102.一人たりとも逃しません。
ラヴィニアと、パルエッタ夫妻を連れて、屋敷の外に出ると、既に護送用の馬車が止まっていた。
騎士に促され、パルエッタ夫妻とラヴィニアが項垂れたまま、馬車へと乗り込む。
「わたくしも馬車に同乗させて頂くわね」
「はっ」
フレッドの手を取り、馬車へ乗り込み、ラヴィニアの隣に腰を下ろした。
ドアが閉じられると、ポゥ、と中に薄暗く明りが灯った。
ガタン、と馬車が走り出す。
馬車の中には、沈黙が降りていた。
誰も、口を開かない。
ぐすぐすと泣くラヴィニアの鼻をすする音と、ガラガラと、車輪の音だけが聞こえてくる。
「この先――」
私が口を開くと、はっとしたように皆顔を上げた。
「……馬車が襲われる可能性があります。途中で騒ぎが聞こえたら、決して騒がず、出来るだけじっとしていて下さい。暴れられると敵に集中できません」
「お……襲われる……」
呆気に取られたように、ラヴィニアが私を見る。
「あ……『あの方』が、襲ってくるのでしょうか……」
「寧ろわたくしはユーヴィンの手の者が襲ってくると思いますが」
「え……」
恋は盲目か。一体ユーヴィンの何に縋っているのか。
「――ねぇ。聞いても良いかしら。あなた……。ユーヴィン・ストムバートの何がそんなに良かったの?」
「……小さい頃……。小さい頃、蜂に襲われたことがあるのです。ユーヴィン様と、遊んでいた時に。その時、ユーヴィン様が、私を抱きしめて、必死に蜂から守ってくださいました。……あの時より、ユーヴィン様は、私の王子様で、騎士様でした」
「――そう。良い思い出ね」
私が頷くと、ラヴィニアははにかむように小さく笑みを浮かべた。
「だけどね。アイザック殿下の醜聞を流したり、ビアンカを突き落とすように命じたり、自分の手は汚さずに、すべての罪を貴女に被せるような男よ。アメリアもあなたも彼からすれば生きていられると邪魔な存在だと思うわ。アメリアは平民だもの。彼女の証言だけでは弱いから、まだユーヴィンに分があるけれど、あなたは違うわ。ラヴィニア。あなたにべらべら喋られるのは、分が悪いの。きっとユーヴィンはあなたの口を封じようとするんじゃないかしら? いい加減目を覚ますことね」
ラヴィニアは、さっと青ざめて、俯いた。
馬車の中に、また沈黙が降りる。
まだ、動きは無い。だけど、このまま何事もなく城に着くとは思えない。
私は扇をぎゅっと握った。
大丈夫。馬車の向こうには、フレッドがいる。
何が起きても大丈夫。
――どれくらい、時間が経っただろうか。
不意に馬車がガタンと揺れた。
馬の嘶きが聞こえる。表が騒がしくなった。
――来たわ。
ラヴィニアとパルエッタ夫人が、小さく悲鳴を上げ、パルエッタ伯爵が二人を庇うように抱え込んだ。
「良いですね? 大人しくなさっててください。決して馬車から出てはいけません」
私の言葉に、皆コクコクと頷いた。
私は扉の方にジリジリと近づき、椅子から滑り落ちるようにして床に膝をついた。
耳を澄ませ、様子を窺う。
ガチャ!と馬車の取手を捻る音がした。
鉄扇を構える。
バンっと扉が開かれて、革の胸当てを着けた男が掴みかかってきた。
「きゃ――――ッ!」
私は扉が開くと同時、立ち上がりざまに馬車の屋根に手を掛けて馬車のぎりぎりまで踏み込み、扇で男の腕を弾きながら力いっぱい蹴り飛ばす。
「ぐほッ!?」
ラヴィニア達を引きずり降ろすつもりだったのだろう。
男の後ろで構えていた男が二人、蹴り飛ばした男に巻き込まれて地面へ転がった。
表を確認すると、馬車は、街中の大通りで止まっていた。
馬車を取り囲むように、二十人近くは居るだろうか。
まさかこんな大人数で襲ってくるとは。
既に護衛で付けた二人は戦闘中。
多勢に無勢で劣勢になっている。
扉の前から少し後方に下がった位置でフレッドも戦闘中。
フレッドがこちらを見て、小さく笑みを浮かべた。
あ。わざと扉の前から移動したのか。
外でどんちゃんやられるよりも、見えていた方が安心だ。
フレッドってば、わざと扉の前を少し離れ、別の敵に対峙して油断を誘い、扉を開けさせたみたい。
私の性格、分かってらっしゃる。
対峙していた敵を倒し、フレッドが馬車の入口の前に陣取り、剣を構える。
ここから先はフレッドの取りこぼしだけ相手にすればいい。
そろそろ、ほら――。
「賊を捕らえよ! 一人たりとも逃すな!!」
不意にひと際通る声が、通りに響き渡った。
ざぁ、っとあちらこちらから、隠れてついて来ていた騎士達が姿を見せる。
余裕かましていた敵が、騎士の姿に狼狽えた。
形勢が逆転した。
深夜の乱戦が始まった。
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