありがとう存じます! 黄色とピンクで悩んだのですが、つい、ピンクを買ってしまいまして! ピンクが一番好きなのですが、気づいたらクローゼットの中が、殆どピンクのドレスやリボンになってしまいました!」
「あ、ああ。ビアンカはピンクが似合うもんな」
「ちょっとぉッ!!」
かなりガチ目の涙声。
思わず足を止めてシャーリィへ視線を向けた。
「……によ……。なんなのよぉっ! なんでそんな意地悪っ、するのぉっ!?」
「――不満なら、貴女も貴族のルールを学べば良いのよ。わたくしはそうしたわ」
私が口を開く前に、ビアンカが毅然と言い放った。
「な……」
「貴女の思い通りになんて、なると思わないで頂戴。わたくしは何年も、必死に殿下とお話ができるように、貴族のルールを学んだわ。あなたが貴族という立場を無視して好き勝手に、元平民というのを免罪符にして殿下を煩わせるのなら、わたくし、お姉様の妹として、ブランシェル公爵家の娘として、あなたの好きにはさせません。――参りましょう? 殿下」
「あ、ああ」
呆気に取られるアイザックを、ビアンカが引っ張っていく。
ぅぅん。今回、私、出る幕無いな。
きっぱりと立ち向かったビアンカからは、どこか覚悟のようなものが見てとれた。
そっと後ろを振り返ると、シャーリィはぽろぽろと泣きながら、ずっとその場に立ち尽くしていた。
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