44.なぜ貴方が怒るのですか?
お父様とお母様は、まだお話があるらしい。私とビアンカ、それにアイザック王子も一緒に謁見の間を辞する。
「この後、どうするんだ?」
「とりあえず、お父様達を待ちますわ。本当は講師の先生方にビアンカを紹介したい所ですけれど、陛下からの通達がなされる前に勝手に話してしまうのもどうかと思いまして」
「それじゃ、庭に行かないか? お茶でも――」
「アイジー! アリー!」
廊下を話しながら歩いていたら、後ろから呼び止められた。
振り返ると、ラザフォード殿下がすごい剣幕で駆け寄ってくる。
「殿下?どうかなさいまし――」
「アリー、さっきのはどういうこと?!」
ばっと手を伸ばされ、ビクっと体がはねてしまった。
十三歳の私から見ると、大きな大人の男の人に、いきなり掴みかかられるのは、かなり怖い。
ぎゅっと体を強張らせていたら、ヒュっと私の脇から伸びた腕が、ラザフォード殿下の腕を阻止した。
「ラザフォード王弟殿下。お嬢様が怯えておいでです。手をお引きください」
そぉっと目を開けると、ついさっきまで少し距離があったフレッドが、いつの間にか私の斜め前に割り入って、腕を盾の代わりのようにして庇ってくれていた。
ほぅ、っと息をつく。流石護衛騎士。相手が王族でも庇ってくれるとは。
忠誠心が凄い。超頼もしい。あー、びっくりした。
ラザフォード殿下は、一瞬眉を寄せたが、はぁ、と息を吐いて手を引いた。
「ハイハイ、失敬失敬。触れないさ。これでいいだろ?」
ホールドアップをしてみせるラザフォード殿下に、フレッドがすっと一歩引く。
下がるフレッドを目で追っていたラザフォード殿下が、アイザック、ビアンカ、と視線を移し、私の前で視線を止めた。
「……叔父上? 一体どうなさったんですか」
らしくないラザフォード殿下の態度に、アイザック王子が訝しむような視線を向ける。
「最初から、知っていたのか? アイジー。お前も」
「――はい」
くしゃり、とラザフォード殿下が顔を歪ませる。
泣き出しそうな顔に見える。
……いや、何で??
「なんで……! アウラリーサ、君はあんなに頑張っていただろう? アイザックよりも、ビアンカよりも、一番! なのに何でそんな、初めから? 嘘だろう!?」
ちょ。声でかいよ。
陛下はすぐに認められないつったじゃん。
誰かに聞かれたらどうすんの。
慌てて周囲を見渡して、私たちの他に誰もいないのを確認して胸をなでおろす。
ここまで来て醜聞はごめんだ。
「あの……。先ほども申しましたが、この計画はそもそもわたくしが――」
「嘘だ! 王妃になるのを最初からあきらめていたのなら、何故あんなに努力できる? 無駄になるとわかっていたなら何故!」
「人に教えるには、自分が理解していなければできないではありませんか」
「だから! 何故、君がそれをやるんだ! 君ばかりが苦労する道だろう?! 信じられるか! あんなに長い期間拘束されて! 毎日毎日勉強漬けで! 挙句、婚約解消?! なんでそんなに平然としているんだ! 君は怒るところだろう!? 憎むところだろう!」
……んなこと言われても。
うーん。なんでだろうね?
なんかこう、盛り上がっちゃったんだよ、自分の中で。
何としてもこの二人ハッピーエンドにしなくちゃって、妙な使命感があって。
別に、アイザックやビアンカの為だったわけじゃない。
私、案外平和主義なんだよ。
売られた喧嘩は倍値で買うけど、基本誰かと争いたくない。
平和が一番。
別に恋愛感情持っていない相手を奪い合って争うなんて方が、私にとっては納得いかない事だった。
王家とブランシェル家にとって何の損害もないなら、好きな人同士で一緒になれた方がいいじゃん。
あの時、私はこれが最善じゃんって、そう思ったんだよ。
この子らとっととくっつけちゃえば、私は安心して好きに生きられる。
いつか断罪されるかもなんて、怯えて暮らすのは嫌だった。
理由なんて、そんなもんだ。
私も結局、自分が可愛いの。
寧ろ、私に巻き込まれたのは、アイザックとビアンカの方。
私の提案する無茶ぶりに、アイザックもビアンカも、お父様もお母様も、お兄様も、みーんな、付き合ってくれた。
それを、まるで私が被害者みたいに言われると、何だか、こう……。釈然と、しない。
「ラザフォード殿下。何か誤解なさっておいでのようですが、これはわたくしの我儘なのです。アイザック殿下も、ビアンカも、わたくしが、わたくしの為に、巻き込んだだけです。偶々アイザック殿下とビアンカがわたくしの見た夢の通り、惹かれあったことで、利害が一致したから、わたくしの計画に乗って下さっただけです。わたくしが望み、わたくしが巻き込んだことで、なぜわたくしが二人を憎まねばならないのですか」
私を、心配してくれる、そのこと自体は、嬉しくないわけじゃないけれど。
ぶっちゃけ見当違いだよ。
「……そう。わかった。……だが、私は納得しない。こんなこと……認めない」
ラザフォード殿下は、それだけ言うと、くるりと踵を返し去っていった。
しゅん、と項垂れるアイザックとビアンカ。
気づかわし気に私を見守るフレッド。
……何で貴方が怒るのよ。
チャライン殿下の癖に。
まるで、自分の事のように。
傷ついたような、顔をして。
意味が、分かんないわ。
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