29.人参をぶら下げます。
へ?と首を傾けるビアンカに、私はにっこりと笑ってみせる。
「このお金は、あなたに差し上げます」
「えっ!マジで!?」
「……。リティ」
「はい、お嬢様」
リティは横からすっと手を伸ばすとヒョイっと袋からコインを一枚抜き取った。
「ああああ! あたしのお金っ! ちょっと! 何すんの!?」
「リティ」
「はい、お嬢様」
リティが更に一枚――以下略。
あっという間に銀貨が十枚くらい奪われた。
……先思いやられるなー。
やる気出させる為にあえて小銀貨にしたけど、寧ろ百円的な大銅貨にするべきだったかもしれない。
ビアンカめそめそ。
「――学習しない子ね……。良い? あなたが下品な口調をするたびに1枚ずつ、お金は没収するわ。今の調子なら後半日程度で全部返して貰えそうね?」
「ぅっぅっぅ……」
「でも、なんのお手本も無くいきなりやれと言われても難しいだろうから、リティにあなたを教育してもらいます。リティには正しく評価をしてもらって、報告をして貰います。乱暴、下品、失礼な物言いをしたら即お金を没収」
いじけて床に三角座りするビアンカ。ま、これだけだとモチベーション下がるよねー。減っていくばっかだもの。
人参はこれからよ。
「でも、あなたが努力して口調を改めたら。丁寧な口調を使うごとに、ポイントを一つ与えます」
すっとリティに手を出すと、リティがポケットから紙を三枚、渡してくれる。
教育用のご褒美クーポンだ。
このクーポン、前にビアンカが来たらドレスを上げようって思った時に、一緒に作っておいたの。
一枚は、平民でも買えるレベルの安い紙。もう一枚は、ちょっと上質の、うちでは侍女や従者が使う紙。そしてもう一枚は更に上質の紙にシーリングワックスでスタンプを押してある。
紙を変えたのは、こっちの方が良いクーポンって一目でわかるようにしたかったから。
ぴく。ビアンカが顔を上げる。
「十ポイントでこの銅クーポンを一枚差し上げます」
本当は行儀作法を覚えた時のポイントに使おうと思って作ったんだけど、まさか口調改善で使うことになるとは思わなかったわ。
私は安い紙のクーポンを揺らしながら、更に続ける。
「このクーポンが十枚溜まったら、小銀貨一枚、返してあげる。一つ口調を丁寧にすることで、小銅貨一枚分。十回直すだけで大銅貨よ。更に――」
ビアンカの頬に朱が差す。目がキラキラ。むくっと体を起こした。
「クーポンを集めると、ご褒美を差し上げます。リティ」
「はい、お嬢様」
リティはクローゼットから箱を幾つも運んでくる。
私はベルベットの小さな箱を一つ開けて見せた。
ビアンカが駆け寄ってくる。
「クーポンを十枚集めたら、こっちの銀クーポンを一枚あげる。こっちのクーポン一枚で、この中から、好きなものを一つあげるわ」
箱の中には、色とりどりのリボン。
ビアンカは多分、なんかまた言っちゃいそうだったんだろうな。
口を押さえ、ほっぺを真っ赤にして目をきらっきらさせている。
「更に、銀クーポンを十枚集めると、金クーポンをあげるわ。金クーポン一枚で、ワンピース」
リティに目配せすると、リティはトルソーに掛かったワンピースとドレスを数種類運んでくる。
「更に、金クーポン十枚なら……。あなたの気に入ったドレスをプレゼントするわ」
「わ、ぁ……っ!」
ビアンカはドレスに駆け寄って顔を真っ赤にしている。
「でも、お金が全部没収されて、ポイントがマイナスを振り切ったら、そうね……。借金ってことで、馬小屋の掃除でもしてもらおうかしら? きっついわよー。めちゃくちゃ臭いし」
「ぴっ」
なんか言いかけて口を押さえるビアンカ。
可笑しくて笑ってしまう。
「そうね。まずは、お父様とお母様に謝罪を。上手に出来たらポイント加算よ。それから、下女を一人紹介してあげる。平民で十四歳の女の子よ。名前はオーサ。その子に、あなたがリティから教わった事を教えてあげて?」
「あた……私、が教える……ん、ですか?」
噛み噛みで一部怪しかったけど、まぁ、頑張った。
コインの入った袋にスッと手を伸ばしかけたリティが、手を引いていく。
「そうよ。インプットよりアウトプットが大事なんだから。アウトプットするには、理解していないと教えることが出来ないでしょう? オーサに教えることであなたの上達は早くなるはずよ」
「……か、畏まりました、お嬢様」
ビアンカは、ちら、っとリティを見て、手を揃え、お腹の前で組んで、ぎこちなくお辞儀をした。
よしよし。効果は抜群みたいだ。
「リティ。私はフレッドとお庭に行ってくるわ。ビアンカに色々教えてあげて? 戻ったら、私とお父様の所へご挨拶に行きましょう」
「はいっ」
「畏まりました、お嬢様。行ってらっしゃいませ」
「い、いってらっしゃいませ、お嬢様」
ふふふっ。人参ぶら下げ作戦、上手くいきそう。戻った時が楽しみだ。
私は先日マシューに貰った金属の板を手に取ると、扉の前で控えていたフレッドに声をかけて、すっかり私の運動場になったブランコのある樫の木の下へと向かった。




