40.暫しのお別れです。
「小さいあなたを残していくのは本当に心配だわ……。リティ、フレッド、くれぐれもお願いね?」
「畏まりました、奥様。道中お気をつけて下さいませ。無事のお戻り心よりお祈り申し上げます」
「命に代えてもお嬢様はお守り致します」
「アリー、夜更かしをしてはいけないよ。王宮の方にご迷惑を掛けないようにいい子にしているんだぞ? 暑くなるからといって、お腹を冷やさないように、それから――」
「アリー、これをあげるよ。離れていてもずっと一緒だからね」
お父様の間に割り込んで、カシー兄様が私の首にアミュレットを掛けてくれる。
「良いんですか? 旅をなさるお兄様が身に着けていた方が……」
「大丈夫だよ。僕も剣の腕は上がったし、カインも一緒だから」
にこっと笑うカシー兄様の後ろで、カインが胸に手を当て、すっと頭を下げる。
私もカインに、どうかお兄様をお願いしますと思いを込め、頭を下げた。
大げさすぎ、と思ったが、この時代だと、大げさなわけでもないのかもしれない。
お父様達の乗る馬車の後ろには、三台の馬車。荷物を乗せた馬車に、使用人を乗せた馬車。
その馬車を守るように、騎馬した騎士が左右に三人ずつ。六人の騎士が守りについている。
この、物々しさ。
脇を守る騎士の空気は、まだ公爵家の敷地内だというのに、ピリっと刺すような緊張感がある。
これから長い道のりを、数日かけて旅をする。
道中盗賊が出ることもあるし、野生の獣に襲われることも、運が悪いと魔物に遭遇することもあるのだそうだ。
ブランシェル公爵領までは、割と道が整備されていてまだマシらしいが、それでも危険には変わりがない。
年に二度も、国の重鎮である貴族が、皆こうやって命がけの旅をしてるんだ。
前世では、命の危険なんて、死ぬ時まで感じたことが無かった。
安全なのが当たり前の世界だった。
それに比べ、この世界は、死がすぐそばにある感じがする。
すごい世界だな……。ものすごく、命っていうものを感じる。
私よりも先に涙目のお父様とお母様に抱き着くと、苦しいくらいに抱きしめ返してくれた。
愛されてるなぁ、アウラリーサ。じぃん、とする。
私も、大好きだ。この家族。温かくて、幸せな気持ちになる。
これからしばらく会えないと思うと、やっぱり寂しい。
うるっときてしまう。
お父様とお母様の前だと、どうにも子供に戻ってしまう気がする。
ぎゅぅ、っと抱き着いて、すりすりすりっと頬をこすりつける。
お父様の、わずかに香る煙草の匂い。
お母様の、甘い花の香り。
お父様とお母様からは髪に。カシー兄様からはおでこに、口づけを貰い、三人は馬車に乗り込んでいく。
「お手紙を書いてね。待っているわ」
「必ず書きます! お気をつけて!!」
御者が一度頭を深く下げ、馬の嘶きを合図に、馬車が走り出す。
身を乗り出したお兄様が手を振って、後続の馬車からも、通り過ぎる際に侍女や従者が口々に「お嬢様ー」っと手を振ってくれる。
馬車を守る騎士達は、前を真っすぐ向いたままだったけれど、お別れの際はきちんと声を掛けてくれていた。
ぎゅぅっと胸が締まるようで、涙があふれて止まらない。
私の隣に、フレッドが跪いて、そっと私の背に手を回してくれた。
温かい手のぬくもりに、余計に涙があふれてくる。
しゃくりあげて泣く私をなだめるように、フレッドはずっと背をさすってくれていた。
遠ざかっていく馬車を、リティとフレッドとビアンカと、王都に残る使用人達と一緒に、見えなくなるまでずっと、見送った。
「――さ。お嬢様。そろそろお屋敷に戻りましょう。お城に行く準備をなさいませんと」
「……ん」
少し、気持ちが甘えたになっているのかも。
リティの袖を引くと、リティはそっと私の手を握ってくれた。
駆け寄ってきたビアンカが、私の逆の手を握る。
お城に行ったら、いつも通りに頑張るから。今だけは、ちょっと甘えたい。
***
目を冷やし、何とか誤魔化せるようになった頃、お城から迎えが来てくれた。
私も今日からお城で生活することになる。
荷物はほとんど運び終えているから、日常的に使う物を詰めた鞄が一つ分。
フレッドが鞄を持ってくれて、馬車まで行くと、アイザック王子も一緒に来ていた。
神妙な顔で馬車を下りると、ビアンカに一度笑いかけてから、真顔で私の顔を見る。
「アイザック王子殿下。迎えに来て下さったんですか?」
「公爵たちが今日領地に戻ると聞いたから。公爵たちは?」
「先ほど発ちました」
「そっか。……。あ。秋だ! 秋になったらまた会える。元気出せ! 秋なんて、あっという間だ!」
――普段はクソガキな癖に。
こんな時だけ、気遣いを見せるなんて。
やっと止まった涙がまた崩壊しそうだ。
こういう時の優しい言葉は、ほんとずるい。
「ありがとう存じます。……そうですね、すぐですね!」
いつまでも、めそめそなんてしていられない。
ここから、本格的に妃教育が始まる。
それは、ビアンカを王妃の位置まで引き上げないといけないということ。
受験並みに頑張らないと、人に教えるなんて、到底無理だ。
零れ落ちた涙を、ぐぃっと乱暴に拭って、作り笑いだけど、大丈夫だと、笑って見せた。
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