28.その口調から直しましょう。
「その、ア……お嬢様が提示するルートって言うのは?」
ごくん、と唾を飲み込んで、足をぶらぶらさせていたビアンカ、膝の上に手を置いて、縮こまる。
アウラリーサって言いかけて、お嬢様と言い直した。
……ちょっぴり現実が見えてきたかな?
「私の侍女として働いてもらうわ。あなたがやっていた花売りよりもずっと良いお給金よ」
「えー……。折角お屋敷に住めるのに……」
「文句があるなら戻っても良いのよ。殿下にはもっといい子を探して差し上げることにするから」
「――殿下……。アイザック?!」
「アイザック第一王子、ね。大声で王族を呼び捨てにすると不敬罪に問われるわよ。で? どうする? このまま帰る? それとも私の侍女として働きながらハッピーエンドを目指す?」
「ハッピーエンドが、良いです……」
「そう。じゃ、続けるわ。あなたには私付きの侍女見習いをしながら、行儀作法を身に付けてもらうわ。私は後数ヵ月で王宮に上がって王妃教育を受けることになるから、それまでに覚えて頂戴。出来なかったら、ハッピーエンドは諦めてうちで下働きにでもなりなさい。花を売るより給金は良いわ」
「うえぇぇ……っ」
「残り数ヵ月で、最低限、侍女として連れていけるレベルになったら、セカンドステージよ。王宮に私の侍女として上がってもらう。そこで私が受ける王妃教育を目と耳で覚えなさい。あなたが諦めたり、王妃教育についてこれなかったら脱落よ」
「……ぅぇ……」
「十四歳までに、私に並ぶ令嬢に成長出来たら、あなたを養子に迎えるようにお父様にお願いするわ。公爵令嬢なら、第一王子殿下の婚約者として家柄的には問題が無くなる。そうしたら私はアイザック王子との婚約を解消して、あなたを婚約者に推薦するわ。陛下がお許しになれば、あなたはアイザック王子の婚約者。卒業まで行けたらゴールよ」
「は……ハッピーエンド……」
「そう。ただし――」
「まだあるの?!」
文句言うなし。てか敬語どこやったよ。
「……肝心な事よ。今のアイザック王子は六歳よ」
「ん? ……うん、そうね」
「あなたがアイザック王子に好意を持てるかは、会ってみないと分からないでしょう? あなたが好意を持っても、殿下があなたに惹かれないかもしれない」
「あ――」
「殿下は兎も角、あなたがしょっぱなで脱落したり、王妃教育を見て無理だって諦めたり、そもそも好きにならなかった場合は、私の家でそのままゆっくり使用人を続ければ良いわ。良識の無いお馬鹿さんのままなら、学園に入った時に貴族の洗礼を受けるだろうし、一歩間違えばざまぁルートだけど、最低限のマナーを身に付けておけば、それなりの方とはお知り合いになれると思うわよ? 公爵家の侍女を務めたって経歴は大きなバックボーンになるもの」
「な……なるほど……」
「……とりあえず、あなた思いっきり自分でハードル上げちゃったから、挽回が大変ね」
「ほぇっ?」
本気で分かってないのか?
ほんっと不安だなー……。
これ三歩歩くと反省忘れちゃうタイプなんじゃね……?
せめて猫くらい被りなさいよ。
「あなた、入社したての新人が社長に向かって『おじさんが社長? よろしくね!』って言っちゃったようなもんだって自覚ある?」
「ぇ……。あっ……」
「この場合新入社員はどうなると思う?」
「……クビ?」
「ええ。私が社長ならその日のうちに解雇すると思うわ。問題起こしてからじゃ遅いもの」
「でっ、でも、ゲームでは元気で明るくて天真爛漫ってなってたから……」
「あなたのそれは天真爛漫じゃなくてただの常識のない面倒くさい子にしか見えないわ」
「……がーん……。お子様なんて無邪気がデフォルトじゃん……」
「平民ならデフォルトかもしれないけど貴族の屋敷であれはアウトよ。メルディアは国民に優しい国だから平民が不敬を働いても牢獄行きからの懲役で済むけど、他の国だと子供でもその場で首刎ねられたりするところもあるのよ? ついでに言うと、あなたの言動のせいであなたのお父様とお母様の評価は駄々下がりよ。あなたに至っては論外」
「ど……どどどどど、どうしようっ?!」
「お父様とお母様に誠心誠意謝るしかないわね。……ところで、不敬に関しては現在進行形よ? タメ口は駄目って言ったのに……。あなた暫くうちの牢獄入っておく?」
――なーんちゃって。そんなもん無いんだけどね。
「も、もももももうしわけございませんでした!! 牢屋は勘弁してください!」
慌ててぴょんっとソファから飛び降りると頭を下げるビアンカ。
つか、使用人が主人の許可なくソファに座ってる時点でアウトなんだけどね。
――んー。
そう簡単に直りそうもないよな、この子。
楽観主義っぽいから王子でも釣れるか微妙な感じだし。
平民、花売り……。
……よし。この手を使おう。
「リティ」
私が扉に呼びかけると、リティが扉を開けて一歩部屋へと入る。
「お呼びで御座いますか? お嬢様」
「お茶を淹れて頂戴。この子の分もね。それと――」
私はリティを手招きすると、耳打ちした。
リティは一瞬きょとんとするもすぐに頷いた。
「畏まりました。お嬢様」
リティは私とビアンカにお茶を淹れ、お菓子を置いて部屋を出ていく。
ビアンカは不安そうな顔で私とリティの出て行った扉へ視線を彷徨わせている。
「とりあえず、お掛けなさい?」
「は、はい……」
無言のまま、数十分経過。
ビアンカは縮こまったままだけど、私はお茶を頂きながら待つ。
程なく、ノックの音がして、リティが革袋を持って戻ってきた。
中にはコインがいっぱい。全部小銀貨。小金貨一枚分。つまり、千円札で十万円分のお金だ。
袋を受け取ってテーブルに置く。ジャラっとした音にビアンカの目が釘付けになっている。
私はゆっくり袋の口を縛る紐を解き、袋の中に手を入れて、片手いっぱい銀貨をつかむと、少し持ち上げて銀貨を見せるように袋の中に落としていく。
チャリン、チャリンとコインの落ちる音。
ビアンカの目が袋に落ちていく銀貨を追っている。
ごくっとビアンカの喉が鳴った。目がキラキラしてる。
――よし。多分食いついた。
「ビアンカ。まずはあなたの口調から直しましょう。このお金を使って」




