107.月日は流れ、そして。
「――あなた……。まだ、何か企んでいるの……?」
傍に居たフレッドも案内してくれた騎士にも緊張が走る。
そんな私たちの様子を他所に、ユーヴィンは鉄格子を握る手を解いて、ひょぃ、と肩を竦めた。
「まさか。だって想定とは大違いだったんですよ? 何故かあなたは護送の馬車に乗り込んでるし、ラヴィは言うこと聞かないし、ヴァイゼ殿下にはバレちゃってるし、手駒の兵はすり替わってるし、今僕は牢に入れられてるんですよ? ここから何を企めるって言うんですか。もうすっからかんですよ。なーんにもない。だけど――」
ニヤリ、とユーヴィンの口元が歪んだ。
「僕はもうすぐ処刑されるんです。それの意味が分かりませんか?」
……ン??
どういうこと? 思わずフレッドを振り返る。
フレッドも困惑顔。
「ふふふふっ。何もビアンカを殺さなくても、僕が死ねば物語は終わる。バッドエンドでね! 僕は一度死んで、この世界に来たんだ! もう一度生まれ変わればやり直せる! 何度だってやり直せる! 今度こそ僕のビアンカを手に入れる!」
「は? そんなこと」
「――起きるわけがない、ですか? 本当にそういえますか? あなただって転生者でしょう! 死んでこの世界に来た、違いますか?! 輪廻の鍵は命にある、それなら巻き戻りが起こらないと何故言える!?」
来世で一緒になりましょうパターンですか……。
粘着執着がパねぇ。
でも、確かに巻き戻りがない、とは言えない。
起こるわけがないゲームの世界に転生なんて意味がわからない事が現実に起こっちゃっているんだもの。
「……あらそう。だったら、何度だって邪魔してやるわ。あんたにビアンカは渡さない」
「残念だね、アウラリーサ・ブランシェル。僕は死ねるけど君は死ねない。転生の鍵は命だ。たとえ君が巻き戻ったとしても君は巻き戻りの記憶は無い! 君よりも先に僕がビアンカを手に入れる! 君の居ない世界なら、ビアンカは僕を選ぶ! 僕とビアンカは愛し合っているんだから!」
なんという俺様理論……。
「……その根拠と自信は一体どこから……」
「真面に付き合う必要はありませんよ。お嬢様」
それもそうだ。
それにきっと――
「何度転生しようと、ビアンカ・ネーヴェはあなたを選ばないと思うわ。幾ら猫被ったところであんたみたいなサイコパス、普通に怖いもの。本性あらわした途端逃げ出すわよ」
「そんなはずはない!! ビアンカは僕を愛しているんだ!!」
ガンっとまたユーヴィンが噛みつくように鉄格子につかみかかる。
そのタイミングで、私も鉄格子に踏み込んで、格子の間のユーヴィンの顔面目掛け、思いっきり拳を叩き込んだ。
「あっらぁ失礼手が滑ったわ――っ!」
「がッ!!」
ドスンっとユーヴィンがしりもちをつく。
――ふぅ。とりあえず、一発殴る目的は達せたわ。
案内してくれた騎士はそっぽを向いて、見ないフリをしてくれた。
「たとえ巻き戻ったとしても、因果応報、あんたは地獄に落ちるわ、きっと。フレッド。行きましょう」
「ビアンカは!! 僕をっ!! 愛してくれて、いるんだぁぁッ!!」
背後に、いつまでもユーヴィンの狂ったような声が、響いていた。
***
――数日後の、良く晴れた日。ユーヴィン・ストムバートは、処刑された。
同じ日に、宰相のストムバート伯爵も、宰相を辞任し、男爵家へ降格した。
巻き戻りは、起こらなかった。
私が過去に戻ることも無く、ユーヴィンは処刑されていたし、ビアンカは私の義妹で、アイザック殿下の婚約者のまま。
ユーヴィンだけが、巻き戻ったのか。
それとも二度目の奇跡は起こらなかったのか。
それは、分からない。
ユーヴィンの死を悼む声も、少なくなかった。
彼に密かに憧れ、想いを寄せる子も、少なくなかった。
信じられないと涙を流す子も、大勢いた。
ヴァルターが、ぽつりと、「もっと普通に生きられなかったのかな」って呟いた。
イグナーツは、ただ一言、「そっか」と言っただけだった。
重苦しい雰囲気も、月日が流れるにつれ、少しずつ、普段の日常に戻っていく。
ヴァイゼ殿下とアイザック殿下は、とても親しくなっていた。
明日は一緒に狩りに行くのだ、なんて話している。
ヴェロニカとビアンカも、お互い次期王妃として、学ぶことも多いのだろう。
よく二人で討論のようなことをやっている。
ヴァルターとフローラも、無事婚約をしたそうだ。
ヴァルターはアイザック殿下の側近として腕を磨き、フローラの家に婿入りが決まっている。
フレッドは、私の護衛を解かれ、今は新しい護衛が付いている。
既婚者で、四十過ぎの男性だ。
フレッドは叙爵し、シュヴァリエ伯爵となったから、お父様に学びながら、領地経営にいそしんでいる。
そしてなんと、お父様がストムバート卿をスカウトして、王宮で文官をする傍ら、フレッドの家庭教師になってくれた。
将来安泰だ。
イグナーツは、あの一件で、音を記録する魔道具がユーヴィンの起こした事件の有力な証拠となったことで、願っていたメイナード夫人の元へ、魔道具を送ることが許された。
勿論私もアイザック殿下も、それを後押しさせて貰った。
それと併せ、メイナード夫人の減刑も願い出た。
十分反省したみたいだし、もう十分じゃないかなと思って。
私はもう、アイザック殿下の婚約者ではないからと。
時々、シャーリィとも、一緒にお茶をしたりする。
シャーリィは、劇団にスカウトされたそうな。卒業後は家を出て市井に下りて女優になる、とドヤ顔していた。
何でも仲良くなった友達と街中で私の黒歴史を披露している時に声を掛けられたのだそうだ。
何をしてくれているのか。
魔物の違法取引の一件が、舞台になるらしい。
自慢げにシャーリィが見せてくれた台本には、当然ラザフォード殿下が関わっていたことは緘口令が敷かれている為、黒幕は商人とされていた。
私がモデルの役をシャーリィがやるのだとか。
因みに、シャーリィもリヒトと婚約をしたらしい。
シャーリィ曰く、「リヒトはわたしが大好きすぎるから仕方がないから結婚してあげる」のだそうだ。
慌ただしく、月日は流れ、そして。
明日は、いよいよクライマックス。
長かった学園生活も、終わりを迎える。
私達の、卒業式だ。
いつもご拝読・いいね・ブクマ、誤字報告、有難うございます!!
次は、卒業式、と行きたいところですが……。
ずっとアウラリーサの一人称だけで綴ってきたこのお話、次の1話だけざまぁ回、になるのかな?ユーヴィン視点のお話を入れようと思っています。
ちょっとホラーじみたお話になるかもしれないので、苦手な方は飛ばしてください。
明日の朝投稿行けるかなー。
遅くても明日の夜、10時くらいまでには、投稿する予定です!




