32.使う意味を教えましょう。
「お早うございます。お嬢様」
「お早うございます、お嬢様!」
今朝も元気よくリティと一緒にビアンカがやってくる。
ビアンカがこの屋敷にやってきて約一ヵ月。
最初の二週間くらいは、緊張からか、かなり固くなっていたけれど、三週間目に入った頃から、基本の『き』は出来るようになり、ですます調で話すくらいは敬語が使えるようになり、入室時はノックをする、とか、主の一家が廊下を歩いている時は端に寄って頭を下げる、だとか、廊下は走らない、だとか、貴族相手の場合は自分から声を掛けないだとか、この屋敷で働く上で守らなきゃいけないルールやマナーも、自然と出るレベルにはなっていないけど、都度都度リティが注意をすることで順調に直ってきて、本来の明るさが前に出るようになった。
不思議なもので、マナーを守る努力をし、敬語を使うようになっただけで、どうしようもない子だったビアンカは、はきはきと明るく天真爛漫な、魅力的な女の子になっていた。
マナーって凄いな……。
印象がここまで変わるのか。
私は机の上に置かれた封筒に視線をちらっと向けた。
これなら、良いかな?
「リティ。殿下にお手紙のお返事を出してきてくれる? ビアンカ。あなたは残って頂戴。お話があります」
「「畏まりました、お嬢様」」
リティに手紙を渡すと、リティは部屋を出ていく。
ソファに座る私の横に立つビアンカ。
もう勝手にソファに座ることもない。
「ビアンカ。三日後、アイザック殿下がいらっしゃるわ。その時に、アイザック殿下にお会いしてみる?」
「ぇ。……あの、私、お会いしても大丈夫でしょうか」
「ん――、まだ危ういところはあるけれど、まだ六歳ということを鑑みれば、セーフかな?と思うわ。とはいえ、相手は王族よ。私やお父様よりも上の立場の方で、あの方も態度の良い方じゃないわ。あなたが殿下の言動にイラついて以前のような態度を出せば、お咎めを受けるのはあなただけでなく、公爵家にもお咎めがあると思います。だから、今まで以上に気を付けないといけないわ。殿下に話しかけることもできないけれど……どうする?」
「……」
ビアンカは、暫く口をつぐみ、俯いて考えているようだった。
やがて、顔を上げると私に視線を合わせる。
「……お嬢様。私の前世のこと、お話しさせて頂いても宜しいですか?」
「……アイザック殿下に?」
「いいえ、今、お嬢様にお話しした…させて、頂きたいです」
「ええ、聞かせて貰うわ」
焦ったわ。今駄目つったのに王子に直接話す気かと思った。
「私、前世でもこんなだったんです。空気が読めない、態度が悪い、良識がないって。いつも独りぼっちで。どこでも上手くやれなくて、追い出されました。そのたびに落ち込んで。こっちの世界に来てから、子供に戻って、敬語なんて使わなくても、皆笑ってくれました。元気良いなって。だから、私は間違っていない、そう思っていました。でも、またここでも嫌われるのかって思ったら、怖くなって……。剣を向けられて、凄く怖くて……。ほんとは、私、変わりたかった。今度こそ、変わりたいって思ってます……。でも、アイザック――殿下、も、私を嫌いになるかもって思ったら、何だか怖くて……」
「そうね……。敬語ってどんな言葉だと思う?」
「丁寧な言葉?」
「相手を敬う言葉、よ」
「それが良くわかりません……。敬うって、どんな気持ちなのか、ぴんと来ません」
そだね、前世は、そういう人、周りにも何人かいたわ。
「あなたはこの屋敷に勤めて、お給金を貰うわね? あなたのお父さんやお母さんも。そのお金を払っているのは誰かしら?」
「旦那様です」
「そうね。この公爵家が払っているわ。あなたにマナーを教えてくれているのは?」
「リティさんです」
「そうね。王族はこの国を治めてくれている人。王族や貴族が酷い人だと、戦争が起こったり、物資が入ってこなかったり、国民が奴隷みたいに扱われたりするわ。あなたの住む国を整えてくれる人、あなたに色々教えてくれる人、あなたが生きていく為に必要なお金を支払ってくれる人、あなたに色々教えてくれる人。あなたを産んで育ててくれたご両親。その感謝を、言葉で示すのが敬語なんだと思うわ。態度もそうね」
「感謝……」
「それと、責任ね。貴族の場合は、例えば、私が周りから評価の下がることをしたら、下がるのは私の評価だけじゃない。このブランシェル家の評価が下がるわ。ブランシェル家の評価が下がれば、うちと取引を嫌がる貴族がでてくるでしょうね。取引がなくなれば、収入が減るわ。収入が減れば、そのしわ寄せは領地の民に行くわ。私の肩には、そういう責任が掛っているの。だから、私は嫌な相手でも立場が上の人には頭を下げるわ。これは、あなたもわかるはずよ。あなたのしたことが、あなたの両親の評価につながった時に」
これは、お母様の受け売りだけどね。私は、すとんと納得した。
ビアンカにも、伝わるといいけれど。
こくり、とビアンカが頷く。
「それを忘れなければ、変わっていけるんじゃないかしら? 少しずつだけど、あなた、ちゃんと変われていると思うわ? ちゃんと敬意を示せるなら、殿下に会わせても良いと私は思う。どう? 会ってみる?」
「――はいっ、お会いしたいです!」
ぱぁ、っとビアンカの顔に笑顔が戻る。
やっぱり、流石ヒロインね。こうしていると可愛いわ。
「わかったわ。ただし、今はまだ私の使用人として付き添って貰うだけ。良いわね?」
「はい、有難うございます、お嬢様!」
***
王子が来るまで後三日。
リティの指導で、ビアンカは特訓。
みっちりと扱かれていたけれど、ビアンカは癇癪を起すことも無く、真剣に食いついていく。
……行けるんじゃない?
このまま、成長続ければ。
どうしようもなくダメダメだったこの子が王妃になる未来、不可能じゃないかもしれない。
――三日は、あっという間に過ぎて行った。
ついに、ヒロインとアイザックが、出会う日だ。
いつもご拝読有難うございます!
いいね、ブクマ、評価、誤字報告、有難うございますー!モチベーション上がります……!
感謝感謝です!




