42.お姉様とお呼びなさい。
実はビアンカをネーヴェ男爵の許へ連れて行った後、正式な手続きを終えて、無事に受理されたことをビアンカには秘密にしていた。
ネーヴェ男爵の屋敷から戻った後、私とビアンカが王宮に行っている間に、急ピッチで屋敷の中にビアンカの部屋が用意され、ドレスや靴、アクセサリーが準備された。
先にこっそりと部屋を見せて貰ったが、白に桜色をアクセントにした部屋は、可愛らしくてビアンカに良く似合う、素敵な部屋になっていた。
私の部屋は白にブルーグレイのアクセントだから、色違い。
昨夜、受理をされたとお父様から聞かされていた私は、数名の侍女に声を掛け、朝、普段通りのお仕着せを着て、リティと一緒に私の部屋へやってきたビアンカを捕獲して、声を掛けていた侍女を呼びこんだ。
「ちょ、待ってッ!? 何するの、きゃー、えっちーッ!? 脱げる脱げる、自分で脱ぐから――ッ!」
いきなりメイド服の侍女ズに囲まれて、一気に服をはぎ取られ、必死に抵抗するビアンカを、肝の据わったブランシェル家の侍女ズはにこにこと慣れた手つきで服を剥ぎ取り、あっという間に浴室へと連行していく。
わかるわかる。元日本人にこれってほんと慣れないよね。
私も慣れるまで結構掛かったわ。
死ねそうな程恥ずかしいんだよね。ウンウンウン。
因みに私はとっくにシャリシールと朝のお散歩をし、金属板でフレッドと護身術の稽古をし、お風呂も済ませていたから、只今コルセットをギリギリと締め上げられている。
私がコルセットの着用が終わり、一息ついているところで、ヘロヘロでユデダコみたいな顔したビアンカが戻ってきた。
休む間もなく拷問が開始される。
「ぐぇぇっ、待って無理、ムリムリムリ、ちょ、マジ無理ってば、骨折れるって、ぐほぇあ、ギブギブギブッ!!」
コルセットを締め上げられ、壁をバンバンタップするビアンカ。
令嬢モードはすっかり吹っ飛んでるが、今日は大目に見てあげる。
キッツイもんねー。うんうんうん。
わかる、わかるわー。私コルセットは今でも慣れないもん。
絞め殺す気かって思うよね。息出来ないし、なんか色々出そうになるよね、わかるー。
でもねビアンカ。騒ぐともっと苦しいんだよこれ。
コツは絞られてる間ふんってお腹引っ込めて息止めて無になることだよ。無に。
ぎゃーぎゃー騒ぐビアンカの横で私はドレスに着替えていく。
ここでやっと、ビアンカ、私のドレスと、自分の前に運ばれたドレスに気づいたらしい。
「お、お嬢様、これ……」
「ふふっ。素敵でしょう? お母様とお父様がご用意してくださったのよ」
私のドレスはパステルカラーの紫。たっぷりの真っ白なレースに胸元とドレスの裾を飾る大きなリボンの、ローブ・ア・ラ・フランセーズみたいなデザイン。
ビアンカのは、桜色。
髪飾りは、花とレースとリボン。
今日の為に前々から準備をしていた色違いのお揃いだ。
長く伸ばした髪を緩く巻き、両サイドを片側を長く、もう片側は短く編み込み、髪飾りで止める。
頬を真っ赤にしたビアンカの隣に並び、寄り添うようにして1つの鏡を覗き込む。
「ふふっ。こうしてみると、ちゃんと姉妹のようじゃない?」
「姉妹……。あの、お嬢様……私……」
「あら、駄目よ、ビアンカ。私の事はこれからはお姉様と呼ばなくては」
「っ!」
ぶわ、っとビアンカの瞳に涙が浮かぶ。
「養子縁組、受理されたの。あなたはもう、平民のビアンカじゃないわ。メルディア王国公爵家筆頭、ブランシェル家の次女、ビアンカ・ブランシェルよ」
「わ、私が、公爵……令嬢……」
「おめでとうございます、ビアンカお嬢様」
すっと優雅に一礼するリティに、ビアンカがおろおろとする。
「リティさん……、私……」
「ビアンカお嬢様? わたくしの事はリティとお呼びください」
顔を上げたリティは、パンパン、と手を打ち鳴らす。
入ってきたのは、ずっと下働きをしていた、下女のオーサだった。
いつもの大分傷んだ下女用の質素な服は、リティの服と同じ、上質のメイド服になっている。
「オーサ!?」
「ビアンカお嬢様ぁ」
ふにゃっとオーサはそばかすの浮いた顔を嬉しそうにほころばせた。
オーサは、私がビアンカに教えたことを、アウトプットさせる為に、部屋の出入りを許した使用人だ。
平民のオーサだが、ビアンカに教わるうちに、十分な教養を身に付けていたから、ビアンカを養子に迎えるにあたり、一番ビアンカと長く接してきたオーサを、ビアンカ付きの侍女に召し上げることにしたんだ。オーサを推薦したのはリティなんだけどね。
ぎゅぅっと抱き合うビアンカとオーサに、ほっこりする。
「今日からビアンカお嬢様の侍女を務めるオーサです。オーサ。しっかりとお仕えするように」
「はい!! ビアンカお嬢様、よろしくお願いいたします!」
「ありがとう、リティ! 有難う、おじょ……お、ねえ、さまっ」
***
「あら、可愛い! 良く似合うわ、二人とも」
「うん、良いね。良く似合っているよ」
「へぇ……。そうしていると本当の姉妹みたいだな」
迎えに来たウォルターの案内でサロンに向かうと、食事を終えて寛いでいる家族が皆揃っていた。
因みに私とビアンカの今朝の朝食は着替えながらつまんだサンドイッチのみだ。
今日はこれから国王陛下と王妃殿下に謁見するから。
ブランシェル家の次女を紹介するために。
緊張して、顔を真っ赤にするビアンカの腕をきゅっと握ると、ビアンカがぴょこっと跳ねた。
「ほら、ビアンカ? ご挨拶は?」
何だか最初の日を思い出すなぁ。あの時は、お父様をおじさん呼ばわりしていたのに。
今は緊張しまくって、カッチコチになってる。
「お、お早うございます、え、と……。お、お父様、お、母様、お兄、様…? その、今日から、よろしくお願いします」
大丈夫かなと言いたげに、一言言うたびに、私をちらちらと伺うビアンカ。
可愛らしい。
お父様もお母様もお兄様も、ふっと相好を崩した。
「ああ。お早う、ビアンカ」
「お早う、ビアンカ、アリー。さ。こちらにいらっしゃい」
「うん、お早う、ビアンカ。僕の事はカシー兄様と呼んで欲しいな」
返事が返ってくると、ビアンカは嬉しそうに、ぱぁっと笑う。
その後は、登城までの一時間程、五人でおしゃべりを楽しんだ。
初めて真面に披露したビアンカの令嬢らしい口調や所作に、皆驚いたようだった。
ビアンカの令嬢モードが崩れないか心配したけれど、数年かけて身に付けた教養は、会話の間中崩れることは無く、無邪気さを兼ね備えたビアンカは、あっという間に家族の中に溶け込んでいった。
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