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108/109

108.ゲームの世界 ※ユーヴィン視点

【ユーヴィン視点】


「――ぐえぇッ!!」


 無駄に、青く、呑気に雲がぽかりぽかりと浮かんだ空。

 罵声を浴びせる人の群れ。

 ギシギシとなる、薄汚れた階段を上る。

 首に掛かる、縄の感触。

 抜け落ちる足元。

 宙に浮くような、胃が持ち上がる不快感。首に掛かる重圧。

 首を押さえ、飛び起きた。


 心臓が口から漏れ出てしまいそうだ。

 じっとりと汗で張り付くシャツが気持ちが悪い。


 ぜぇぜぇと荒く息を吐き、のろりと首に当てた手を放し、その手へ視線を落とした。

 白く、小さな子供の手。


 ゆっくり顔を上げ、周囲を見渡す。

 薄暗いけれど、懐かしくも見慣れた部屋。

 子供の頃の、僕の部屋。


 ……やった……!

 やった! 勝った! 巻き戻った!!

 転生した、あの日だ!


 こみ上げる笑いを堪えられない。

 今度こそ、ビアンカは僕のものだ。

 誰にも、奪わせない。

 アウラリーサにも、アイザックにも。

 奪われないように、閉じ込めてしまおう。


 布団を撥ね除けようとして、ビタッと体が動かなくなる。


 ――なんだ?


 幾ら身をよじっても、体はベッドから降りることもできない。

 焦っていると、ノックの音が聞こえた。

 扉が開き、あの日と同じく、乳母が入ってくる。


「お早うございます、坊ちゃま。今朝は良いお天気で御座いますよ」


 にこにこと笑みを浮かべ、乳母は部屋のカーテンを開ける。

 これもあの日と同じだ。

 ふっと体が動くようになる。


 ――何だったんだ? 今の。


「おはようナニー、今日は何月何日?」


「お早うございます、坊ちゃま。今朝は良いお天気で御座いますよ」


 ……?


「ナニー?」


「お早うございます、坊ちゃま。今朝は良いお天気で御座いますよ」


 ……なんだ?

 気味が悪い。


「天気のことなんて聞いていない。今日は――」


「お早うございます、坊ちゃま。今朝は良いお天気で御座いますよ」


 イラっとした。ふざけているのか?!


「ナニー、今日は何月何日だ! 答えろ!」


 乳母に駆け寄ってつかみかかる。なのに、乳母はびくともしない。

 不意に乳母は身を屈め、僕に視線を合わせた。なのに、なんだ? 目が合わない。


「よくお休みになられましたか? さ、お着換えを致しましょう」


 乳母は僕の質問など、聞こえていないかのように、夜着を脱がせ、服を着せていく。

 まただ。抵抗できない。されるがままに、着替えをさせられる。


 なんだ? なんだ、なんだ。どうなっているんだ?


 着替えを終えて、体が自由になると、急いで部屋を飛び出し、そのまま走って家族のいる食堂へと飛び込んだ。


 家族は皆、席に座っていた。

 食事は既に並んでいる。

 給仕も、料理を持って歩いている。


 なんだこれ……。


 食事を前に、父も母も、身振り手振りで何かを話している仕草をしているのに、声を全く発さない。

 給仕は、数歩歩き、ぴたりと止まると向きを変え、また数歩歩いて止まる。

 皆、それぞれ、別々の方に、料理をテーブルに置くでもなく、食事の皿を、持ったまま。

 給仕の女が一人、カトラリーの前でナイフとフォークに指を指しては、腰に手を当て首を傾げて首を振る動作を繰り返している。


「は……母上」


 おそるおそる、声を掛ける。

 声を掛けると、母はすぅっと体ごとこちらに向いた。

 人形のように動かない笑み。瞬きだけを時折するのが逆に不気味だ。

 こんなに近くで話しかけているのに、目が合わない。


「おはよう、ユーヴィン。よく眠れた?」


 母はそれだけ言うと、またすぅっと元の位置へ戻り、口は動いているのに声を発さず、父と談笑するような仕草をする。

 父もまた、声を発さず不自然に手を上下させ、時々笑うように喉を逸らして体を揺する。笑い声など、出ていないのに。


 不安がせりあがってくる。

 必死に母の腕を掴み、ゆすった。


「は……母上っ!」


「おはよう、ユーヴィン。よく眠れた?」


 ――ぞっとなった。


 まるで、機械のようだ。

 父も、母も、給仕達も。


 僕は数歩後ずさり、走って食堂を逃げ出そうとした。


 すると、扉の前でピタリと体が動かなくなる。必死に体をよじっていると、父の後ろに控えていた執事が、こちらに近づいてきて、ドアと僕の間に入り、僕と向かい合った。


 ――まただ……。

 顔はこちらを向いているのに、目が合わない。


「坊ちゃま。お食事がまだでございますよ。さ、席にお座りください」


「バトラー、そこをどけ!」


「坊ちゃま。お食事がまだでございますよ。さ、席にお座りください」


「っくっ!!」


 押しても体当たりをしても、手を後ろに組んだまま、直立していてびくともしない。

 僕は扉を諦めて、庭に通じる窓の方へと走った。

 だが、また窓の傍で体が止まる。


「坊ちゃま。お食事がまだでございますよ。さ、席にお座りください」


 食堂から出ようとすると体が止まり、執事が間に入ってくる。


「坊ちゃま。お食事がまだでございますよ。さ、席にお座りください」


 誰に話しかけても、同じ言葉が返ってくる。


「おはよう、ユーヴィン。よく眠れた?」

「坊ちゃま。お食事がまだでございますよ。さ、席にお座りください」

「おはよう、ユーヴィン。遅かったな」

「今朝は坊ちゃまの好きなかぼちゃのポタージュですよ」

「一つ、二つ、嫌だわ、フォークが一本足りないわ。また坊ちゃまの悪戯かしら。あら坊ちゃま。なんでもありませんわ、おほほほほ」


 何度話しかけても、同じ言葉を繰り返す。

 やむなく恐々と、自分の席に向かう。

 椅子に手をかけると、また体が動かなくなった。

 すかさず給仕が椅子を引き、僕は椅子に腰かける。


 料理はほこほこと湯気を立てていた。

 部屋に来てから、そこそこの時間が経過しているのに。


 のろのろとスプーンを手に取り、食事をする。

 このスープ、こんなだったっけ……?

 味がしない。


 すると正面を向いてにこにこと座っていた父と母が、優雅な手つきで食事を開始した。


「……父上、あの……」


「今日はラヴィニア嬢が来るそうだね」


 言葉が変わった……。


「母上……?」


「あらあら、うふふ」


 そっと執事の顔を窺う。

 父の後ろで手を後ろで組み、にこにこと、こちらを見ながら立っている。

 目は、やっぱり合わない。

 給仕は相変わらず、少し歩いてはクルっと体の向きを変えて歩く。

 父も母も、ずっとスープに匙を入れては口に運んでいる。

 スープは全く減っていない。


 ――これは、ゲームだ。


 ゲームの世界だ。

 決まったことを喋るキャラクター。

 物語の流れから外れる動きができない主人公。

 正しい行動をするまでは、同じ動きと言葉を繰り返すモブたち。


 ここは、メルディアの白雪姫の、描かれていない、ユーヴィンが主人公の、ゲームの中だ。

 全部、全部作り物の世界。

 生きた人の、いない世界――



「あ……あああ、あああああああああッ!!」


「あらあら、うふふ」

「今日はラヴィニア嬢が来るそうだね」

「ぼっちゃま、おかわりはいかがですか?」

「ああ、忙しい、忙しい」

「あらあら、うふふ」

「一つ、二つ、嫌だわ、フォークが一本足りないわ」

「ぼっちゃま、おかわりはいかがですか?」

「今日はラヴィニア嬢が来るそうだね」

「ああ、忙しい、忙しい」

「嫌だわ、フォークが一本足りないわ」

「あらあら、うふふ」

「あらあら、うふふ」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 こんな世界は嫌だ。

 こんなものを望んだんじゃない。

 あの世界に戻りたい。頭がどうにかなりそうだ。


 あの世界は、ゲームじゃなかった。現実だった。

 アウラリーサもビアンカも、ちゃんと生きて、自分の意思で動いていた。

 本当のゲームの世界は、こんなにも無機質で、こんなにも冷たい。

 

 お願い、助けて。

 ここから出して……!!




 ――あんたは地獄に落ちるわ、きっと――



 ……ああ、ほんとだ……。

 僕の望んだ、ゲームの世界。

 筋書き通りに、進む世界。

 望んだのは、僕自身。筋書き通りに動かないことに腹を立てて。

 だから、地獄に落ちたんだ――


「坊ちゃま。ラヴィニア様がお見えですよ」


「ああ、分かった。今行くよ――」

いつもご拝読・いいね・ブクマ、有難うございます!!

朝の投稿間に合ったー!

少し早く書きあがったので、ちょっと早めの投稿です。


ホラーってほどでもなかったか……?

状況を想像すると私は結構怖いと思いました。

次は今日の夜。9時~10時くらいを予定しています!

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