104.従う者は一人もいない。
ギラリ、とユーヴィンの目の色が変わる。
狂気を孕んだ、禍々しい表情。
穏やかににこにこと微笑む仮面の下で、こんな顔を隠していたのか。
「シュトルクの勇猛な兵士よ! この場にいるメルディアの騎士もそこの女も地面に転がる虫けらどもも皆シュトルク王国に牙剥く敵だ! 愚かなるメルディアの者どもに思い知らせてやれ! ヴァイゼ・ルキア・ヴィ・シュトルク第一王子殿下の名代としてユーヴィン・ストムバートが命じる! ここに居るもの全て一人残らず葬り去れ!」
凛とした声で剣を抜き、切っ先を馬車に向けるユーヴィンに、緊張が走った。
ユーヴィンの背後に控えていたシュトルクの兵たちが一斉に剣を抜く。
このサイコパス野郎がッ!!
メルディアの騎士達が一斉に身構え、私も攻撃に備え、バラっと扇を広げ、臨戦態勢に入る。
だが、次の瞬間。
ユーヴィンの後ろに控えていた兵士たちが、一斉にユーヴィンを取り囲み、ユーヴィンに剣を向けたのだ。
「ぇ……っ。な、なんで……」
びくりと肩を揺らし、ユーヴィンはおろっと周囲に視線を彷徨わせ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
狼狽えるユーヴィンの真後ろに居た少年兵が、ユーヴィンの首筋に剣をピタリとあてた。
ひっとユーヴィンが小さく悲鳴を上げる。
「――面白いことを言うのだね。ユーヴィン。私がいつ、君に名代を許したのかな?」
楽しむような涼やかな声が響いた。
――え?
こちらに剣を向けた状態のまま、ユーヴィンが固まる。
その背後には、くしゃくしゃのもっさりした茶色い髪に茶色の瞳の地味な少年兵の姿。
でも、間違いなくその声は、その少年兵から発せられたもので。
全く別人に見えるけれど、この声は――
「ヴァイゼ殿下!?」
「は? ヴァイゼ殿下!?」
慌ててフレッドが剣を背に回す。
騎士達も一斉に剣を背に回し頭を下げた。
「やぁ。アウラリーサ嬢。奇遇だね。話には聞いていたけれど、それが例の鉄扇か。なかなか勇ましいね」
ピタリとユーヴィンの首に剣を突き付けたまま、もっさり少年兵風のヴァイゼ殿下がにこにこと笑いながら、ぴらぴらと手を振った。
凄い!
髪型と髪の色と目の色が違うだけでキラキライケメンがもっさり少年に!
全然分からなかった!!
ユーヴィンの手から剣が零れ落ちる。
一瞬の静寂の後、唖然としたまま、ぽつりとユーヴィンが呟いた。
「な……何故……。ヴァイゼ殿下が……」
「うん、絶対に焦って行動に出るだろうなと思ってね? ラヴィニア嬢が王宮についてしまえば手出しは出来なくなるし、ラヴィニア嬢を生かしておけばすぐに君の罪は露見してしまうだろう? 今を逃せば君破滅は免れないだろうから、流石に自分で動くと思ったんだよ。君を引き留めてのらりくらりしている間に君が集めていた兵は全員捕らえて牢にぶち込んだよ。因みにここにいるのは全員私の部下だから、君の指示に従う愚か者は一人もいない。残念だったね、ユーヴィン。でも、君のお陰で主戦派の連中も、漸く全員牢にぶち込める」
「なに、を……」
「君は忘れているのかもしれないけれど、私はこれでもシュトルクの王子なのだよ。君が私の名を使い、好き放題していたのを黙認していたのは、泳がせていたからに決まっているだろう? 魔物の密輸は片が付いたけれど、もう一つ、メルディアとの再戦を企て、国家転覆をはかる連中を何としても捕らえたかったんだ。――連れて行け」
放心状態のユーヴィンは、抵抗もなく兵のフリをしたヴァイゼ殿下の部下さん?に拘束され、馬車を襲った連中と一緒に連れて行かれた。
「あの……。ヴァイゼ殿下、その格好は……?」
王子らしい、キリリとした表情を、ふっと緩めて、ヴァイゼ殿下はニコリと微笑んだ。
うん、近くでよく見ると確かにヴァイゼ殿下だけど……。
イケメンオーラが微塵もない……。
もさったい……。調子が狂う……。
「これ? 良いでしょう? 髪は鬘だよ。ほら」
ずるっと髪を引っ張ると、サラリとしたグレーの髪が現れる。
髪型がこんなに人を変えるとは……。
瞳は茶色のままだけど、イケメンが復活した。
にこにことご機嫌な様子で、ヴァイゼ殿下が目の下に指をあてる。
「目は、これちょっと凄いでしょう。特殊なガラスを瞳に乗せているんだよ。イグナーツ作の魔道具でね。瞳の色を自由に変えられるんだ。今は茶色だけれど、赤になったり青になったり」
まさかのカラコン!
イグナーツ凄い!
……って、そんな場合じゃなかった。
「殿下は、何故ここへ……」
「まぁ、立ち話もなんだからね。彼らも王宮に護送しなくてはならないのだろう? 私もメルディア国王にお目通りを願わねばならないから、詳しいことは王宮で話そう」
あ。そうだった。
パルエッタ夫妻とラヴィニアは、放心状態になっている。
とりあえず、無事守りきれた。
ヴァイゼ殿下は、黒幕じゃなかった。
ヴェロニカを悲しませなくて良かった。
私は扇をベルトに挿すと、スカートを摘まみ、一礼する。
「畏まりました、ヴァイゼ殿下」
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